2018.01.22

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

日本人が営むミラノのカメラ店「NEW OLD CAMERA」

ミラノの中心部にあるカメラ店「「NEW oldcamera」は日本人の渡辺氏が経営するヴィンテージカメラの店である。 なぜ彼はこのイタリアミラノの地でカメラ店を営み始めたのか。彼のコレクションも見せてもらいながら話を聞いた。

イタリア、情熱のヴィンテージ・カメラ店

路面電車に行き交うスクーター。賑やかなショッピングエリアからも近い、ミラノの中心部。「NEW oldcamera」はそんなロケーションに佇んでいる。オーナーはミラノ在住30年の渡辺氏。「ヴィンテージ・ライフかぁ。古いカメラに自転車、時計!いいね、オレの好きなものばっかりだよ(笑)まずはコーヒーでもどう!?」ショーケースには、ライカを中心としたヴィンテージ・カメラ。カウンターの中にはイタリア人のスタッフが3人。しかし、どうして彼はミラノで古いカメラ店を営んでいるのであろう。

売り物のContarexCICLOPE。レンズはPlanar50/2で600ユーロ。「コンタレックスは当時35ミリの中ではロールスロイスって言われていたものの、あまりにコストをかけた為に倒産したんですよ。例えば、シャッターが切れてミラーが上がるのは早いんだけど下りるのはゆっくりで音が小さい。その時の感覚がすごく柔らかい。レンズも中のベアリングもニコンだと12個くらいしか入ってないけど、コンタレックスは100個くらい入ってます」

音楽とイタリア。音楽の才能に目覚めた幼少期

「俺はさ、実家が山口県のせんべい屋だったんだけど、幼稚園のときから絶対音感があってね。姉もそうだったから、それが普通だろうと思ってたんだけど」幼稚園のときに突如、先生のマをしてピアノの伴奏をはじめたという渡辺少年。その後、小学校の先生が「この子には本格的に音楽を習わせたほうがいい」とご両親に伝えたところ、家には次の日ピアノが置いてあったという。その後、東京芸大の声楽科でオペラを学んだ渡辺氏。卒業と同時の1982年、テノールを本格的に学ぶため24歳でイタリアに旅立った。「イタリアの歌を歌うということは、自分の血がイタリア人の血にならないといけないわけです。だから、日本人との付き合いも絶って、イタリア語を一生懸命勉強したんですよ。歌うっていうのは言葉の母音の中に感情を込めるんです。子音じゃなく、母音のつながりが歌になります。ただ、イタリア人の発声する母音の場所は日本人と違っていて、そこを全部分からないといけない。だから実際に住んで文化を体に入れて、それで初めてイタリアの歌が分かるんですよね」音楽とイタリア。音楽の才能に目覚めた幼少期だったが、じつは当時、カメラとの出会いも果たしている。

お店はかつてギャラリーにもなっており、展覧会が開かれていた。壁には作家達のサインが残されている。

これと決めたら、そこにとことんフォーカスする性格

「俺はね、物への執着っていうのがあるんだよ。例えば、ノクチルックスなんていうライカのレンズ、これは36本くらい持ってる。ペイントが好きだからM3のペイントは9~10台くらいあるし、M2のペイントもそのくらいある。でも、クロームはというと1台くらいしかないわけ。で、俺の好きなレンズっていうのは35ミリの1.4なのね。これはやっぱり30本くらいあるんだけど、ズマロンはというと1本くらいしかない。これが好きと決めたら、そればっかり気になるの。例えば、蒸気機関車とか電気機関車とかHOゲージも好きで、中でもクロコダイルっていう電気機関車がある。メルクリンの1947年クロコダイルからそれ以前とか、49年51年53年版とかって集めてくと、家がワニだらけになるっていう(笑)」これと決めたら、そこにとことんフォーカスする。それが渡辺氏の性格のようだ。「例えば日本の蒸気機関車だとC-59が好きなんだよ。58か59。D-51とかC-62だとか有名なやつはどうやら好きじゃない。俺が子供の時に住んでた広島ではC-58とC-59、それからEF58とかを見てたわけだよ。広島の瀬野川町ってとこにいてね、山陽本線が登りの急こう配にかかるんですよ。そこでスタンプがあって蒸気機関車を客車の後ろにつけて押して、次の駅まで行ってたんですよね。で、そこから蒸気機関車はバックして帰って来たわけ。俺はその時間を知ってたからさ、いつも行っては手を振ってたのよ。後から押して急こう配を登るっていうのは、ものすごい煙を吐くわけですよ。その姿が好きで好きでしょうがなくて!それで写真を撮り始めたの。6歳くらいかな。リコーの35っていうのを買ってもらったんだよ。ライカのブラックペイントとレンズの感じってさ、結局蒸気機関車に似てるっていうのが好きなんですよ。感触がさ、当時の蒸気機関車に似てるんですよ。この匂いとかさ」普段使いのライカを撮影用に出していただきながら、カメラ店をはじめることになった経緯、イタリアに移り住んでからの彼の生活を伺ってみた。

Watanabe's CAMERA Collection

Leica IIIG Three Crown Elmar f2.8/50mm Three Crown

スウェーデン軍の象徴、スリークラウンの入る極レアなボディ&レンズ。IIIGは当時クロームしか作られていないが、これは軍のための特別ペイントがなされ、125台が生産されたという。レンズのマウント部分にもスリークラウンが刻印されている。

Leica M2 +ライカビット Summicron f2/35mm

M2に速写を可能としたライカビットを、渡辺さんが装着したM2。使い込まれた感じがなんとも美しい。

Leica M3 Summicron f2/50mm

ブラックのM3とズミクロンは憧れの組み合わせ。

Leica M4 NOCTILUX f1.2/50mm

初代ノクチルックスは世界初の写真撮影用飛球面採用レンズ。

Leica M3 SUMMILUX f1.4/50mm

レンズは第一世代のズミルックス、しかもブラックはレア。

魅惑のITALIAN CAMERA

1.Kristall 53 その名の通り53年に発売。基本は52年に出たクリスタル3sと同じだが、ビューファインダーに手を加え、28mmから105mmのフレームを選択できるようになっている。特異な風貌から、世界のライカコピー機の中でも人気のあるモデル。 2.Kristall II 1950年頃製。シャッタースピードが1/20~1/1000秒の布幕フォーカルプレーン式シャッターを採用。C.D.(キナーリア・ドメニコ)で生産され、G.N.M.(グイド・ノニーニ・ミラノ)から発売された。 3.C.O.M.I. LuxialII 専用フィルムマガジンを使った18x24mmの15枚撮りカメラ。C.O.M.I.とはCostruzioniOtticoMeccanicheItaliaの略。レンズはDelmakの27mmf2.9と言うイタリア製のものが使われる。精密なサブミニチュア・カメラとして有名。 4.Rectaflex Junior ローマのレクタフレックス社が開発した世界で三番目のペンタプリズム式の一眼レフカメラ1950年製。レクタフレックス1000の廉価版でJuniorは当時あまり人気がなかったせいか、今では希少品だ。 5.Henso Reporter 独創的な機構をふんだんに盛り込まれたカメラ。I.S.O.(IndustoriaSocientificaOttica)Reporterとして53年に売られたモデルを、ドイツの名門光学メーカーのDr.Hensoldot社の眼鏡に適って、54年からOEM生産したもの。 6.DUCATI SOGNO 現在はバイクで有名なドゥカティのハーフ判カメラ、ソーニョ。レンズも交換式で、今のコンパクトデジカメ並の小さなボディに、精密な機械がぎっしり詰まったような重みがある。「DUCATI」の文字が前面に入った社内限定モデル。

ついに世界初コンタレックスの本も出版

「つまり、カメラ屋を始めたのは経済的な理由から。歌を歌っても、結局は食っていけなければ仕事として成り立たないわけだから。学校の教師とか、オファーはいくらでもあったんだけど、学生に嘘つきたくないしさ。それならは他に好きだったカメラをビジネスにして生きていこうと。嘘つきたくないって意味ではさ、この店では俺の好きな物しか扱ってないんだよ。そりゃそうだよ。売る側が好きでもない物をどうやって客に好きになってもらえるのさ!」

今回は、売り物以外でも渡辺氏の普段使いのライカと、ミラノならではのイタリアンカメラを見せていただいた。最近では、世界初のコンタレックスの本を出版したという。彼のカメラへの情熱は半端ではない。

世の中にないということで、最近、自身が友人と出版したコンタレックスの本。印刷にもこだわった迫力ある内容。

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