2018.06.07

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

旧き二輪のエンスージアストたちの名物イベント「Pioneer Run」

「パイオニアラン」は、サンビーム・モーター・サイクル・クラブ(Sunbeam M.C.C.)によって開催される。博物館級のモーターサイクルが、ロンドン郊外のエプソンダウンズをスタートし、海辺の街ブライトンを目指すこの催しは、旧き二輪を愛するエンスージアストたちの間では、春の名物イベントとして親しまれている。

モーターサイクルの進化を垣間見る

 1914年までに製造された「ベテラン」とカテゴリーされる車両は、遠目で見ると自転車かと見紛うような、モーターサイクルの言わばご先祖様で、本イベントの主役だ。かつて戦後の日本で、星の数ほどのバイクメーカーが乱立し、淘汰された時代があったが、ヨーロッパに於いてその激戦期はこの頃に既に訪れていたようだ。クラシックバイク好きであっても、聞いたことも見たこともないような貴重な黎明期のモーターサイクルと三輪のトライシクルが、ヨーロッパ各地から集結する。

 このイベントの歴史は1930年まで遡ることが出来る。その頃になると、モーターサイクルの燃料タンクはフレームの上を跨ぐ「サドルタンク」と進化し、現在の容姿の片鱗を見ることが出来る。その時代に、既に二輪の発展の足跡を辿ろうとする動きがあったことが驚きだ。それだけ進化が目覚ましい時代だったのだろう。

 記念すベき第一回目の参加者リストの中には、「二輪車のロールス・ロイス」と謳われたブラフ・シューペリアを興したジョージ・ブラフその人の名も。2014年に75周年を迎えたパイオニアランでは、その第1回目に出走したという記録を持つ幾台かのマシンが、一番最初にスタートするという出し物も用意された。

Douglas 350cc 1913/生産された当時のオリジナルペイントでは無いそうだが、長い時を経たマシンは寡黙でしっとりした深みを纏う。このダグラスのオーナーは、60年代のROCKERSカルチャーをリアルタイムで経験した人物で、年齢とともに徐々に旧いモーターサイクルへと遡っていったという。

レストレーションされたものが纏う、繊細な美しさ

インディアンの7hpを駆るゲルトさんは、オランダから仲間たちと参加した。彼自身の体格が大きいため、堂々とした車格のインディアンはしっくりくるという。アンレストアの個体はとても貴重。機関はしっかりと手を加え、走りへの不安は微塵も無いというクイックな一台。

パイオニアランに参加した者だけが、このエナメルバッジを手に出来る。この紳士のジャケットには1980年代からの30年分を超えるバッジが、勲章のごとく並べられている。さぞかし毎年このイベントへ参加することを楽しみにしているに違いない。トライシクルには奥方も同乗。

ベテランという時代の中でも、性能差は大きい

BSA 3 1/2hp 499cc 1914/BSAは元々兵器の製造をしていたバーミンガムのメーカーで、1910年に初のモーターサイクルを発表。トレードマークである3丁の銃が重なったロゴは、メーカーが終焉を迎えるまで使用された。目を引くフロントのマッドガードが、実用車であることを想像させる。このマシンは3速を装備し、ダブルバレルのキャブレターも同社製。他にはTTモデルという、スポーティーバージョンも。

Zenith Gradua 500cc 1911/右手でスロットルをコントロールし、左手で真っ直ぐに伸びるレバーを操作していた姿が印象的だったゼニス。この「グラデュア」と呼ばれる、ギア比を変更するシステムは革新的だった。そのため、ライバル会社からレースでの平等性にかけるとクレームが出て、出走停止になったほど。自社のトレードマークに、締め出されたことを示す単語「Barred」を宣伝として誇らしげに加えたことでも知られる。

ライダーの年齢を遥かに超えるマシン

Peugeot 500cc 1905/このマシンのオーナーであるティーモさんは、若干38歳。ドイツから父親と参加した。タンクの右側にはメーカー名が記されず、当時のパリのディーラーのプレートが装着されている。車輪と翼を持つ架空の動物がデザインされた美しいものだ。1905年製ということで、出走順は49番とかなり早め。ドイツにてヴィンテージ&ベテランのモーターサイクルイベントをファミリーで主宰する、筋金入りのエンスージアストだ。

Ariel 3.5hp 500cc 1913/同年代のアリエルが数台まとまって参加していた。これはゆったりと構えて乗るためのハンドルが装着されていたが、別車両はスポーティーなドロップハンドルに、ニーグリップのためのレザーパッドを装着したものもあった。このサイドバルブエンジンはWhite&Popeという社外製を元々搭載している。プライベートミュージアムからの車両で、友人達が手分けして動体確認も兼ねて参加しているとのこと。

ベテランバイクとの接点は、人それぞれだ

 朝日が昇る頃に、エントラントが続々と到着し、各々の車両の点検に精を出す。パドックエリアでは、むき出しのバルブやプッシュロッドから発せられるメカノイズと共に、どこか懐かしさを感じさせる個性的な排気音が響き渡る。

 昨年参加していた40代前半のエンジニアは、自身でオーバーホールしたBSAに跨がり、自走で会場入り。夜明け前のまだ仄暗い中、アセチレンライトに火を灯してやってきたそうだ。そしてゴールまでの道程を難なくこなし、自走で帰っていくというハードコアな人物だったが、彼はとてもレアなケースだ。参加者の中には70代以上の人々も多く、今回の最高齢参加者は、サンビームで参加の御歳92才のジェントルマン!

 スタート地点では1分間隔で4台ずつ、旧いマシンから順に出発していく。今回の第一走“車”は19世紀後半のフランス製のレオン・ボレー。合図の旗振り役は、エプソンの市長が行うことが恒例だ。旗が振り下ろされるとともに一斉に勢い良く…ではなくて、まずは十数メートル先の右折地点まで押し歩き、そこからどっこらせと走りだすエントラントが多い。中には坂道を利用して押しがけをする者もちらほら。そして、ここからブライトンまでの小旅行が始まる。寄り道をせず一息で約70kmの道程をストイックに走り切るも、仲間と集まってパブやカフェに寄りつつワイワイとこなすも、楽しみ方は三者三様だ。

 また、このイベントは毎年3月に行われることが多く、バイク乗り達が愛車を冬眠から覚めさせる絶好の機会であり、春の訪れを告げる風物詩でもある。見物に来る人々のマシンも様々。あっと驚くような戦前のベロセットもあれば、60’sのカフェレーサーの姿も。割合としては、やはりイギリスのモーターサイクルが多いが、アールズフォークを装着する60年代のBMWや、ジャパニーズクラシック、そしてモダンバイクも並んでいる。ジャンル・国籍・時代を問わないパーキング・スペースは、そこだけ見ていても面白い。

メーカーによる様々な挑戦

スタート直後に右折があり、まずはそこまで押し歩くエントラントが多い。この紳士のように、スタートから颯爽と走り出すのは、操縦に熟知している証なのかもしれない。トライアンフはこの時代から親しまれている。

 スタート地点からものの数分も経たないうちに、道路脇に止まっている参加車両を見かける。コーナーをいくつか曲がっただけでリタイアとは、さぞ悔しいだろう。ゴールまでの間にも20〜30台ほどは道路脇に止まり、手持ちの工具でゴソゴソとリペアしている姿を見かける。故障車が点在しているのはブライトンまでの道しるべの一つ……と言うのはブリティッシュ・ジョーク?

 休憩地点で、先ほど道路脇でリペアしていたエントラントを見つけ、声をかけた。走行中に思ったよりもベルト(前時代のチェーン)が伸びてしまったので、数コマ外し事無きを得た、という答えがサラリと返ってきた。ベテランバイクを愛し、それを駆る人々は、各々のマシンに精通していることが必要不可欠だ。とは言え後年式のマシンでは、この道中を難なくこなすものも多い。

 もしこれらが新車の状態であれば、走行不能になってしまうマシンの数は劇的に少ないと思うと、その性能の高さは驚くばかりだ。しかし、中にはクラッチも付いておらず、止まると同時にエンジンがストールしてしまうものもあり、危なっかしいタイミングでラウンドアバウト(環状交差点)に突っ込んでいくマシンも見かけて肝を冷やした。

 そして最大の難関は、ゴール目前のブライトン市街地が最大の難関だ。街の中心部は必ず渋滞しているので、中には数キロの道のりを押して歩く老紳士の姿もあり、思わずエールを送りたくなった。一見すると短い距離だが、ベテランバイクにとっては十二分なチャレンジなのだ。潮の香りが鼻をくすぐり始め、マデイラ・ドライブのランドマークである華やかな桟橋が見えると、参加者たちは今年もやりきった、とホッとするに違いない。ベテランバイクに跨がって感じる風と流れるカントリーサイドの景色を、いつか味わってみたいものだ。

前頁で登場したドレッドノート。1930年に行われた、第1回目のパイオニアランに参加したことでも知られる。量産車ではなく、一台だけが製造されたワンアンドオンリー。ジョージ・ブラフがかつて所有した車両。

親子3代で楽しむ姿も

Phelon & Moore 411cc 1907/早朝はまだまだ寒いロンドン郊外の3月下旬。愛娘と共に楽しみたいオーナーにとって、待たされる子供のご機嫌取りも大事な準備。籐製のサイドカーがチャーミング。このヨークシャー発のP&Mは後にパンサーというモーターサイクルレンジを発表するメーカー。この時代からすでに大きく傾斜した単気筒エンジンが同社の特徴。

Rudge ‘Multi’ 500cc 1912/ラッジ・ウィットワースは2つの自転車会社が合併したメーカーで、1911年よりモーターサイクルを手がけた。ゼニスのGraduaと並び、世界で最も古い無段変速機を装備したモデル「Multi」はマン島TTでも勝利したことでも知られる。クランクケースから伸びたレバーを操作し、ベルトとプーリーの位置によって変速させる機構。この「マルチ」のモデル名は10年に亘り、同社の看板として親しまれた。

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