2018.05.14

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

旅する写真家の、東京VAN LIFE

‟経験収集家” 井口佳亮

20代を海外で過ごし30代始めに日本に帰国。現在は愛車のベントラと共に世界一周するという目標を胸に抱き、写真家活動を行っている。 この写真は2016年10月、ケニア・ナイロビのキベラスラムにて。 http://keisukeiguchi.com/

井口佳亮さんは"経験収集家"であり、写真家として活動する東京在住の旅人。”経験収集家”とは井口さんの通称で、彼は10年間で70以上の国を訪れ、興味を持ったら飛び込んでみて悪い事以外はなんでも手を出してきたという。井口さんは10代の頃よりアメリカの音楽やカウンターカルチャーに傾倒し、芸術系に進もうとするも、両親の反対もあり教育系の大学へ。しかし結局反りが合わずに中退し、アルバイトで貯めた100万円を持ってバックパッカーとして世界一周の旅に出た。日本を発ってアジア、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカ大陸へと、時々現地で仕事をしながら西回りに世界を一周。その後5年間過ごしたNYでは様々な人種・文化が共存する世界の多様性にもまれ、3年間滞在したオーストラリアのアウトバックでは、エコフレンドリーでサスティナブルなライフスタイルの知見を広めた。

「飛行機には乗らない。観光地には行かない。ガイドブックは読まない。最初の世界一周では自分でいくつかのルールを決めて旅をしました。海外で人と触れ合って世界を見るということ自体、とても大きな影響があったのですが、その後の人生を大きく変えたのは世界一周をしていた時、旅の最後に訪れたNYでの出来事です。旅の資金が尽きてNYのバーで働き始めたんですが、その店長は絵を描いたり写真を撮ってたりしている古き良きダウンタウンのアーティストでもありました。そんな彼があるとき、古ぼけたカメラ、今も大事に使っているLEICA M4-pとズミクロン35mmをくれたんです。『お前は英語も出来ないしシャイだから、人を撮ってコミニュケーション能力を磨け』。僕は学生時代から写真を撮るのは好きだったのですが、当時はフィルムカメラの使い方もよくわかっていませんでした。でもこのカメラで写真を撮ってみたくてソーホーのラボや暗室に連日連夜押しかけて、独学に近い感じで写真を勉強してきました」

店長の思惑通り、井口さんはカメラがきっかけで人との交流も増え英語も上達。結局そのままNYに滞在したまま5年を過ごし、その後3年間をオーストラリアで過ごしながら東南アジアやアフリカを歴訪。世界各地の人々を撮影してきた。

「写真を撮るためにカメラを持っているのですが、僕はあんまりシャッターをパシャパシャ切れないんですよ。特に人のポートレートは、その人と話して心で通じ合ったからこそいい表情の写真が撮れるものだと思っています。そもそもカメラにのめり込んだのも人とのコミュニケーションツールとしてだったので。だから自分では写真を撮る人というより、その時の経験を記録していく”経験収集家”なんだろうなあと」

旅先での人とのつながりを写真として残す。彼にとって写真は旅の記録でなく、人との繋がりの記録だ。

photo by Keisuke Iguchi

 

 

Mercedes-Benz T1 307Dという名の自由の箱

 

 

 

2016年、大阪のベントラ専門店で働いていた33歳当時の井口さんとT1 307D。鉄の箱状態だったものを、住みながら自分の手で直し、今の状態まで手を加えていった。

 

「世界を旅して32歳で日本に帰国した後も、常々旅ができたらいいなあ。移動できるモーターホームならいいなあと思うようになったんです」

安くて、丈夫で、住めるくらい大きいバン。それを探し求めて井口さんが行きついたのが、現在愛車となっているメルセデスベンツT1 307D。この手のベンツの商用トランスポーターは“ベントラ”と呼ばれ、日本に正規輸入されてないものの熱狂的なファンもいる。井口さんがこのベントラを手に入れたのは2015年秋で、エンジンも壊れていれば、内装や外装、電装、足回りまでボロボロの状態のものだった。

「大阪の店に新幹線で行って即断即決で買ったはいいですが、フルレストアしてもらうお金もなく、いつか旅をすることを考えたら自分で直す技術も必要だと思ったので、買った時に『給料要らないので、技術を教えてください!』って頼みこみました(笑)。意外にも店長が快諾してくれて、それから店の裏にバンを置いてバックヤードに住み込みで働かせてもらいました」

井口さんは車両購入後に運転免許を持っていなかったのですぐに取得。持ち前の行動力と無鉄砲さで日本唯一であろうベントラの専門店、『P’s Auto Trade』に入社。板金塗装や電気系統の修理、カスタムの知識を培いながら、仕事の時間以外はずっと自分のクルマのレストアという生活。朝5時起きで9時まで、そして仕事が終わった19時から26時まで。ベントラで世界一周という目標を胸に、毎日埃にまみれて作業を進めた。

 

マイセルフ・バンライフ

井口さんは働きながら半年掛かりで快適に過ごせるレベルまで車両を仕上げたのち、大阪を離れ、一度旅の資金を貯めるため地元東京へ戻っていったのは2016年の年末のこと。

デカくて古くて運転するのが大変では? とも思うのだが、以外にもそんなことはない。流石のベンツなので車格の割に小回りが利くので大抵の道は難なく通れてしまうし、エンジンはNOx・PM法適合のディーゼルでリッター約10㎞。ヘタな乗用車よりもぜんぜん走る。現存するなかで一番歴史の古いカーメーカーだというのは伊達じゃないし、実際にベントラは世界中で貨物車として、救急車として活躍している! メンテナンスをすれば100万キロだって夢じゃないというのも、井口さんがベントラを選んだ理由だ。

それにしても東京でバンライフを過ごすなんて無理では? 毎日じゃないでしょ? と、訝しく思っている読者もいるであろうが、井口さんのベントラは文字どおりモーターホーム。クルマでもあって、家でもある。付け加えるなら井口さんのフォトラボでもある。キッチンあり、ベッドあり、収納あり、写真の引き伸ばし機あり。トイレと風呂こそないが、そこは旅の道具としたら贅沢品だから不要。だが、東京なら四六時中開いている店もあるし、公衆トイレもあるし、会員になっている24時間営業のフィットネスジムで毎日風呂にも入れる。

彼が東京バンライフを送る一番の理由は、駐車場所さえあればどこでも寝泊りできるという事。

「今日は銀座、今日は渋谷と、別にどこで寝てどこで起きてもいいという自由度が良いんです。朝クルマから出て、そのエリアの地元民の様に散歩するっていう遊びが楽しいですよ。昨日は目的地も決めずに奥多摩の方へ行って、山の中で寝てました(笑)。ナビを使わなければ東京で放浪するという体験もできるんです。新たな発見がある生活って最高に贅沢だと思うんですよ」

 

キッチンスペースもすべてホームセンターで買ってきて、全てDIY。調理はカセットガスのストーブ、水はろ過した雨水。快適さを持たせるために、壁には断熱材を仕込むことで、冬でも凍えることなく過ごせるようになった。

 

車内の中でひと際異彩を放つのが、ライカの引き伸ばし機。現像の道具一式もロック付きの引き出しに収納されており、夜に窓を閉め切り、暗幕をひけば現像作業ができる。

 

船舶で使われる滑車を用いた昇降式のベッドはゆったりサイズ。スペースを無駄なく活用するため、当然設計はミリ単位での調整が必要だったそう。気になるのは電気関係の事情だが、屋根にソーラーパネルを2枚設置して100Vの大型モバイルバッテリーを搭載しているので、ノートPCや冷蔵庫を使っても全く問題なし。

 

車のダッシュボードにはお気に入りの本。助手席にはこれまでのプリントが。「晴れた日には大きな窓から太陽の光がこれでもかというほど差し込み、絶好の読書空感にもなります」

 

ベースとしている都内某所の月極駐車場にて。錆びて穴の開いたボディを削り出し、ポリパテとFRPで穴を埋めては表面をエアサンダーで整える。日々手入れしていくうちにツギハギボディが気に入ったので現在にいたるまで無塗装のままにしてある。リペア跡が残るベントラは、井口さんの努力の跡でもある。

 

ツギハギだらけのバンと、世界をまわる

 

 

外国だから大丈夫という事もないが、日本でバンライフや車中泊ということに様々なしがらみがあるという話は耳にする。一番は寝る際の駐車場所。店の駐車場は基本的にNG。道の駅の駐車場では仮眠ならOKだが、そこで睡眠となると……グレーなところ。仮眠と睡眠の違いは? という議論は置いておいて、日本にはアメリカのようにRVパークが都会にも田舎にも点在しているという状況はない。長期にしろ短期にしろ、バンライフや車中泊を行っている人の声は少なく、その声はお国には届いていないし、民間での施設も少ないのだ。

「日本はそんな状況ですし、特に東京でバンライフなんて皆考えませんよね。きっとキャンピングカーやハイエースなどに泊まっているのが見つかれば、『寝ないでね』と注意されることもあるでしょうし。でも僕のクルマは荷台の窓がないパネルバンなので、夜間にライトをつけていても外から社内の様子が見えず、ただの商用バンが止まってるだけだと思われて難なく車中泊ができてますけどね(笑)」

井口さんは東京都内の月極駐車場をベースとして暮らしており、バンで寝て、バンを運転して、働いている介護福祉施設まで通勤。仕事が終わっていつもの駐車場に戻る日もあれば、大手パーキングの会員にもなっているので、気軽に様々な街のパーキングに入って時間を過ごすこともあるという。仮に毎日コインパーキングに停めたとして1日1500円であれば30日でも45000円。都内で格安のワンルームを借りるのと変わらない金額で、自由なバンライフを送ることができる。どちらが良い暮らしという事もないが、彼のような選択肢も存在すること自体が目から鱗だ。

「大阪でクルマを直しながら、クルマの中で過ごす日々を過ごしていたのですが、その時はバンライフはかくあるべきと決めてしまって、野菜しか食べない時があったり、コーヒーを淹れるときも生豆を煎るところから始めたり、明かりはランタンじゃないといけない……。とか、自分に酔った生活をしていました。でも、もうすっかり酔い切ったと言いますか、生活するためにバンライフを送っているわけだからと、実用性を重視するようになりましたね」

ピカピカで無傷のSUVや新品のワークブーツを自慢げに都会で見せびらかしても悲しくて無意味。壊れたら修理して、長く寄り添う事で自分の歴史の一部となり、生き証人になってくれる。というのが井口さんの持論だ。ベントラで生活をして丸2年以上経ち、細かい内装作業で少しずつカスタムをしていく中、自身の考えも少しずつシンプルになっていく。いつも貯金がたまったらすぐに旅費に充ててしまうという井口さん。目下の夢はベントラに愛用の道具だけを詰めて、カーフェリーでユーラシア大陸に上陸、横断してアフリカまで旅行することだという。

 

「パタゴニアの創始者イヴォン・シュイナードが著書で書いていた『貧乏だから安物を買う余裕がない』という理念にはとても共感します」。写真は井口さんの愛用品。海外の牧場で働いていたときのワークパンツ、NYで買ったジーンズはリペアしながら履き続けたもの。ブーツやバッグもハードに使えるヘビーデューティーなものばかりとなっている。海外で絡まれた時には武器としても役に立ったという重金属のタフなライカM4-Pも、まさに井口さんの相棒だ。

Information

井口さんの写真は練馬区のレストラン・トゥシータ(www.tuscita.com)にて常設展示。不定期的に藤健士氏主宰の東京オルタナ写真部(https://tokyoaltphoto.com)のグループ展にて展示されている。

また、サイアノタイプという古典技法でプリントしたフォトTシャツがHOLIDAY(www.i-love-holiday.com)にて販売中。

 

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