2018.06.14

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

ジャンカルロさんの"秘密のガレージ"

扉の向こうはアルファワールド

 1900年初頭ミラノの中心部には大中小の工場がひしめいていたという。今は住宅街となり、マンションが立ち並んでいる。ここで紹介するジャンカルロ秘密の場所は、そんな普通の建物の1階にあった。入り口の扉を開けるとアルファ・ロメオの歴史がどっさりと集まっている。

 ジャンカルロは小さい頃からアルファロメオワールドの中で暮らしている。彼が育った地域は元アルファロメオの社屋があったポルテッロ地区。1906年からアレーゼにある現在の社屋に移転する1986年までの間、アルファロメオはその地区に巨大なワールドを展開していた。

 小さい頃からアルファロメオ工場の前を通るのが日課で、家の近くのガソリンスタンドでは開発段階の覆面アルファロメオ車とテストドライバーをよく見かけたという。周りの友人はアルファロメオに勤務する人ばかり。'50〜'70年代、ミラノと言えばアルファロメオ、アルファロメオはミラネーゼの誇りであった。

モデルカーも独自の世界観で

数年前から集めだしたガレージのジオラマは独自の世界観。右は'60年代のガレージ風景で左はランチャのガレージがテーマ。

ALFA ROMEO GIULIA1600GT CARABINIERI/ジュリア1600GTのカラビニエリ。ちなみにPOLIZIAは国家警察で車両は青を基調としたものが多い。

アルファ博物館より貴重かも

 彼の初めての車は1971年に購入したアルファロメオGTユニオン。それからというもの、ずっとアルファロメオは彼とともにあった。アルフェッタ・ベルリネッタ、モントリオール、ジュリア1300と、その後もアルファロメオが続く。

 クルマのコレクションと平行して、アルファロメオの部品がどんどん増えていった。国は1984年頃から自動車メーカーに対してインセンティブを取るようになり、人々はこぞって新車に乗り換え、市場には中古車がダブついていった。そこでジャンカルロは解体屋に目をつけ、アルファロメオの部品を安く大量に手に入れていった。

 クルマや部品を集めてかれこれ40年になるという彼の元にあるのは、探してもなかなか手に入らないオリジナル部品だ。それは、将来自分のアルファロメオを修理する時、すぐに部品が揃うようにということ。「売るなんてことはしない、僕の趣味だからね。こういう物に埋もれていると安心するんだ。歴史がここでは生きているんだ!」

ポミリアーノダルコ(南にあるアルファスッドの工場)で行われたアルファスッドの走行会。オレンジ色の3ドアワゴンをジャンカルロが所有している。

'50〜'60年にアルファロメオの工場で使われていた、食堂のコイン、コーヒーチケット。クルマやパーツ以外にもこのようなものがギッシリ。

モントリオールの初期デザインスケッチが何枚も! こうしたスケッチはおそらく、世界中、このガレージしかないはず。

パンダも大好きなもので

1953 ALFA ROMEO MATTA/10年ほど前に購入したというマッタは、軍隊の払い下げをパドヴァ空港が購入し、空港では簡易の消防車の用途で使われていたらしい。MATTAとはイタリア語でクレージーのような意味で、どこにでも行けてなんでもできたのでマッタになったよう。

 1986年、長年自分のそばにあったアルファロメオの工場が移転のため閉鎖され、社屋や工場にあった資料、書類などが道路に投げ出されていたという。それを見て、彼のようにアルファロメオと共に育ってきた人たちは、思い出のかけらを拾いに行ったそうだ。

 「その時、無残に捨てられている書類の山を見て心が張り裂けたよ。あのまま捨てられていたら、せっかく築いてきた歴史の足跡がなくなってしまうんだ。でもね、それが平気で捨てられていたんだ。悲しいよね。でも僕は、自分の隠れ家に大切に保管しているよ」

 自分でも「ごっちゃごっちゃなんだ」というジャンカルロの隠れ家。そこは本当に足の踏み場もなく、腰を曲げ、手で頭を押さえながら探索していると、突然ガツンっとアルファロメオのグリルが頭にぶつかるほど。古い棚の引き出しにはオリジナルのネジ、ボタン、社ロゴなどがびっしりと整理されている。

 ガレージの中にはアルファロメオの警察車両も数台収納される。

「'92年にジュリアを探していたときに、偶然にポリスの車を見つけたんだ。それからハマってしまって……」

今ではポリツィアカーが2台、カラビニエリが5台ということで、クラシックカーのイヴェントには引っ張りだこ。来年GIRO D'ITALIAが100周年ということで、ポリツィアの車を貸してくれないかと主催者から電話があったという。

パンダで夜のミラノを爆走するジャンカルロ氏。小気味よく走るパンダから見える景色が美しい。ちなみにパンダはもう一台所有。

モデルカーも自転車のパーツも

ケースにビッチリとモデルカーを、しかもジャンル別にディスプレイ。ここはステーションワゴン、トラック、その他働くクルマコーナー。両脇にはカラビニエリの紋章。

ジャンカルロの家業だった、UNIVERSAL社製、自転車用ブレーキのパッケージ。'50〜'94年までの間のデッドストックが揃っている。

パーツの復刻ももくろんでいる

1961年製のUNIVERSALブレーキのパッケージ。当時のイラストやデザインが良い状態で残っているのは奇跡に近い。

 さて、もともとジャンカルロの家業は、UNIVERSALというレース用自転車のブレーキを製造・販売していたらしい。1919年開業UNIVERSALは1950年代のイタリア自転車のレース界ではなくてはならないブレーキだったということ。そのおかげで小さい頃からGIRO D'ITALIAには観客としてではなく、部品供給側としてレースを見届けていた。昨今のヴィンテージ自転車ブームもあり、今は自分が持っているUNIVERSALのオリジナルの商品や広告やその他の資料を全て写真に撮り整理をしている最中だという。

 その頃の搬送用のオリジナルトラックも保管してあるというから、自転車の世界にも彼の世界が広がっていきそうだ。「ここに来て趣味のアルファロメオが家業の自転車業界とマッチングするとはね。自分のポリスカーがGIROD'ITALIAとコラボするとは思いもしなかったから人生は不思議だね」

 ジャンカルロのアルファロメオ収集は止まらない。アルファロメオに関連するものはなんでも集めてしまう。彼はアルファロメオの世界を支えている小さな“証”を拾い集め続けている。「こうやって小さなものでも拾い集めることが歴史の支えになるんだ。高級なものはできる人が集めれば良い。自分はアルファロメオという世界の思い出の破片を集め続けるよ」

'51年当時のUNIVERSALの広告。クラシックな自転車レースなどが注目されている昨今、パーツのリバイバルもありかも?

伝説のレーサータッツィオ・ヌボラーリのALFA ROMEOP2ペダルカーに彼の父親が乗っている写真(1920年)。

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