2018.06.21

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

Aタイプ・エンジンでレーシングする!「75th Members’ Meeting...

毎年3月に英国グッドウッドで開催される"グッドウッド・メンバーズ・ミーティング"。今回、その中で彼らがフィーチャーしてみせたのは、英国人の魂というべき小さなスポーツカー、スプリジェットとその仲間たちだった。

Aタイプが育てたピュア・スポーツたち。

Waslake Cup

BMC Aタイプ・ユニットを搭載したスポーツカーによる"ウェスレイク・カップ"は、
今回のグッドウッドで最もファンで、最もホットなプログラムだった。

1961 Speedwell Sprite GT/1961年にキース・グランドがオーダーした"585MY"。66年のニュルブルクリンク1,000kmなど多くのレースで活躍したあと行方不明となっていたが、1997年に納屋から発見されレストア。その後何人かのオーナーを経て現オーナーのギュンター・ライナーが購入した。

 確かに一世を風靡したグループAも、迫力ある1960年代のプロトタイプ・スポーツも、神々しい戦前のグランプリ・レーサーも素晴らしい。しかし、今回のグッドウッド・メンバーズ・ミーティングで最もイギリスらしさを感じたのは、日曜の朝一番に決勝レースが行われた"ウェスレイク・カップ"だった。

 その対象となるのは戦後のイギリスを代表する傑作エンジンのひとつ、BMC Aタイプ・ユニットを搭載した1958年から66年までのスポーツ&GTカーたち。

 では早速、バラエティに富んだリトル・レーサーたちをご紹介していくことにしよう。

個性的なモディファイド・スプライト

 「BMC Aタイプ・ユニットを搭載したスポーツカー」と聞いて、真っ先に思い浮かぶのは、1958年にオースティンA35のコンポーネンツを流用して生まれた2シーター・スポーツ、オースティン・ヒーリー・スプライトだろう。

 軽量でハンドリングに優れ、構造もシンプルだったスプライトは、デビューするや否や、多くのレース関係者たちの注目も集めるようになる。

 そのうちのひとつが、既にサルーンカー・レースにA35を擁して大活躍していたチューナー"スピードウェル"だ。

 創始者のひとりでレーサーでもあったジョン・スプリンゼルは、様々なチューニングパーツを開発する一方で、ボディの空力改善にも着手。ロータスの空力スペシャリストとしても知られるフランク・コスティンに協力を仰ぎ、まずはスラントノーズをもつ"モンツァ・ボンネット"を、続いてファストバック・スタイルのハードトップを組み合わせた"スピードウェルGT"を開発、ラリーやサーキット・レースで成功を収めることとなる。

1964 Lenham Sprite Le Mans/スプライトが巻き上げ式のサイドウインドウを持つMkIIIに進化にしたのに合わせ、ボディデザインを一新して1964年の秋にデビューしたレンハム・ル・マン。オーナーのチャールズ・レインフォードがドライブし、予選9位につけていたが、決勝ではエンジントラブルでリタイアしてしまった。

ウェスレイク・カップのオープニングラップ。3番手から見事なダッシュを決めたコーバンのレンハムGTが、ウールマーのシーブリング"46BXN"を引き連れて最終シケインを立ち上がる!

 その後スプリンゼルはスピードウェルから離れ、FRP製のボンネットとハードトップをもつ“スプリンゼル・シーブリング・クーペ”を開発。デビュー戦となった1960年11月のRACラリーで、総合2位、クラス優勝を飾ったほか、スターリング・モスのドライブで1961年のシーブリング4時間レース総合5位入賞するなどの活躍を果たした。

 こうした動きは、ヒーリー・ワークスはもちろん、市井のスペシャリストたちにも波及し、雨後の筍のごとく、様々なスペシャル・スプライトが世に送り出されることとなる。

 その中のひとつレンハムは、元々ジュリアン・ブーティーとデイヴィッド・マイアル-スミスが1962年に立ち上げたクラシックカーのレストア工房であった。ところが、近所に住む学生のジョン・カリーが、レーシング・スプライトの製作を依頼したことをきっかけにモディファイド・ボディの製作をスタート。カリーのスプライトをベースとした"レンハムGT"のFRPボディキットを販売。それは1964年に"レンハム・ル・マン・クーペ"へと発展し、多くのユーザーに愛された。

スプリジェットは英国の青春そのもの

出走前、パドックからアッセッンブリー・エリアに移動するエントラントたち。"MEG199"のスプライトは、マイク・ガートンが1962年頃にアシュレイのパーツをモディファイして製作したもの。

レースは文字通りのドッグファイト!

パドックを移動するのは、BRSCCなどのヒストリックカー・レースにも出場中のブライアン・スモールのアシュレイGT。MGミジェットをベースに“カムテール”と呼ばれるスポイラーがついたボディキット(現在も入手可!)を近年換装したものらしい。

 30台ものエントリーを集めて開催された今回のレースで多数派を占めたのは、スピードウェル、レンハム、アシュレイなどメジャーなメイクスのボディキットを組み込んだスプリジェットたちだったが、一方でターナー・スポーツ、オーグルSX1000など、Aタイプ・エンジンを積む珍しいスポーツカーの姿も見られた。

 土曜に行われた予選でポールポジションを獲得したのは、各コーナーをサイドウェイで駆け抜ける果敢な走りを見せたリチャード・ウールマーのシーブリング・スプライト"46BXN"。

 迎えた日曜の決勝でも、ウールマーの46BXNは、3番手スタートのジェームズ・コーバンが駆るレンハムGTと文字通りのドッグファイトを展開し、観客を大いに沸かせてくれた。

本来ジェイコブスのミジェットは、アストン・マーティンDB4に影響を受けたクーペボディを持つが、"138DMO"はノーマルのまま。実はシドによって様々な新パーツ、モディファイのテストベッドに使われたため"Works Hack"というニックネームで呼ばれていた。

 しかし、他でのクラッシュを受け再スタートとなった第2ヒートで、ウールマーの46BXNはエキュリー・エコス・スプライトとクラッシュ。幸いドライバーは無事だったものの、両車ともに大破してしまった。

 結局、レースの方は3度目のスタート後もトップを守り続けたコーバンのレンハムGTが独走優勝して幕を閉じたのだが、このレースを通じて終始羨ましく思ったのは、Aタイプ・エンジン、スプリジェットと彼の地のエンスージァストとの距離感だった。むろん、彼らにとっては国産車なのだから、当然といえば当然なのだが、気負わずに等身大で付き合う姿を見て、思わず「調子のいいスプライトが手元にあれば……」と想像せずにはいられなかった。

WSM Sprite SanctionⅡ/オースティンのディーラーやヒーリーのチューンショップを経営していたダグラス・ウィルソン-スプラットが、元ヒーリーのセールスマン、ジム・マクメイナスと設立したWSM。これは1995年に再生産されたボディを62年型のスプライトに載せた"サンクションⅡ"。

Lenham Midget Le Mans/この日のレースで3位入賞を果たしたマイク・ハイのレンハム・ル・マン。P109で紹介したのNo.10と比べるとノーズのインテークなど細部が異なっている。2010年にグッドウッド・リバイバルで行われたフォードウォーター・トロフィーに合わせてレストアが行われたものだという。

思わず1台欲しくなってしまう

1962 Ogle SX1000/工業デザイナーであったデイヴィッド・オーグルがミニ・クーパーをベースにしたGTとして1962年に発表。ボディはFRP製で当時66台が生産されたといわれている。

1960 Sebring Sprite Coupe/スプライトMk1のシャシーにシーブリング・クーペのボディを載せたリ・クリエーション。ボンネットからカニ目の“目玉”を取ってしまった姿が、かえって新鮮。

焦ってコースに戻ろうとしたウールマーの46BXNが後方確認を怠り、ジェームス・ディーンの乗るエキュリー・エコス・スプライトのサイドに突っ込んだ瞬間。マシンは大破してしまったが、これだけの事故にも関わらず両者にケガがなかったのは不幸中の幸いであった。

カメラマン:Kozo Fujiwara/Yoshio Fujiwara/Goodwood Road & Racing

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