2018.06.04

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

かつての猛者が、グッドウッドに凱旋する「GOODWOOD REVIVAL MEE...

サーキットをはじめ、そこに存在するもの全てのモノ、人を1966年以前の世界に統一する“グッドウッド・リバイバル・ミーティング”。2013年から毎年紹介している、VINTAGE LIFEのレポートからダイジェストでご覧いただきたい。

60年代のアイドルGT40が30台以上も集結

 毎年、グッドウッド・リバイバルにはいくつかのテーマが設定される。例えば2012年は50周年を迎えたフェラーリ250GTO、2011年は100周年を迎えた英国フォードといった具合に。そして2013年、彼らがテーマに選んだのは60’sレーシングスポーツのアイコンといえるフォードGT40だった。

 GT40といえば、フォードによるフェラーリ買収劇や、ローラとのコラボレーションなど、その誕生の背景に多くのエピソードが隠されていることで知られているが、実際に製造された100台以上に及ぶGT40の1台、1台にも多くのドラマが隠されている。そんなGT40がグッドウッドに30台以上も集まったのである。
 これはちょっとした事件だ。

黄金期のル・マンがよみがえる

パドックに作られた雰囲気の良いル・マン風ガレージ。68年のスパで4位に入ったex-JWチームの#1004/1084と、同じくJWチームのガルフ・ミラージュM1#10002が仲良く羽根を休める。

透明なファンネルカバーが被せられたフォードV8“427”ユニット。史上最強の7ℓエンジンとして、GT40には67年のMk IVにまで搭載された。写真は冷却水タンクの位置が特徴的なMk IVのもの。

 今回のプログラムには確かに"50 YEARS OF THE FORD GT40"と書いてあった。しかしそう聞いて「おや?」と思う方も多いだろう。本来フォードGT40のデビューは1964年のはずだ。であれば、その50周年を祝うのは本来2014年であるのが筋というものだ。

 そもそもGT40は、フェラーリとの買収交渉が決裂した後ル・マンを制覇できるスポーツカーを製作するパートナーを探していたフォードが、英国のコンストラクターであるローラと手を結び開発したスポーツカーだ。そのベースとなったのは、ローラが1963年1月に発表したプロトタイプ・スポーツカーMk6だった。つまり今回の50周年は、GT40直系のルーツであるMk6にまで遡って……というわけだ。彼らにとってのGT40は、あくまで英国由来のレーシングマシンということなのだろう。

 そんな誇り高きレーシングマシンを出迎えるグッドウッド側の気合いの入り方もまた、相当なものだった。彼らは集まったGT40の中でも特に重要なヒストリーをもつ個体のために、わざわざパドック内に往時のル・マンのピットを再現したガレージを用意。さらに例年なら60年代のプロトタイプ・スポーツカーで競われるウィットスン・トロフィーを、今回だけGT40のワンメイクレースに変えてしまったのである!

1965 GT40/XGT-2/今回集まったGT40の中でも貴重な1台。65年のル・マンにアラン・マン・チームからグラハム・ヒル/ブライアン・ミューアのドライブでエントリーしたXGT-2。アラン・マン特製の軽量ボディを纏っているのが特徴。残念ながら展示のみ。

グッドウッド名物のアクターとともに写るのは、65年のル・マンで3位入賞を果たしたex-ホルマン—ムーディの#1016。ウィットスン・トロフィーにも出場、19位で完走した。

決勝レースの序盤、マドウィック・コーナーに殺到するトップグループ。助っ人として参加しているE.ピッロ、S.ソパー、A.ウォレスといったレジェンドたちの腕前はさすが!

悲運の“Jカー”の面影が宿る

他のGT40とはスタイルの異なるMk IV 。この角度から見ると、その前身たる実験車Jカーの面影が感じられる。60年代にF1非選手権で活躍したロブ・ランプロウがドライブした。

 こうしたグッドウッドからの“挑戦状”を世界のGT40オーナーたちが見過ごすわけがない。レース前に催された記念のパレードに参加するために、66年にル・マンを初めて制覇したシャシーナンバー#1046のMkIIを筆頭に、映画『男と女』にも登場したex—エキュリー・フォード・フランスの#1007、名称ジョン・ワイア率いるJWチームがGT40をベースに製作したミラージュM1など、歴史的なモデルの数々が集結。さらにウィットスン・トロフィーには、世界中から腕利きのオーナーをもつ27台ものGT40がエントリーを果たしたのである。

 その中には、レッドブルF1のデザイナーとして有名なエイドリアン・ニューイの姿もあった。このイベントの常連でもある彼は、99年インディ500ウィナーのケニー・ブラックとともに愛車であるex-エセックス・ワイアの#1010でエントリーしていたのだ。

世界一豪華なトラフィックジャム

プラクティス中に出た赤旗で全車が戻ってきたためにピットは大混乱。さすがに60年代当時でも、これほどまでの台数が集まることはなかっただろう。GT40ファンには夢のような光景だ。

 ウィットスン・トロフィーは2名のドライバーが組んで45分間を走るセミ耐久形式で競われる。無論、1台最低でも2億円(!)といわれるGT40であっても、レースとなれば手加減しないのは彼らの流儀。今年のグッドウッドは雨が降ったり止んだりの不安定な天気に悩まされたが、彼らは誰ひとりウエット路面でも、ダンロップレーシングを履いたGT40のスロットルを緩めるようなことはしない。

優勝はエイドリアン・ニューイのGT40

1966年のル・マンにスクーデリア・ベアからエントリーするも、予選で大破し姿を消した#1029。近年レストアが完成したようで、66年シーブリング12時間のカラーリングで出走。

天才F1デザイナー、エイドリアン・ニューイが所有する#1010。今回はケニー・ブラックと組んで見事ウィットスン・トロフィーで優勝を飾った。無論ニューイ自身の腕前も中々のもの。

 中でも圧巻だったのは、ニューイの#1010を駆るブラックの気迫溢れた走りだった。直線でもカウンターを当てまくる彼の走りには、目の肥えた彼の地の観客も騒然。そして並みいるライバルを破り、彼のマシンがトップでチェッカーフラッグを受けたときは、会場中から大喝采が起きたほどだった。

 それはまた、由緒正しいサーキットで行われる偉大なレーシングカーのメモリアルレースとしては、これ以上ない素晴らしいエンディングであった。

リバイバルはサーキットの外も面白い。場外の駐車場に向かうスペースにはレトロな移動遊園地が。さらにその周りには沢山のショップやボナムズのオークション会場もあり、飽きない。

セットリントン・カップ専用パドック。ここだけは大人より子供の方が偉いんです!

空力の申し子マルコム・セイヤーの手によるEタイプ。Dタイプとの共通性が伺える。

貴重で素晴らしいヒストリーをもつ名車のあるところには、必ずや美女の姿あり。

ACコブラの4.7リッターV8がひとたび唸りをあげれば、パドックにはたちまち人だかりが!

一般来場者を対象としたベスト・ドレッサーの審査会。ここに選出されるのも大いに名誉なこと。

伝説のフライング・スコットに思いを馳せる週末「JIM CLARK 50th」

 グリーンとイエローに彩られたマシンが、1台、また1台とグリッドに並びはじめると、サーキットはどこか厳かな雰囲気に包まれた。ここに集ったのは、GP通算25勝、P.P.33回という驚異的な成績を残した稀代の天才ジム・クラークが駆ったマシンたちだ。

 かつて“フライング・スコット”と呼ばれたクラークが、初めてのワールドタイトルを獲得してから2013年でちょうど50年になる。それを祝してグッドウッドがGT40に並ぶメインテーマとしてクラークを挙げたことに、異論を唱える人は誰もいないはずだ。

 会場には歴代のマシンのほか、所縁のレジェンドたちも多く集まった。その光景をきっと天国にいる“ジミー”もにこやかに見守っていたに違いない。

クラークの時代、それは英国の黄金期

アストン・マーティンDBR1のコクピットに収まるのは、英国の誇るレジェンドの二人、トニー・ブルックスとスターリング・モス。ジェントルマンレーサーとして人気のあったブルックスと“無冠の帝王”モスは、57年、58年にかけてヴァンウォールF1のチームメイトでもあった。

71年、73年のワールドチャンピオンであるジャッキー・スチュワートもまた、同郷スコットランドの先輩であるクラークを「今でもベスト・ドライバー」と慕う一人。常にチーム・ロータスのライバルとして君臨してきた彼がロータス25/R5をドライブする姿は、ある意味貴重。

クラークに縁が深いクルマ達が大集結

 このジム・クラーク・トリビュートのトピックは、彼がまだ無名の新人だったボーダー・レイバーズ時代に乗ったポルシェ356A“UUL 442”から、ロータス18、21、25、33、49といった歴代F1マシン。さらにBTCCで活躍したワークス・コーティナや彼のプライベートカーだったエランに至るまで、本当にあらゆるクルマが一堂に会したことにある。

 中でも最大のトピックは、このイベントのためにアンディ・ミドルハーストが持ち込んだ1966年式のロータス43だった。H型16気筒という特異なレイアウトをもつBRMユニットを搭載したこのクルマは、66年のワトキンスグレンでクラークが優勝したシャシーナンバー1そのもの。これが走行を披露するのは、おそらく現役時代以後では初めてだろう。それを見られただけでも、ここに来た甲斐があったというものだ。

魅惑のガスタービンカー

1968 LOTUS 56/1/ガスタービンエンジンを搭載するインディーカー、ロータス56。インディアナポリス・ミュージアムの所蔵するシャシーナンバー1は、68年のインディ500でジョー・レオナードが乗りポールポジションを獲得したマシンとして有名だが、同年3月にジム・クラークがたった一度だけテストを行った個体そのものでもある。

59年のル・マンで2位を獲得

1959 ASTON MARTIN DBR1/4/今のF1ドライバーと違い、様々なカテゴリーに参戦していたクラークは、アストン・マーティンDBR1/3を駆って60年、61年のスポーツカーレースに参戦。60年のル・マンではロイ・サルヴァドーリと組んで3位に入賞している。このDBR1/4はクラークの乗った個体ではないが、59年のル・マンで2位に入った由緒ある1台。

息を吹き返さなかった“アルタ”ユニット『1954 CONNAUGHT ALSR 11』

 慌ただしくピットに滑り込んできたのは、コンノートALSR 11。とっさに同じオーバーオールに身を包んだメカニックが現れ、エンジンを覗き込む。どうやら吹け上がりが悪いようだ……。
 これは1948年から55年までの2.7ℓ以下レーシングスポーツによって競われるマドウィック・カップの一場面。コンノートは、オリジナルの直列4気筒DOHC“アルタ”エンジンを開発し、F1にまで進出したコンストラクターで、このALSR 11は、かつてスターリング・モスやレス・レストンらがドライブした由緒あるヒストリーの持ち主でもある。しかし、肝心のアルタ・エンジンが息を吹き返すことはなく、彼らのグッドウッドは2ラップで終わってしまった。

カメラマン:Kozo Fujiwara/Yoshio Fujiwara/Adam Beresford/Jochen Van Cauwenberge/John Colley/Lyndon Mcneil/
Matt Jacques/Paul Melbert/Jim Robertson/Marcus Dodridge/Paul Melbert/Nicole Hains

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