2018.05.25

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

とって食べる「イカをとって食べる」

釣り船に乗って海へと出れば、そこには冒険の世界が待っている。悩みや不安は陸に置いて、日常から隔離された自由な時間を楽しもう!

沖漬け、船上干し。昔ながらの漁師料理であるが、それを己ぬが手で行うというのは、なかなか高貴な遊び。今回は荒れる海に立ち向かい、海底にいるイカを釣り上げた。

買えば安いイカをあえて釣るという道楽

 近所のコンビニで買ってきたペットボトルのミネラルウォーターと、その産地まで足を運んで飲む湧き水、さてどちらをうまいと思うだろうか。結局は同じ水なのだから味もきっと同じはずだと合理的に考える人に、釣りという非合理な遊びはお奨めしない(そういう人は『HUNT』を読んでいないかな)。もし後者の水にキラキラとした魅力を感じるタイプならば、ぜひとも"釣り"という道楽の世界に足を踏み入れてほしい。

 今回紹介するのは、釣りの中でも特に経済的合理性が低めで、初心者の入門篇には向かないことで定評のあるイカ釣り。日本人が一番消費している魚介類であり、魚屋に行けば必ず売っている愛すべき存在である。それをわざわざ早起きして船に乗って、複雑な仕掛けを操って自らの手で釣り上げる喜びをお伝えしよう。

 イカの中でも"普通のイカ"であるヤリイカ、スルメイカを釣るために9,500円を払って乗り込んだ船は、千葉県館山市の早川丸。集合時間が午前5時なので、家を出たのは早朝というよりも深夜と呼ぶべき時間である。もちろん午後スタートの釣り船もあるのだが、この世界は海外旅行のように日常生活との"時差"が存在するものだと覚えておいた方が無難だろう。

 船に乗り合わせるのは、自慢の道具を携えた「イカオヤジ」を自認する好事家達。房総半島を真横から眺めたり、大型タンカーや自衛隊の護衛艦とすれ違ったりといった非日常の景色を楽しみながら、期待と不安にドキドキと胸を高鳴らせよう。

絶品の船上干し作りはイカ釣り船の醍醐味。揺れる船上では包丁よりもハサミで捌くのが無難。

扱いに慣れるまではプラヅノの数が少ない仕掛けを選ぶ謙虚さが好釣果につながる。

上は肝が大きく身に歯ごたえがあるスルメイカ。下は柔らかな肉質が楽しめるヤリイカ。似ているようで実は違う両者の特性を活かして調理しよう。

 さてイカ釣りの流れをざっと説明すると、まず船長の合図に合わせて素早くオモリを投げ入れて、イカの潜む水深120メートル前後の海底へと仕掛けを落とす。そして糸を張った状態で竿を上下させ、プラヅノと呼ばれる疑似餌を躍らせる。そこにイカが抱きついてきたら、そのシグナルを穂先の微妙な変化から読みとって、すぐに竿を持ち上げてイカを掛け、電動リールのスイッチを入れて巻き上げる。

 イメージとしてはイカがエサを掴んだところを現行犯逮捕するおとり捜査だが、その犯行現場は100メートル以上も伸ばした糸の先。竿は波で常に揺れているのだが、その動きの中からイカが伝えてくる僅かな違和感を感じ分けなければならないのだ。

 最初はどれがアタリなのかさっぱりわからなくて絶望的な気分になるかもしれないが、目が慣れてくれば不思議とわかってくるもので、そうなればこれほど楽しい「アハ体験」はないのである。釣りというのは上達がとても早い遊びなので(もちろん奥も深いのだが)、触ったことも無い道具を使えるようになったり、取り込みに必要な体の動きを覚えたり、誰でもすぐに上達する喜びを味わうことができるのだ。

 魚屋で買ったイカも充分うまいが、自分で釣ったイカはまったく驚異的に別物と考えるべき。イカ同文とは決してならない。例えるなら飛行機のエコノミークラスとビジネスクラス。私は乗ったことないけれど。このイカを最大限に楽しむために、イカ釣り師は船上で調理を開始する。

 簡単なのはイカの沖漬け。醤油と酒などで作っておいたタレに、生きたままのイカを漬けるという豪快な漁師料理だ。そしてもう一つは、開いて内臓を取り出したイカをロープに吊るして作る船上干し。味付けは海水のみで充分。残りのイカはビニール袋に入れて水に触れさせず、よく冷やして持ち帰ること。

この透明感こそが釣りたての証。釣り人だけが味わえる海から直送のイカ刺しは、驚くほどの甘みがあり、生臭さは全く無し。イカに興味が無い人にこそ食べてほしい逸品だ。

船上に張られたロープに竹串を使って捌いたイカを干す。新鮮なイカが、太陽と潮風を浴びてさらにうまくなるのだ。

風呂に入ってイカで一献

刺身で食べられる鮮度のイカなので、軽く炙る程度で充分。洗濯物の生乾きは最悪だが、生乾きの船上干しは最高の肴なのである。

ゆったりと湯船に入りながら、今日の釣りを振り返る最高のひととき。もし後悔があっても水に流そう。

利用したキャンプ場は富津市にある『花はなの里』。里山に囲まれた隠れ家的な場所で古民家カフェも有り。

 人生最高のイカが手に入ったら、そのまま近くのキャンプ場へと場所を移し、アウトドアでイカのフルコースに挑戦なんていうのはどうだろう。出船時間が早い釣り船なら、昼過ぎには港へ戻ってくるので、明るいうちに調理することが可能なのだ。

 イカは鮮度さえ良ければどう料理しても美味しい食材だ。刺身はもちろん外せないが、ひと手間かけて塩辛やナメロウにしてもまたうまい。ちなみに塩辛は船上干しを作る時に取り出したスルメイカの内臓にたっぷりの塩を振ってしばらく置き、裏濾ししてヤリイカの刺身と和えれば完璧。揚げ物がよければ食べ慣れたイカ天やイカリングですら別次元の味となる。

 そしてせっかくのアウトドアなので、潮風で作った船上干しはぜひ炭火で炙っていただきたい。程よく水分が抜けて旨味が凝縮されたイカのうまさはただごとではない。これを食べれば矢代亜紀が「肴は炙ったイカでいい」と歌った真の意味が、きっとわかることだろう。もし好釣果だったら船上干しをたくさん作ってお土産にしよう。

 今回はあえて大衆魚をわざわざ釣ることの意義をお伝えすべくイカを狙ったが、釣りの対象魚は季節や場所に応じていくらでも存在する。予想外の超高級魚が釣れることもあるし、初心者がベテランよりも大物を釣るような展開だって珍しくない。
 レンタルタックルが充実している船宿なら、手ぶらで挑戦することも可能。一生を掛けても遊びきれない程の魅力を秘めた釣りの世界に、あなたも釣られてみてはイカがだろうか。

飯盒で炊くイカご飯/イカに米を詰めて炊いたイカ飯ならぬ、ぶつ切りのイカを加えて飯盒で炊いたイカご飯。たっぷりのショウガとネギでいただこう。

船上干しと猫/船上干しの焼ける匂いに恍惚の表情を浮かべるキャンプ場の猫。このキャンプ場には多数の犬・猫が共存しているのだ。

イカ刺し3点盛り/奥から、スルメイカの肝とヤリイカの身で作ったイカの塩辛、ヤリイカ刺しのウズラ卵乗せ、タマネギと味噌を加えたナメロウ。

沖漬けのルイベ/内臓ごと食べる沖漬けは寄生虫の心配があるので、帰宅後にしっかりと冷凍して半解凍状態を切ったルイベで楽しもう。

text:Yutaka Tamaoki / photo:Yoshiro Yamada

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