2018.05.18

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

Museo Storico Alfa Romeo『アレーゼにアルファロメオの聖地...

1900年初頭からビショーネのマークを背負って世界のレースに出場し、好成績を残して来たアルファロメオ。小さい頃からアルファの勇姿を見ながら育ったイタリアのアルフィスタは、アルファが常に心の中に住み続けている。

息をのむ魅惑のスタイリング

Carabo (1968 Bertone)/1968年のパリ、トリノモーターショーで公開されたティーポ33ストラダーレがベースのワンオフのコンセプトでスタイリングはガンディーニによるもの。特徴的なシザースドアが共通するなど1971年に発表される、ガンディーニによるカウンタックの先駆的位置づけ。 カラボはそのグリーンとオレンジのカラーリングからイタリア語の「コガネムシ」から派生した名前。

アルフィスタならずとも訪れたい

IGUANA (1969 Italdesign)/1969年トリノショーで公開された巨匠ジョルジェットジウジアローのスタイリングのワンオフコンセプト。ティーポ33ストラダーレがベースとなっている。 ブラシ処理されたボディパネルやベストの様なシートベルトなど斬新なアイデアが採用されていた。

 アルフィスタにとって、なくてはならない存在といえばアルファロメオ博物館。1976年、アレーゼにアルファロメオの歴史が一挙に見られる博物館が建築され、そこはアルフィスタの聖地となった。世界中からたくさんのファンが訪れたが、2011年、老朽化の理由で閉館してしまい、アルフィスタは不安な日々を過ごすことになってしまう。“もうアルファロメオブランドは無くなる、博物館は売却される”、などといろいろな噂が飛び交ったが、そんな噂を乗り越え、2015年アルファロメオ博物館は建築家ベネデット・カメラーナ氏の手によって見事に蘇ったのだ。
 アルファロメオ105周年記念と新型GIULIAの発表と同時にプレオープンしたこの博物館は、以前のように高速道路上からも大きく赤い字で書かれた「ALFA ROMEO」の看板が見える。これでミラノのアルフィスタたちはホッとしたことであろう。
 建物の基本構造は1976年に建てられた博物館のままだが、室内外を全く新しいイメージに改装。以前の博物館と同じ建物だとは想像できないくらい全く別の世界観の博物館が出来上がった。さすが、古いものを修復し継続して行く国、イタリアである。館内は3つのテーマに分けられている。時系列に展示されているTimeline。 美しいデザインを中心に展示されるBellezza。そして、レース関係を中心に展示されるVelocitaだ。

33 Coupe (1969 Pininfarina)/1969年パリ、トリノショーで公開されたレオナルド・フィオラバンティによるスタイリングのワンオフモデル。前年に発表されたピニンファリーナによるFerrari 250 P5をコンバートしてアルファロメオバージョンとしたモノだった。ティーポ33ストラダーレがベースとなっている。

1900 C52 Disco Volante (1952)/1952年のカロッツェリア・トゥーリングによるプロトタイプ。名前は空飛ぶ円盤のことで、横風の影響も考慮した空力ボディ。展示されているのはオープンボディだが、クーペ版も有り後のジャガーEタイプのデザインに大きな影響を与えた。

プロトタイプの美しさ

2000 Sportiva coupe (1954)/1954年に発表されたフランコスカリオーネによるプロトタイプ。 2シーターのハイスピードGTというコンセプトで市販を想定して開発されていたが、市販は実現していない。同じ頃にデザインされた空力スタディの同じスカリオーネによるBAT9を、より現実的にした様なイメージのオーバーラップを感じる。

 3つのコンセプトで、アルファロメオの誕生から現在に至るまでを、実車とヴィジュアルでわかりやすく解説。博物館を出る頃には「アルファの魂がどうやって育てられて来たか」を実感できるのだ。
 博物館専用の駐車場に車を止め、赤い建物を目指し少し歩いて館内へ。チケットを購入し中に入ると右手にはアルファロメオの大きな飛行機のエンジンがずらりと並んでいる。1930年代から40年代前半にかけてアルファロメオは航空機エンジンを生産しており、第二次世界大戦前から戦中にイタリアの軍用機にエンジンを供給していたのだ。多くは英国のデハヴィランドやブリストル、あるいはドイツのダイムラーベンツのライセンスエンジンだったが、アルファロメオのオリジナルエンジンも存在する。このノウハウを持ってアルファロメオは高い技術力を車の世界へ投入していった。この時期の「飛行機エンジン」の開発はアルファロメオのその後の活躍にとってとても重要な要素となったのだ。
 例えばヴィットリオ・ヤーノの設計の星型9気筒のD2というエンジンはカプローニ、ブレダの生産したイタリア軍機に搭載、英国ブリストル由来の125シリーズは3発エンジンで有名なサヴォイア・マルケッティ SM.79などに搭載され、飛行機業界でアルファロメオのエンジンは高い評価を受けていたのだ。
 TIMELINEのコーナーでは、ごく初期の(ROMEOがつかない)ALFA時代の15HPモデルからジュリアTIのフロア、下一段下がるとモントリオールから最近の8Cコンペティツィオーネまでの比較的新しく重要なモデルが見られるフロアへと続く。

8C 2900B Lungo (1938)/当時のアルファロメオGPカーのティーポB P3のメカニズムを踏襲した様な、超プレミアム、ロードゴーイングサルーン。当時のスーパーカーである。ムゼオの車はサンルーフも装備している。2.9リッター8気筒エンジンは2基のスーパーチャージャーによる過給により最高出力180馬力を発生する。

スピード、そしてビューティーのコーナーへ

GTA 1300 Junior (1968)/1960年代のアルファロメオモータースポーツのアイコン、GTAのAは軽量化という意味のAlleggeritaの頭文字でボディ外板はアルミニウム。1300ccのエンジンはGTA専用のツインスパークとなっている。張り出したタイヤをカバーするオーバーフェンダーが特徴である。

 BELLEZZA(ビューティ)と呼ばれる展示では、ディスコボランテや、ティーポ33ストラダーレベースのスペシャルモデルをはじめ各カロッツェリアの貴重なワンオフモデルが見られるほか、8C2900B、6C2500Sport, 6C2500ヴィラデステ、6C2300ミッレミリアなど30年代から40年代、アルファロメオが超高級車メーカーだった頃の栄光が肌で感じられるフロアと、量産メーカーとして飛躍した初代ジュリエッタからジュリア系の車がずらりと並んだフロアへとつながるのである。
 オススメは、その間にあるシネマルーム。アルファロメオが登場した数々の映画の放映と横には映画にちなんだ車の展示(ダスティン・ホフマンの「卒業」など)があるのだが、これがなかなか面白いのだ。

6C 2300B CORTO (1938)/アルファロメオにおけるヴィットリオ・ヤーノが携わった最後のロードカーで6C2300の第2シリーズとなるクルマのショートホイールベース版。ヤーノはこの車の設計の後ランチアへ移った。この2300ccエンジンのボアを2mm拡大して後の6C 2500シリーズに発展していった。

6C 2500 Freccia d'Oro (1949)/1947年から生産された戦後初のアルファロメオで、戦前のラダーフレームの6C 2500をベースとしながらもスチールボディがラダーフレームに溶接された構造で、この後のモノコックフレームへ移行する過渡期的な構造であった。このモデルの後、アルファロメオは1900で本格的な量産メーカーに転換していく。

’70sアルファの競演

Montreal (1970)/1967年のモントリオール万博に出品された、ベルトーネのスタイリングによるティーポ105ベースのスペシャルモデルが原型。この時のプロトタイプはジュリア系の1.6L、4気筒エンジンを搭載しており、その後1970年に市販バージョンが発表された。市販バージョンはティーポ33のV8エンジンを量産用に設計し直された2.6LのV8エンジンを搭載。よりラクジュアリーな方向に振った車になった。

 最後のVELOCITA'(スピード)と呼ばれるエリアはモータースポーツあってのアルファロメオの圧巻の展示。 初期のジュゼッペ・メロージによるRLタルガフローリオからグランプリカーTipo B、初代F1チャンピオンの159アルフェッタ、ティーポ33のスポーツプロトタイプカー、70年後半から80年前半に参戦していたF1、ジュリアGTA、155DTMなど、思わずレースシーンを思い出してしまう名車のオンパレード。レース好きのアルフィスタにはたまらない。車だけではなくその脇にエンジンが展示されたモデルもかなりある。
 ブランドは時代と共に歩んで築きあげるものだが、ここアルファロメオ博物館は、まさにそんなアルファロメオ”が展示され、そこには真のブランド力が垣間見えるのであった。

Alfasud (1973)/1973年市販デビューのアルファロメオ初のFF市販車。生産はミラノではなく、南部ナポリ近郊のポミリアーノダルコ工場を新設して行われたためスッド(南)という名称となった。 スタイリングはジウジアローであるが、スタイリングにとどまらず、5名乗車、その乗員のラッゲージを載せグランドツーリングをするという車自体の企画パッケージングも含めてジウジアローの手が入っている。 同じジウジアローの手によるVWゴルフの先駆けともなった傑作車。

Alfetta (1972)/1972年にティーポ105系ジュリアの後継モデルとしてデビューしたが、ジュリアもしばらく並行して販売されていた。 アルフェッタの名称は同じトランスアクスル及びドディオンアクスルを採用していた初代F1チャンピオンカー、ティーポ159の名前を継承してのこと。またリアブレーキディスクもアップライト側ではなくデフケーシング側にあるインボードマウントでこれは二代目ジュリエッタ、アルファ6, 75、90、ES30(SZ、RZ)までこのトランスアクスルシャシーレイアウトが継承されバランスの良いハンドリングを誇った。

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