2018.05.18

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

イタリアンスクーターの聖地 ミラノMuseo Scooter

01『ヴィットリオさんのスクーター博物館を訪ねて』

 イタリア・ミラノから車で30分ほど郊外に向かうと、カーサ・ランブレッタ(Casa Lambretta)という、イタリア生まれのスクーター、ランブレッタ専門店がある。
 30年以上続く老舗で、車両の販売だけでなく、クオリティの高い復刻パーツを作っていることから、日本のランブレッタ乗りにも広く知られるショップだ。
 ショップオーナーであるヴィットリオさんこと、Mr.Vittorio Tesseraは、子供の頃からスクーターが大好きでたまらないという人物。その情熱はランブレッタだけに留まらず、世界中から歴代のスクーターを集めるほど。そしてそのコレクションは膨大な数となり、ついにショップの隣りに「Museo Scooter & Lambretta」という、スクーターを一堂に集めた私設の博物館をオープン。スクーターを愛する人たちのために公開を始めたのである。
 「ヴォンジョールノ!日本からどうぞようこそ」
 ヴィットリオさんが気さくに出迎えてくれ、一緒にショップの裏手に回り、赤い看板を掲げたエントランスへと案内してくれた。

02『世界中のスクーターが一堂に』

Salsbury 85 Atandard/1947/アメリカ/Foster Salsburyの飽くなき挑戦により出来あがった“Super Scooter”。ギアは驚異的な柔軟性を持ち、320ccのエンジンは90km/hに容易に達する。

「今、イタリアではスクーターの人気が再燃してるんだよ。もちろん、昔のスクーターよりは新しいスクーターなんだけどね。僕はカーサ・ランブレッタというブランドで、ランブレッタのパーツを復刻して販売しているんだけど、ランブレッタだけじゃなく全てのスクーターが好きなんだ。だから世界中のスクーターの歴史をここで発表してるというわけ」
 その言葉を裏付けるように、エントランスに鎮座するのはランブレッタではなく、アメリカのサルスベリー社のスクーター。
「スクーターの始まりはアメリカのニューヨークで生まれたモト・スクーター。スクテラーレって意味はシュッシュッシュッシュ動くって意味。自分一人でどこかに出かけるっていうコンセプトから生まれたんだ」
 中に入ると、イタリアのベスパや滅多にお目にかかれないチマッティ、そしてロシアや日本のスクーターまでもが、当時のままの美しい姿で置かれている。
 そして、スクーターだけではなく、1910年代にアメリカで誕生したスクーターの起源とも称されるオートペッドも。スケートボードにタイヤとエンジンとハンドルが付いたような乗り物で、シートはなし、直立して乗る二輪車。これがヨーロッパでもてはやされ、後にスクーターへと進化を遂げたといわれている。
「驚いたでしょ? でも、僕はスクーターと呼んでいいのは、乗ったときに膝と膝がつくものだと思っているよ。僕は長年、レストアの仕事をやっているから、本にも載ってないようなものをたくさん持っているんだ。それを聞きつけて、1台持ってても仕方ないからって、ここに送ってくれる人もいる。スクーターの世界が全部ここに集まってるっていっても過言じゃないと思う。ここではね、国ごとに分けて展示してあるわけじゃなくて、その国で最も貴重なものを置いているというのがわかるかな? つまり、ただがむしゃらに集めてるだけじゃないってことさ。全部僕はオリジナルの物を持っているという意味では世界で一番だと思うよ。コレクターって呼ばれるには、ただそのモノを持ってるだけじゃダメなんだと思うからね。それに付随するストーリーを持ってないといけないと思う。僕が言うストーリーとは、スクーターの場合だったら、当時のカタログや資料だったり、それに付随するドキュメントのこと」

AMI 98/1951/スイス/AMIシリーズはイタリアのZoppoli motopiccolaというプロジェクトから誕生した。ハンドスターターなど“98”独自の仕様も多い。

BERNARDET B/1950/フランス/1950年代フランスの代表的なスクーター。Marcel Violetによって設計され、その複雑な機構は再現不能とされていた。

LOHNER L 125/1955/オーストリア/この“125”は以前のモデルに囚われず、シールド等のデザインで革新的な「一体式」という設計をした。

TRIUMPHT10/1966/イギリス/スクーターに乗る前に誤ってエンジンが始動する事故を防止する装置を搭載したが、一般市民には人気が出ずに生産中止となった。

KTM MIRABELL/1956/オーストリア/エレガントでゆったりとした車体と電動式スターターが特徴的な高級車。当初はエンジンが小さく125ccだったが、後に150ccに改良された。

HONDA JUNO KA/1954/日本/HONDAの初のスクーターで、何を参考にしたかわからない程に非の打ちどころが無い車体だと言われていた。グローブボックスなど斬新な提案をしていたが、わずか1年で生産は終了した。

RUMI FORMICHINO/1955/イタリア/Scoiattoloの成功によりRUMIはスクーターの生産を従来の倍に増やすと決定し、このFormichinoが誕生した。Formichinoのデザインは芸術作品と言われるほどで、この成功でまた新しいスクーターが増産された。

03『百花繚乱のスクーター博物館』

LAMBRETTA 125 D Ⅰserie/1952/イタリア/Dシリーズの最初のスクーター。合金のエンドキャップや平らなフォークカバー、ヘッドライト上部のInocentiのマークやLambettaのロゴが特徴的でクールだ。

「ランブレッタは1947年に始まったんだけど、その頃は戦後まもなく、動く手段が必要だったんですよ。自動車作ったり、スクーター作ったり……小さなものを作る人が多かったんですね。もちろん自転車もね、モスキートとかね」
 敗戦国であったイタリアの人々は、復興のため安価なモーターサイクルを必要としていた。
「ランブレッタを作ったのは、のちにイノチェンティっていうミニ・クーパーをライセンスで作ることになった会社だったんだけれどね。そのイノチェンティの工場の中にランブロっていう川が流れてるんだよ。その川の名前を文字ってランブレッタになったんだって言われているよ。イノチェンティは、元々はパイプを作る工場だったんだよ。その後にランブレッタを作り始めたんだね」
 初期のランブレッタはパイプフレーム構造。武骨なデザインであったが、速さで若者を魅了し全盛を極める。しかし、68年以降、スクーターの人気は陰りを見せ、71年、イノチェンティはランブレッタをインドに売却する。

LAMBRETTA B Ⅰ serie/1949/イタリア/8インチ超のホイールやリアサスペンション、ギアハンドルなどの革新的なパフォーマンスやブルー・グリーン・レッド・ブロンズから色を選ぶことが出来る仕様で人気を博した。

当時の、ランブレッタ出荷風景。3段に積まれたランブレッタに、トレーラーをつけてさらに運ぶという面白い光景。こうした古い写真自体も非常に珍しい。

LAMBRETTA m (A) Ⅱs-Ⅲs/1948/イタリア/アメリカのCUSHMANの影響を受け、最初のLambrettaは1947年にミラノで誕生した。Lambrettaのパフォーマンスは早くもその時点でイタリアのスクーター狂の心をしっかりと掴んでいた。

ランプレッタの全てが集結

LAMBRETTA SERVETA NY POLICE/1976/スペイン/ニューヨーク市警察からの要請により生産されたモデル。Innocentiの許可を受けてServetaが生産をしたいた。ベストセラーのものはスペインでモデル化されていて、イタリアのものとほぼ同じデザインをしている。Innocentiのラインの閉鎖後Servetaは様々な改良を加えた。

LAMBRETTA 175 MINI SAIA/1978/ブラジル/オレンジのボディが美しい一台。スペアタイヤの中までも同色でペイントされ、ランブレッタらしくない少しちがったスタイルが逆に魅力的だ。

 「僕は子どもの頃からスクーターが好きだったけど、じつは最初はヴェスパから入ったんだよ。なんでも好きだから、いろいろなコレクションが増えて行って、ある時、どれか一つに絞って、専門に集めようと思ったんだ。それでランブレッタにしたんだよ。今はね、ヤマハのスクーター探してるんだよ」といたずらっぽく笑うヴィットリオさんは、まるで少年のよう。
 「当時、イタリアでスクーターといったらランブレッタとヴェスパが二大系統。日本車だとフジラビット、三菱だね。どうしてランブレッタとヴェスパでランブレッタを選んだのかって? ランブレッタはミラノで発祥したから集めやすかったんだよ。30年前は、トラックに乗って田舎の方に探しに出かけたもんさ。田舎の工場にはすごいのを持ってる人がたくさんいてね。当時は価値がないから捨てちゃってたんだ。僕はクレイジーだと言われていたよ」
 ここに並ぶランブレッタは、ただお金を使って集めたものではなく、ヴィットリオさんが足を運んで見つけ、丁寧にレストアをした思い出の結晶でもあるのだ。

自らレストアを施した思い出の結晶

LAMBRETTA D SPORT/1954/イタリア/このスクーターには特別な物語がある。かつては未完成だったプロトタイプにPicciulinが改良を重ねミラノのタラント・レースを完走したが、その後20年間倉庫に眠っていた。しかし、現在ではこのように最も重要なスクーターの一台として展示されている。

LAMBRETTA MOTO GP/1953/イタリア/これはLambrettaのプロダクトだが、なんとレース用のオートバイだ。レース用オートバイで競合するために製造されたが、ノウハウが欠如していたので良い結果はなかなか出なかった。これは最終的な改良が加えられたもので、Innnocentiの研究所に展示されていた。

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