2018.06.18

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

厳格で重厚なヴィクトリア時代風アーケードのアンティークショップ

格調高いアンティーク時計ショップ

 通路にせり出すオーク材のショウウィンドウ、ガス灯の形をした照明――ロンドンが最も華やかだったヴィクトリア時代の趣を濃厚に残すバーリントン・アーケード。1900年冒頭の頃そのままのユニフォームを着たビードルと呼ばれる私設警察が今でもアーケード内の規律を守っている。口笛を吹いたり走りまわったりすると逮捕されてしまうこともあるとか。そんなところまで厳格で重厚なヴィクトリア時代風を徹底しているのだ。

 最高級ショッピングエリアであるボンドストリートやサヴィル・ロウもすぐそこ、そんな格のあるアーケードの入り口にソムロ・アンティークスはある。呼び鈴を押さないとドアを開けてもらえない。取材でなければちょっと気後れしてしまいそうな雰囲気だ。

「ようこそいらっしゃいました。社長がお待ちしておりますよ」

ガラス越しには気難しそうに見えた年配の店員さんに笑顔で迎えられ、促されて狭い階段を登って社長室に向かった。

最先端技術の結晶だった懐中時計

1819年にオープンしたバーリントン・アーケードは、ヴィクトリア時代の華やかで豊かなロンドンの香りを濃厚に残している。カバーのかかったアーケードとしてはイギリスでいちばん長い。

「わたしの本当のパッションは懐中時計にありましてね」

と、時計の見方について教えを請う取材陣に切り出したジョージ・ソムロ氏。1960年代から骨董市で有名なポートベローに出入りし、懐中時計の専門店を1970年に開いたのがこの店のスタートだという。

「時計というとみなさんすぐ腕時計を思われるけれど、個人用の時計が腕時計になったのは最近のことなんですよ。その前に懐中時計の歴史が数百年あるんです」

と、金庫を開け、輝く懐中時計を次々に披露してくださった。

 世界で初めての懐中時計は、16世紀中頃に登場したという。日本にフランシスコ・ザビエルがやってきた頃だ。西洋世界が大航海時代に突入したのも、持ち歩きができる時計の登場が一役買っている。八分儀などで測った距離と移動にかかった時間を計算することで経度を割り出せ、平らと思われていた地球の本当の姿が分かってきたのだそうだ。その後、1700年頃により正確な時刻を刻むヒゲゼンマイ式の時計が登場した。

 金庫からは続々と博物館級の懐中時計が出てくる。その美しさや緻密さに感嘆したのはもちろん、とくに感心してしまったのは、17世紀にはすでに時差のある2つの時刻を表示する時計があったり、18世紀にはアラーム内蔵、時刻を読み上げてくれる時計すらあったことだ。私たちが現在の腕時計で使っている機能は、数百年それほど変わっていない。

アンティーク/ヴィンテージ・ウォッチ業界では一目置かれる存在のジョージ・ソムロ氏。若いときに懐中時計の魅力のとりこになり、1970年に懐中時計専門店を始めて以来、時計一筋。

16世紀から20世紀まで、博物館に入っていてもおかしくない懐中時計のコレクション。これらは売り物ではないが、19世紀以降のものを中心に、販売用の時計も充実させているという。

1690年頃、マンチェスターの工房で作られたもの。当時時計が多く作られていたのはフランス、イギリス、スイスで、英人トマス・トンピアンらなど技術開発競争が盛んだった。

腕時計が普及したきっかけは世界大戦と自動車の普及

CAPTAIN'S WATCH circa 1880/アラビア数字の文字盤とローマ数字の文字盤、2つの時刻を表示できる。スマイルマークのような口に見えるU字の部分は水銀を使った温度計! フェイスに刻まれた植物を模した装飾が美しい。当初、時計職人にはキリスト教プロテスタント派のユグノー教徒が多かったが、彼らは17世紀にカトリック色を強めたフランスでの迫害を逃れて英国やスイス移り、それぞれの場所での時計産業に大きく貢献したと言われている。

 蒸気機関の発明で産業革命が起きて大きな工場が稼働するようになり、大きな戦争の時代に入ると、時計もその姿を変えていく。

 ソムロ氏の金庫にも瀟洒な絵が描かれたカラフルな懐中時計が多くみられるが、これらは中国の皇帝などに取り入るための贈り物として西洋で多く製造されたのだそうだ。しかし贈り物での交渉が決裂すれば戦争になる。船や飛行船、やがて航空機の操縦士たちが使うパイロット・ウォッチが増え、ついには腕時計が登場する。

「腕時計誕生の有名な逸話としては、ブラジル人のサントスという軍人が、飛行船の操縦の際に両手がふさがっていても使える腕時計を友人のカルティエに頼んで作ってもらったというものがあります。今もサントスというシリーズがカルティエにはありますよね、あれです」。

 それでも1930年頃まではまだ懐中時計のほうが人気が高く、生産量も多かったという。懐中時計のほうが男らしいと思われていたのだそうだ。その中でルノーの戦車をモチーフにしたという「タンク(戦車)」シリーズを発表するなど、この時期のカルティエは時代を先取りしていたとソムロ氏は言う。

「腕時計の実用性が実感されるきっかけになったのは第一次大戦と、自動車の普及でした。これで腕時計が一気に普及した」。

 パテック・フィリップ、ロレックス、ブレゲ、バセロン・コンスタンチンといったブランドも次第に腕時計のほうに力を入れるようになっていた。そして二度目の世界大戦が終わり平和が訪れ、世界はこれまでに見たことがない経済成長の時代に突入していく。

緻密な七宝焼きを真珠で取り囲む贅沢なつくりの懐中時計。清の貴族階級にこういった装飾が大人気となったこともあり、かなりの数が当時中国に渡っていことがわかっている。

PATEK PHILIPPE circa 1920/20世紀、大戦の時代が腕時計を生んだ。行動中、両手が塞がれた状況でも時間を確認できるように腕に懐中時計をつけられるようなものが編み出され、すぐに現在と同じような腕時計の形に発展。1920年にはすでに当時のファッションであったアールデコの要素をとりいれたケースやフェイスの腕時計も多数作られた。フランクミュラーのデザインはこの頃のパテックの文字版を意識している。

1960年代のパテック・フィリップ。18金ゴールド・ケースのエレガントなドレスウォッチ。それでいてあくまで控えめな佇まいが美しい。

世代を超えて受け継がれる価値

「ロレックスは今割高になっていておすすめできるものが少ない」とハッキリ言うソムロさんだが、選び抜いた少数を置いている。このロレックスはスチールとゴールドの耐磁性の高いクロノグラフ。1945年前後。

 ソムロ氏にあらためてヴィンテージ・ウォッチの魅力を伺ってみた。

「あなたが使っているそのカメラは、すばらしい写真が撮れるいいカメラに間違いありません。でも40年後に同じように使えているかというと疑問ですよね。その点、今ヴィンテージのカメラは今から40年後も使えることは間違いありません。時計も同じことなんです」。

 最新の時計を否定するわけではないと前置きしつつ、今新品で売られている時計のどれだけが数十年後も好調に時を刻んでいるか疑問に思うことがあるという。

「70年代頃までのヴィンテージなら、ジュエルの数も多くて正確です。新品にけっこうなお金を払うなら、近い金額で買えるヴィンテージがおすすめですよ」。

 最近、息子の21歳の誕生日に、自分が21歳のときに父からもらったオメガを譲ったという。時計学を学んでいる息子はもっといい時計も持っているけれど、喜んで使ってくれているという。

「これこそヴィンテージだと思うんです。世代を超えて受け継がれる価値のあるものなのです」。

オメガは、長く自社のヴィンテージ・ウォッチの価値を理解しその魅力を伝えてくれる専門業者を探していて、ソムロ氏に白羽の矢を立てたという。ソムロ氏も率直に、その価値を認めたからこそ引き受けた、と言う。

1930年代のカルティエ、18金ブレスレットの婦人用時計。腕時計は19世紀末、女性用の宝飾時計として先に登場していた。男性用の腕時計の普及が遅れたのはそういった理由もあったかもしれない。

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