2018.05.08

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

C.W.ニコルさん#1『荒れた日本の森を救う、「アファンの森」の再生事業』

国土の68%を森が占めている森林大国ニッポンだが、原生林と呼ばれる森はわずか2%しかないと言われている。その他はかつて里山と呼ばれた二次林やスギやヒノキといった材木を育てる人工林だが、その殆どは放置され陰鬱な森状態。このことに憤りを感じたC.W.ニコルさんは、32年前に黒姫高原の里山で森の再生を始めた……。

世界を渡り歩いて辿りついた長野県 黒姫の里山

C・W・ニコルさんは、英国・ウエール生まれの日本人作家。12歳の頃から探検家をめざして柔道やレスリングで体を鍛え、狩猟やカヤックに多くの時間を割いていた。そんな彼は17歳の時にカナダに渡り、海洋哺乳類の調査研究の為に何度も北極探検に参加。27歳の時にはエチオピアで野生動物保護省の管理官となり、密猟者と死闘を繰り広げていた事もあったそう。その後は再びカナダ戻り水産調査局や環境保護局での技官を歴任……と、経歴を紹介しただけでページが埋まってしまいそうだが、そんな世界を股にかけてきた彼が初来日したのは1962年、彼が22歳の時だ。

最初に来た時は空手の修行の為で、その次は日本大学で日本語を学びに、その後も度々訪れたが最後には、作家活動を続けて永住。読者もご存じのとおり、ニコルさんは80年代から日本で小説や論文、絵本などの作品を世に送り出し続けている自然作家。自然を愛してワイルドライフを送ってきた経験を持つ事や、その親しみ深いキャラクターからメディアでの露出も多く、ハムやトレッキングシューズ、住宅など、テレビコマーシャルの印象が強い方も多いだろう。しかし彼はタレントではなく、自然を愛する作家で、熱心な森林保護活動家である。

「私は95年に帰化した日本人です。私と家族を守って、生活を与えてくれているのは日本。北海道には流氷が流れてきて、沖縄にはサンゴ礁が広がる。一つの国にこんな豊かな自然がある所はないですし、日本で生まれた伝統文化も素晴らしい。僕は日本を尊敬しています。そこで、この国の為に何か出来ることはないかと考えて、私は小さな荒れた森を買ってアファンの森と名付け、自然にもどす活動を始めたのです」

以来、ニコルさんは100年後の森の姿をイメージして、森の再生力を高めていく活動を始めたのだ。

ニコルさんがこの土地を買った際に建てたゲストハウス。現在は森の調査に来る研究者が泊まれるようにしている。

日陰の多い森の中と言えど、長時間歩いていたら暑くなる。地元の野菜をつまみながらひと休み。

動物、植物と人間が共存できる心地よい明るい森へ

日本での拠点を黒姫に構えようと思ったのには、彼の地に住んでいた、故 谷川雁さんとの出会いがあったからだという。詩人で評論家でもあ
る谷川さんは、空手修行のため来日していたニコルさんと、一緒に教材用童話を英訳していた人物。ニコルさんが再来日して和歌山で捕鯨の小説を書いていた際には、資金援助の代わりに翻訳の仕事を工面してくれた恩師であり親友である。

「私の生涯の住み処として建てる家は、途中で周りが開発され住宅地になったりしたら嫌だから、森を買ってそこに住もうと。谷川さんのお宅に何度も通っているうちに自然豊かな黒姫が好きになっていたので、山の麓の土地を購入しました。……しかし、ある時黒姫の山奥に入ってみると、原生林が伐られているのを目の当たりにしたのです」

これまで世界中の森を守るために活動してきたニコルさんは、安息の地として選んだ場所でさえも自然破壊されている実情に落胆してしまう。彼はこのままでは日本全体の森が危ない。その憤りを読売新聞に公開質問状として掲載し、林野庁長官を糾弾したという。

「当時の林野庁は、国有林を切った収入が自分たちの給料に反映される独立採算制でした。だから材として値段が高くなる太い幹の原生林を片っ端から切っていたのです。あの業界は建設業とも深く関わっていて、良い材が欲しいが為に原生林に通じる道路を作らせ、森を伐った後に針葉樹を植え、土砂崩れしやすくなった土地は土留め工事。そして川には砂防ダムを造り、道が出来たらできたで産業廃棄物が捨てられる。この国は自然に酷い事をしていたんです」

ニコルさんは林野庁との大ゲンカをきっかけに、家を作ろうとしていた約5ha(1万5千坪)の里山を“アファンの森”と名付け、自然再生の拠点として活動を開始した。その名前は祖国ウエールズで自然再生に取り組んでいた森林公園“アファン・アルゴート”に由来しており、森は甦るという事を教えてくれた故郷の森に敬意を表したものである。

アファンの森の再生事業は1984年、今から32年前に地元の林業家松木信義さんの手を借りながらスタートした。お二人は、一本一本に栄養がいきわたり、地面に十分な日が入るように木を間伐。動物に必要な茂みを残しながら藪を払って風通しを良くし、様々な花や木が育つ環境を地道に作っていった。

「今ある広葉木を全部切って、新しく建材として活用できるスギやヒノキを植える。そんな林野庁の考えじゃなくて、私たちは、良い木を活かすためにどれを間伐するか。そして、間伐したものをどう無駄なく活かすかを考えているのです」

管理小屋の前にはファイヤープレイス。ここで休憩がてら焚き火
をし、お茶を沸かして森を眺めるのがニコルさんの日常。

ニコルさん率いるアファンの森財団は、自然の中にバラエティを作って多様性を尊重することで、植物が育ち、動物が住む豊かな森へと導く。

樹木ひとつとっても、動物が食べる実をつける木、鳥が巣をつくりやすい木、土砂崩れを防ぐ木、大木、若い木等々、その種類によって大きく役割は違う。それを見極めるのが本来のフォレスター(森を育む人)の役割。そうニコルさんは語っている。

かつて地元で“幽霊森”とも呼ばれていた暗くて荒れ放題だった森は、まだ手つかずの場所が残るものの、今は気持ちの良い明るい森になった。

「アファンの森では、ニホンカモシカと猿以外、長野県にいる47種の動物が生息しています。鳥は58種、トンボは48種、木は156種……。今では、活動を始めた時の何倍、何十倍もの動物や植物が確認できるようになりました」

自然再生をする為の森なので、人を入れる事なく内々で活動していたニコルさんも、“動物や植物が住みやすい森は人間も住みやすい”、“森は復活する”という事を伝えなければならない。そんな想いから、2002年にアファンの森を財団化。現在は自然を取り戻す活動の傍ら、財団をサポートしてくれる企業や個人サポーターに向けて見学会を開いたり、震災の復興支援活動として宮城に森の学校をつくっている。

“森と共に循環する建物”を基本理念に、長野県産の杉の間伐材と国産材を使用して作られた、アファンセンター。ここには4名のスタッフが常駐し、約31ha(9万4千坪)あるアファンの森を管理している。

多様性を重視し針葉樹と広葉樹を混植

カナダのクリー族という原住民族の狩猟小屋を摸してつくられた休憩所。大きな耳のような形により音を集音。鳥の声や木のざわめき等、屋根の下にいれば森の音が聞こえる。

クラシックでいながら現代的な馬搬の技術を後世に伝える

馬を操るのはホースプロジェクトの責任者を務める今井さん。彼はこの7月から馬と一緒にロッジで生活を始めたホースマン。

ニコルさんの始めた森の再生活動は、かつていがみ合っていた林野庁から認められ、表彰されることとなった。更に数年前からは、経団連の
助成事業の一環としてアファンの森に隣接する国有林約29ha(9万坪弱)の管理も任されることに。ニコルさんはこの事をきっかけに、心の中に秘めていた“ホースプロジェクト”を実行に移すことにした。

「森の維持管理をする為に木を間伐することが必要です。アファンでは小さいトラックで木を運んでいたのですが、せっかく森が傷まないようにと木のチップを敷き詰めた林道が、一回でめちゃめちゃになります。ところが、馬なら化石燃料も使わず、重機が入れないような山中にも作業道を作らずに入ることが出来るし、地面を傷めることがありません」

山で伐採した木を馬で運び出す“ 馬ば はん搬”は、日本では岩手県の遠野で伝統的に行われている林業の技術。欧米でも盛んになっている馬搬をアファンの森で行おうというのだ。

「森が荒れたのは国が悪いだとか誰が悪いだとか言うだけでなく、私がかつて森の再生をしたように、我々は自ら行動をしなければならないと思うのです。このホースプロジェクトも、森のために私がやらなければ。そんな使命感も少しありつつ始めたのです」

森林再生の手綱を握る アファン ホースプロジェクト

ロッジは早稲田大学教授で建築家の古谷誠章さんのデザイン。長野県の間伐材を中心に作り上げた板倉工法で、我々の想像する厩舎とは一味違
うモダンな雰囲気だ。馬房とホースマンが寝食をする管理棟は繋がっており、寂しがり屋な馬が人の気配を感じられるようになっている。

この場所は便宜上“アファンホースロッジ”と呼ばれているが、正式には英国馬搬協会前会長の名前を冠した“ダグ・ジョイナー・ホースロ
ッジ”という名前がつけられている。

「英国でも一時は馬搬の馬方が20名しかいなくなったのですが、環境意識の高い林業家やエコツーリズムの方向から提案を続け、現在は会社にして70社も馬搬を行っています。その礎を築いたダグ・ジョイナーさんに背中を押されて、私は計画を進めることにしたのです」
そんな想いが詰まったロッジに伺ったのは7月中旬。プロジェクトのシンボルとなるホースロッジが完成したタイミングで、肝心要のスタッフ、月毛の雪丸と、栗毛の茶々丸が山歩きのトレーニングをしている最中であった。
ロッジやパドックのあるこの場所は元々ニコルさんが畑として持っていた土地で、アファンの森の北側に位置している。ホースプロジェクト
は始まったばかりでこれからの部分も多いが、いずれはアファンの森財団から一部独立させ、一般の方に対して自然との向き合い方やライフスタイルを提案していく方向だという。

そんなホースプロジェクトには目指す3つの柱がある。1つは先にあげた馬搬及び、畑を耕す馬耕といった農林事業。2つ目は馬と触れ合うことで癒し得る、ホースセラピーによる医療・保養事業。3つ目は、馬のいる風景の発信や、ホースサファリ等による観光・教育事業である。
ちなみに、読者も気になるであろうホースサファリとは、馬に道具を担いで貰うことによって、身軽に登山が出来たり、山の上でも快適なキ
ャンプが楽しめるというスペシャルなツアー。つまり山の上でグランピングが出来るかもしれないのである(来年以降サービス開始予定)。
乗馬クラブはままあっても、このような取り組みを日本で行うのは、彼らが初めてだろう。
「私がやりたいのは、乗馬ではないのです。むしろ、ウチの馬達には絶対に人を乗せません。私たちが目指すのはライフスタイルと、この黒姫の景色に馬を介することなのです」
森の再生から、馬を使った地域の創生へ。ニコルさんの挑戦は続く。

text&photo:YOICHI SAKAGAMI

スタッフが常駐する管理棟には、薪ストーブが。リビングには馬搬材を使用した棚なども置かれる。 馬たちにストレスのない環境を作りたいと、馬房は広めに設計された。

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