2018.01.05

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

ディーノ、F40を生み出した巨匠 アルド・ブロヴ ァローネ

1990 Ferrari F40 アルド・ブロヴァローネのビニンファリーナ時代最後の作品で、エンツォ・フェラーリが指示した最後のフェラーリでもある。 このモデルを機に新たなフェラーリの歴史が始まったといわれている。

D i n o 2 0 6 G T B e r l i n e t t a Speciale PrototypeやFerrari F40をデザインしたことで知られる、カーデザイナーの巨匠ALDOBROVARONE (アルド・ブロヴァローネ) VILLA LA MALPENGAで彼のヒストリーを追う。

イタリアの新しいコンクールデレガンス、VILLA LA MALPENGAの主役となったのは、D i n o 2 0 6 G T B e r l i n e t t a Speciale PrototypeやFerrariF40をデザインしたことで知られる、カーデザイナーの巨匠ALDOBROVARONE (アルド・ブロヴァローネ)。第一回目は彼がデザインしたクルマが中心として集められ、ポスターも彼によって描かれている。

 今年丁度90歳になる彼は1926年6月24日、ヴィリアーノビィエレーゼで生まれで、現在カーデザイナーの世界では最長老。彼の歴史を簡単に紹介すると、アルドは戦後(当時23歳)職のないイタリアから、仕事を求め叔父が暮らしていたアルゼンチンへと渡り、広告代理店へデザイナーとして就職。しばらくしてアルゼンチン在住のイタリア人仲間から、イタリア車メーカー「チシタリア」がアルゼンチンにやって来て、新しくクルマのメーカーを作るという話を聞くことになる。

 小さい頃からクルマが大好きだったアルドは、その話を聞き、今まで描きとめてきたクルマのデザインを綺麗にファイリングし、チシタリアの社長であるドゥージオ氏に会いに行ったのだそうだ。新会社の名前はAUTOAR。ドゥージオはアルドのデザインブックを見て感動。すぐに雇用となり、会社のパンフレット用に描いた絵が、なんとAUTOARの第一号車のデザインとして採用されたのである。カーデザイナー「アルド・ブロヴァローネ」の輝かしい経歴はここからはじまるのだ。

 AUTOARで働きはじめ数年が経ち、会社の経営が傾いてきていた頃、チシタリアから「イタリアに戻ってこないか」と連絡が入る。チシタリアは彼の憧れのメーカーであったため、アルドはイタリアに戻りチシタリアに就職。すぐにデザインを起こし、できたクルマがチシタリア/ VOLODENTEとなった。しかし当時、チシタリアの経営状況は悪く、アルドの才能いち早く見抜いたピニンファリーナがアルドをデザイナーとして雇用。こうして1953年から定年退職するまでの35年間、アルドはピニンファリーナ一筋のデザイナーとして線を引き続けることになるのである。

 ピニンファリーナでの彼の初めての仕事は、MASERATI A6GCS BERLINETTA(1953年) 。このデザインを考えたとき、チシタリア202が念頭にあったという。

 このマセラティは、セルジョ・ピニンファリーナがもっとも好きなデザインの1つだと語っていることでも有名となった。今回はモデナのパニーニ博物館がこのモデルで参加。60年以上も前、アルド・ブロヴァローネが若かりし頃デザインしたクルマが彼の前に戻って来たのである。

 その後、ピニンファリーナ退職までの彼の主な仕事はFERRARI375MM GIOVANNI AGNELLI、ALFA ROMEO SUPERFLOW、FERRARI 400S SUPERFAST 2、ALFA ROMEO TUBOLAREGIULIA SPORT、DINO 206 S.BERLINETTA SPECIALE、FERRARI 365 P BERLINETTATRE POSTI 、FERRARI 365G.T 2+2 、PEUGEOT 504 、A L F A R O M E O E A G L E、LANCIA GAMMA COUPE、FERRARI F40ということになる。
 今回の参加車の中では、F E R R A R I 4 0 0 S U P E RAMERICA (FERRARI 400S.ASUPERFASTのデザインが基本となった) 、D I N O 2 4 6 G T
(DINO 206 S. BERLINETTASPECIALEのデザインが基本となった)、LANCIA GAMMA 、FERRARI F40などアルドが世に産み出したがクルマが集まった。

デザイナーにとって、何十年も経ってから自分がデザインしたクルマたちに出会えることはどんなに嬉しいことだろう。
 約30年前にリタイアしたアルドは、現在クルマ、バイク、船、ヒコーキを題材にレトロな感じのイラストを趣味で描き続けている。その筆力、発想力は9歳になっても衰えず、最高年齢のカーデザイナーとして、各地で行われているコンクールデレガンスに招待され、審査員になることも多い。

 そんなアルドが2015年のビエッラ地域の自動車愛好家クラブAMSAPのクリスマスのパーティーで「僕はたくさんのコンクールデレガンスを見て来た。何処も素晴らしいロケーションで貴重なクルマがたくさん集まって来る。子供の頃からここの近所にあるヴィリアーノの丘の上に建つ瀟洒なお屋敷、VILLA LA MALPENGAに憧れていた。あのお屋敷だったら他の会場にも決して劣らないと思う。あそこでコンクールデレガンスが出来たら良いなぁ」と自然と出たつぶやきが、あれよあれよと広がっていき、なんと今回のCONCORSO D'ELEGANZA VILLA LA MALPENGA”の開催に至ったという。しかも開催までたったの6ヶ月で!

カーデザイナーのアルド・ブロヴァローネと彼が過去にデザインしたクルマのイラスト。ディーノ、F40を生み出したカーデ ザイン界の巨匠だが、本当に気さくな方。

1972 Dino 246GT 今回の招待デザイナー、アルド・ブロヴァローネの秀作で、ル ・マン博物館に展示されている、 Dino 206 GT Berlinetta Speciale Prototypeから派生したモデル。多くの人に愛されて いるデザイン。

グイド・アヴァンデーロ所有のディーノ。今回のコンクールデレガンスのポスターはVilla La Malpengaの前にこのディーノ が置かれているというイラストをアルドが描いたもの。

1947 Cisitalia 202C Concorso d'Eleganza VIla d'Este などいくつものコンクールデレガンスに参加し有名な個体。 当時、Cisitaliaは多くの人の憧れで、アルド・ブロヴァローネもその一人。ビニンファリーナのデザイン。

1953 Maserati A6 GCS Berlinetta 1953年、アルド・ブロヴァローネ 氏がピニンファリーナに移籍して はじめての仕事。セルジョピニン ファリーナがピニンファリーナの中 でも最も好きなクルマと絶賛。

1968 Alfa Romeo Spyder デュエットとして親しまれている有名なモデル。アルド・ブロヴァローネ作のSuperflowから派生したモデルでこのカラーは貴重。

1962 Ferrari 400 Superamerica アルド・ブロヴァローネがデザインしたFerrari 400 Super fastから派生したモデルで、アメリカ市場のために生産したクルマ。

バンパーの中に埋め込まれたテールランプや低く長いラインなど、どこかアメリカっぽいスタイルが魅力。フェラールクラシケ認証。

1978 Lancia Gamma Coupé こちらもビニンファリーナ時代のアルド・ブロヴァローネの後期の作品。 クラシックでエレガントなラインは、今でも美しい。

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