2018.05.03

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

65年前、銀座に現れた森永巨大ネオン塔の秘密

通称「サボテン」と呼ばれた「森永地球儀型ネオン塔」

 「商品を市場に押し出すのではなく、商品を市場から引っ張らせるための本格手段は広告宣伝の王道である」と言うのが昭和前期の森永の広告方針であった。それはまさに、近年書籍でも人気を博した、ドラッガーのプル型広告であり、現在のマーケティング手法と根底はなんらかわらない。

 森永製菓は、長年行ってきた印刷媒体や電波媒体による広告宣伝を展開したように、昭和28年には銀座4丁目交差点付近(住所は東京都中央区銀座5丁目)に銀座のシンボルとして長年愛され続けた「森永地球儀型ネオン塔」を広告宣伝の一環として設置し人々を驚かせた。この種のネオン塔は銀座の他、大阪(天気予報を搭載した縦型のネオン塔)や名古屋(球体広告塔)、高松(高松港頭ネオン塔)、下関(下関ネオン看板)などにも設置され当時の日本を明るく照らし、この広告宣伝方式はネオンサインやイルミネーション広告においても名を刻む事業であった。

 このネオン塔、地球儀で言うところの緯線・子午線方向に張り巡らされた光の線が点滅し、センターにあたる部分(地球儀で言う赤道部分)には「森永ミルクキャラメル」と「森永チョコレート」の文字が横に回転する仕掛けになっていた。デザインは日本画家の横山操氏が担当した。 またクリスマスや皇太子様ご成婚時(1959年)、1964年の東京オリンピックなどの際には文字を変えたり、センター部分の上に張り紙をしたりと特別な装飾が施された。このネオン塔に登りパフォーマンスをするなどのイベントを画策していたこともあると言う。まさに当時の日本のシンボルとも呼べるのがこの「森永地球儀型ネオン塔」であったのだ。

 この「森永地球儀型ネオン塔」は通称「サボテン」とも呼ばれ昭和28年から昭和58年まで約30年活躍した。

直径約10メートル、高さ約14 メートルの地球儀型ネオン塔。 陽が落ちると煌びやかに輝い ていた。こちらは1961年の写真。

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