2018.06.14

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

英国、国立鉄道博物館に集うマガモたち

mallard=【鳥】マガモ。確かにどこか愛くるしい面構えを持つ流線型フォルム。世界最速を誇る英国製蒸気機関車が、6両も集結したのは英国の国立鉄道博物館。このマガモたちを前に、今日は紳士淑女がワイングラスを片手に語りあう。

成熟したスチームエンジンの魅力

蒸気機関車の爛熟期の花形、LNER社のA4クラス6台のひとつ「ビターン 4464」号。1968年まで現役で、現在も動態保存されている。

 20世紀の前半。当時は、スピード競争時代の真っ只中であった。内燃機関、動力機械などのエンジニアリング技術が飛躍的に進んだこの時期、メーカーは威信をかけて次から次へと最高速記録を叩き出し、大衆は右肩上がりの未来を感じて熱狂、レーシングドライバーやパイロットはヒーローとなった。

 さて1930年代、最高速競争がもっとも熾烈だったジャンルのひとつが蒸気機関車であった。発明から100年強が経ち、技術として熟しきっていたスチームエンジン。ヨーロッパの鉄道各社は華形のエンジニアを迎え入れては新車を開発し、ロンドンーエジンバラなど都市間の最短記録を競い合っていった。

 イングランド中部の都市ヨークにある英国国立鉄道博物館には、この秋、1938年に時速203kmという蒸気機関車の最高速を叩きだした「マラード」号75周年を記念して、アメリカ大陸に渡った2両を含め、同じA4形の6台が一堂に会し、世界中のファンの注目するところとなった。

 じつはこのマラード、現在でも蒸気機関車の最高速記録タイトルを保持している。マラードの記録の翌年には第二次大戦が始まり、戦後は欧州各国とも経済的な疲弊が激しく、線路のコンディションも悪化していたことなどで、記録の挑戦が止まったのだ。そしてディーゼル機関車の台頭があり、蒸気機関車の時代は終わっていく。

 風洞を使った空力実験が盛んになった時代を反映し、マラードなどA4の各機はボイラーから足まわりまでがケーシングで覆われている。鮮やかでいて少しコクのある青いペイントは、マラードの設計者であるグリズレー卿が、交流のあったフランスのブガッティが設計していた列車から拝借したものだという。いまでこそ速いスポーツカーは赤というイメージがあるが、30年代当時、スピードを象徴したのは青だったのだ。自動車で9つの最高速記録を打ち立てたキャンベル卿のブルーバードもそのイメージなのだろう。

英語で「キャブ」と呼ばれる運転室。速度計はついぞ装備されなかったので、機関士は電信柱が過ぎる間隔などでおおよそのスピードを掴んだ。

LNERなどの鉄道会社は1948年には国有化され、ブリティッシュ・レイルウェイズとなった。その後サッチャー政権でまた民営化されている。

ブガッティブルーがスピードの証

車両の横に腰をおろし、鉛筆で緻密なスケッチをするファン。ちなみに英国の国立博物館の例にもれず、この鉄道博物館も入場は無料になっている。毎日通ってのこんな楽しみも可能だ。

取材した日は、夕方からマラードのファンのためのパーティが催されていた。文字通り老若男女が30年代をイメージしたファッションで集まり、ブッフェとダンスを楽しんでいた。

流線型といえば新幹線も!

ロンドンとリーズを結ぶ路線などで220万kmを後にしたのち、1964年に大西洋を渡ってアメリカ・ウィスコンシン州の国立鉄道博物館に寄贈されたドワイト・D・アイゼンハワー号。

 今回の特別展のキュレーションを担当したボブ・グウィンさんにお話を伺った中で特に心に残ったのは、当時の蒸気機関車がいかに人間的な乗り物であったかということだ。蒸気機関車は、出力調整やブレーキをコントロールする機関士と、石炭をファイヤーボックスにくべる機関助士とのチームで運転される。このふたりの仲が悪く、ボスである機関士が石炭を無駄にバンバン燃やして機関助士をヘトヘトにするようなことがよくあったそうだ。やりすぎて列車が目的地に着く前にテンダーの石炭を使いきってしまうことすらあったという。また、機関士がスピードを出して目的地に早く着いた場合、乗客がチップをはずむことも少なくなかったとか。

 時速203kmの最高速記録更新の際も、グリズレー卿と鉄道会社LNER(ロンドン・アンド・ノス・イースタン鉄道)は、スピードを恐れない機関士として評判だったダディントンを指名した。さぁ出発というそのとき、運転席のダディントンは、オートバイの運転手がかぶっているキャップが飛ばされないようにするように、前後さかさまにかぶり直したという。そして目標だった時速193kmを越えても出力を上げ続け、時速203kmを達成した。当時の鉄道はいまよりもだいぶ官能的な乗り物だったように感じる。

 このマラードなど6両のA4形蒸気機関車の展示は2月中下旬に英国国立鉄道博物館のシルドン分館で行われ、その後は2両が現在の所有博物館のあるアメリカとカナダにそれぞれ戻っていく。

 蒸気機関車は命を持っているようだとよく言われるが、マラードも、誤解を恐れず言えば宮﨑駿の描く「王蟲」のように巨大で孤高ないきもののように感じられた。手で叩きだされたボディの鉄板は丸みを帯びて、やわらかい内臓が呼吸しているように思える。博物館の屋根に蓋をされても、いまでもどこか遠くの終着地を凝視して、腹の中に火を入れられるのを静かに待っているのだ。

男性のボウタイに白いスカーフ、女性のファシネーターがしっくりとキマっていたカップル。ふたりとも鉄道ファンとか。

マラードファンの集いは博物館の閉館後、夜8時に始まった。到着したゲストは、まずはシャンパンを片手に世界から集まったA4形6台のあいだを歩いて鑑賞する。

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