2018.04.20

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

無用の用こそ趣味の神髄あのすばらしき世界をもう一度『贅沢クーペ趣味』

かつては苦手だった事、まったく縁の無かった事が、ある日、突然身近に感じることがある。自分の若い頃には考えもしなかった選択肢が、目の前に広がる新鮮な感覚。お楽しみは、いよいよこれからかもしれない。

世の中に蔓延する"これぞ正しいライフスタイル"の押し売りは、もう、ごちそうさま。 自分の生きていく速度がちょうど良い塩梅になるように、自分自身でさまざまな事柄に優先順位をつけて、取捨選択して、程よく生きていける人生とは……。 そんな事を考える年齢になったとき、そういえばクーペはどうだろうと、ふと考える。 実用だけで考えたら、クーペの優位は危うく、儚い。 しかし、だからこそわれわれクルマ好きは、クーペに魅かれるのではなかろうか。 和室の床の間をつぶして、そこをモノ入れにする行為を"効率的で合理的"とは思わない。望むモノは何でも手に入る、手に入れられることを"贅沢"とは言わない。 クーペに乗れば、そんなことがもっとはっきりと見えてくる様な気がするのだ。

我が国ではなかなか根付かない、パーソナルなオトナのたしなみとしてのクーペにあえてチャレンジするという心意気。

 "カッコいい"のには憧れるが、"カッコつける"のは恥ずかしい。
 昔から、そんな風に思っていた。たとえば映画『カサブランカ』で主人公リックを演じるハンフリー・ボガードは大変カッコいいわけだが、かといって自分がカッコつけて、彼と同じ様に「そんな昔の事は、忘れたよ……」なんて、イングリッド・バーグマンならぬ自分の妻に囁いても、物忘れのひどいオジサンだと思われるのがオチであろう。
 いや、映画の話はさておき、カッコいいものに憧れつつも、どちらかといえば自分はそれを遠目に眺めているだけ、というのは、まぁ、昭和30年代生まれのオトコノコの周辺では、割と一般的な感覚だったように思う。
 そこでクーペである。屋根を備えたふたり乗りの馬車を語源に持つクーペ。世の中が馬車から自動車の時代になってからも、そのパーソナルでスポーティなボディ形状の名称として受け継がれたのは、皆さんご存知の通り。つまり来歴からしてクーペとは贅沢なノリモノ。そんなクーペのイメージは、やはり渋くてカッコいいハンフリー・ボガード。決して楽しく愉快な植木等とかじゃない。
 "カッコいい"から憧れはするものの、シルビア( CSP311)とかハンドメイドの117クーペを乗りまわす自分を想像すると、ちょっと分不相応に思えて恥ずかしかった。いわんや、綺羅星の如き海外のエレガントなクーペたちなどとてもとても!!
 だから、免許を取ってクルマを買う段になっても、都心からちょっと離れた郊外に暮らす自分としては、都会的で優雅でお洒落なクーペ・ボディは選択肢には無かった。そして自分は、カッコいいというよりは、ちょっとコミカルで非常識なオープン2シーター・スポーツを手に入れ、結果的には、いよいよ優雅でお洒落とは無縁のクルマ趣味生活者となっていったのである。
 しかし、あれからだいぶ長い時間が経った。かつては"カッコつけるのは恥ずかしい"なんて殊勝なことを言っていた自動車少年は、決してハンフリー・ボガードにはなれなかったが、それでも今では公私ともに"それどころじゃない恥ずかしさ"をたくさん体験して来た、ロマンスグレーのナイスミドル(笑)。かつては「スパルタンなピュアスポーツカーや、ツールに徹した実用セダンの潔さに比べると、クーペはちょっとね……」なんて一見それらしい、しかし全くトンチンカンな屁理屈をつけて意識的に距離を置いていた優雅なクーペの世界が、気になり始めた今日この頃なのである。

text:Jun NAGAO(長尾 循) photo:Hidenobu TANAKA(田中秀宣)
取材協力:ガレージ日英(phone:03-3739-2606)

歴代のディムラー各社に共通の"フルーテッド・グリル"が、その氏素性を物語るフロントマスク。エンジンは12気筒の5.3リッターと直6の4.2リッターが用意されたXJ/ディムラーだが、取材車は6気筒エンジン・モデル。アクセルを踏み込めば、即座にストレスの無い豊かな加速が始まる。1977年式なので、XJ/ディムラーの2ドア・クーペとしては最後の年のモデル。取材車にはエアコンも備わり、夏でもクーペらしい優雅なドライブが可能だ。オールドイングリッシュホワイトとブラックのレザートップの組み合わせも、非日常感をより増幅させるようだ。

1970年代半ばに生を受けた2ドア・クーペは無用の用の儚さを見事に体現する。

 1968年、新世代のジャガー・サルーンとしてデビューしたのが、ご存知XJシリーズ。まずはXJ6 2.8/4.2として登場したシリーズIに始まり、1973年にはシリーズⅡ、'79年にはシリーズⅢへと進化・改良を繰り返しつつ、12気筒エンジンを搭載した最終モデルのXJ12 シリーズⅢに至っては、実に1992年まで生産が続けられた。今でもジャガーと言えばこの時代のモデルを思い浮かべるファンも多い事だろう。そんなXJシリーズの歴史の中で、1975年から'77年までの僅かな期間に作られたクーペ・モデルがXJCだ。
 ヒストリックカーの世界でジャガーのクーペといえば、まずはEタイプのフィクスドヘッド・クーペ、少し新しめのモデルで言えばXJ-Sなどの名が思い浮かぶが、このXJCもまた、その狭間に咲いた大輪の華として忘れるわけにはいかない存在だ。
 何と言っても、もともとドライバーズ・サルーンとしても高い素養を持ったXJ。そのキャラクターそのままに優雅で贅沢な2ドア・クーペ・ボディを設えたのであるから、そのスペシャル感たるや並ではない。また、サルーンの派生モデルということで、ル・マンの匂いがプンプンするEタイプや、後年登場するXJ-Sに比べても、よりノーブルでエレガントな佇まいとなっている。いずれにせよ、どこかの大衆車メーカーが、凡庸な2ドア・セダンの屋根を低めて、後席の居住性を劣化させただけの"クーペ"とはわけが違うのだ。
 だから今回の特集に当たって、XJの2ドア・クーペは是非とも取り上げてみた
かった。そして見つかったのは、1977年式のディムラー・ソブリン Sr.Ⅱ 2ドア・クーペ。オールド・イングリッシュ・ホワイトにブラックのルーフという出立ちだ。1960年にはジャガー傘下に入ったディムラーだが、なんといっても由緒正しき英国王室御様達ブランド。XJCにも兄弟車として、伝統のフルーテッド・グリルを備えたこのディムラー版が用意されていたわけだ。生産台数は一説には1600台以下とも言われるディムラー・ソブリン Sr.Ⅱ 2ドア・クーペ。かつてあれほど威風堂々と思えた体躯も、年々肥大化する大衆車で溢れる現代の路上にあってはむしろスリーク。繊細なピラーのおかげで、周囲の視界も非常に良好。繊細なシフターをDレンジに入れつかの間のドライブにスタートする。 ジャガーXJ6と同じ4.2リッターの直6エンジンは低速で滑らか、そして踏めば即座に豊かな加速に移ってくれるので、たとえ混雑する街中であっても、クルマのキャラクターに見合った優雅な立ち居振る舞いが可能だ。ちなみに12気筒エンジンをそのフードの下に収めた兄弟、XJ12Cはブロードスピードの手によって、当時のツーリングカー・レースで暴れ回っていた。能ある鷹ならぬリーピング・キャットは爪を隠す……。出来れば次の休日にはこのクーペで高原のリゾートを目指し、その時には道中でそのポテンシャルの片鱗を見せてもらおう、などと一人で悦に入る。

XJ/ディムラーのサルーンには当初、2765/2865mmと長短2種のホイールベースが用意されていた。後にサルーンのホイールベースは長い方の2865mmに統一されたが、1975年にバリエーションに追加されたXJ/ディムラーの2ドア・クーペは、もちろん2765mmのショート・ホイールベースのシャシーが採用されている。適度にタイトな室内は、内装色とも相俟って明るく視界も良好。シフトやウィンカー、ワイパーのレバーからステアリング・ホイールまで作りは繊細で、あたかも粗雑なオーナーの操作を拒むかの様な佇まい。

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