2018.06.20

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

もはや国技? "バカンス"をテーマにしたフランスの旧車イベント「TRAVERSE...

ある日曜日の朝、1987年以前のクルマ740台がパリを駆け抜け、街ごとあの頃へタイムスリップしてしまった。

夏版 ヴィンテージカーバリ横断イベント

イタリアIso社のスポーツクーペ。エンジンはChevrolet V8。フィリップ・モリスとの契約において、F1のIso-Marlboroブランドの創設に至り、73年スペイングランプリでは8人のドライバーによって操縦された。

 去る7月の最終日曜日、トラベルセ・ド・パリが開催され、740台のヴィンテージカーがパリを駆け抜けた。欧州らしいカラッと晴れた気候は旧車を走らせるのにベストなコンディション。もとは年明け冬の名イベントであったこのパリ横断だが会を重ねる度に参加希望者が増え過ぎ、規定台数を大きく上回った為、夏にも開催される運びとなった。

 参加条件は、唯一1987年以前のクルマであること。こうした広き門のおかげで約100ものメーカー、200もの車種がこの走行会に参加できた。今回のテーマは「バカンス」。1936年以来、15日間のバカンスは全てのフランス労働者の権利となり「バカンスはフランスの国技だ」とも言われるようになった。

 そこで戦後、フランス国民はクルマで遠出をするようになり、モナコ方面に向かう、パリ-マントン間を結ぶ国道7号線は、ルート・デ・バカンスとも呼ばれるようになった。因みに今回のルートは、パリ東のヴァンセンヌ城をスタート、バスティーユ、リパブリック広場、北のモンマルトル、コンコルド広場を抜け、巨大ランナバウトの凱旋門を周り、パリ西のブローニュの森を抜ける。

740台もの旧車が勢ぞろい

フランスの自動車史上初の量産前輪駆動モデル。フランスの歴史的アイコンのクルマでもあり、第2次大戦中はゲシュタポのクルマ、その後レジスタンスのクルマとして使われた。また、盗みやすく駆動性の優れた点でギャングも愛用したクルマともいわれ、常々時代を象徴する自動車であった。

流線型時代のフランス車

パナール&ルヴァソールは1886年に創業され、1965年シトロエンに吸収合併後67年まで存在した。世界でも代表的な老舗の自動車メーカーであった。

 このパリ横断では約28kmの距離を走行、やはり主な参加車両はフランスの国産車である。1950年から60年代に活躍した流線型のフランス車は実に個性的でファニーフェイスなパナールやルノー4CV、ホチキス等、街ゆく老若男女は皆、思わずカメラを向け、見入ってしまう。この時代を体験した年配の人たちはその姿を懐かしみ、逆に若者達は高価なヴィンテージカーと違って案外見る機会が少ない、その奇妙なカタチの大衆車に目を見張るのだ。

 第2次世界大戦以前に存在した厳格なクルマのデザインとは違い、経済的な小型大衆車として登場したパナールはハイスペック、かつアルミボディといった工夫がなされ、当時絶賛された。こうした流線型時代のフランス車は、戦後の遅れを取り戻すべく、各メーカーがプライドをかけて世に出した逸材ばかりである。

 個性的なフォルムをフランス人はオヴニー(OVNI)、UFOのようだという。フランス人はレトロで奇妙な物体に良くこの言葉を用いる。因みに地元フランスのパナールクラブにはおよそ700台ものパナールが登録されている。希少価値の奇妙な物体は現地フランスでは意外にまだ多く走り続けている。

ファニーフェイスが魅力

Panhard PL17/PL17の名称の由来は、メーカー名のイニシャル、パナールのPとルヴァソールのLから来ている。数字の17はなんと5CVの5と、6人乗りの6、6リッター(100km走行での燃料消費)の6、それぞれの数字を足した数だとか!

HOTCHKISS PARIS –Gregoire 1950-53/フランス式に発音するとオッチキス。元はフランスの武器製造工場で、欧州に移住したアメリカ人が創立者である。エンブレムには大砲がクロスされた米軍の紋章っぽいデザイン。世界に247台しか存在しない希少車。

フランスの国民車2CV

Citroën DS Cabriolet/シトロエンDSのデカポタブル=カブリオレは58年にフランスの有名なカロッツエリアのアンリー・シャプロン自身が手がけ、その後工場にて量産されるようになった。DSのカブリオレにはDS19、DS21が存在する。

2CVの魅力

Citroën 2cv/1948年から1990年まで長期に渡り量産され、世に送り出されたおよそ500万台。シンプルな構造のこの大衆車は購入する際についてくる仕様説明書も実に簡素で、1色刷りの絵葉書サイズの折りたたみ式4ページだけである。

 世界に誇るフランスの国民車といえばやはり、シトロエン2CV(デューシュヴォー)。フランスではラ・デュッシュという愛称で親しまれ、更に狂おしい愛着を込めた呼び方はマ・デュデュッシュ(ワタシのデュッシュちゃん)となる。

 2CVの魅力について、コレクター達が口を揃えるのがその奇抜な姿と長距離走行も可能でメンテナンスの手軽さに加えてカブリオレでもあるという、ある意味クルマに必要とされている全ての要素が"一応"詰まっているところであろう。

 筆者も90年代の学生の頃、パリにて幾度も乗せてもらったことがあり、驚くほど頑丈で乗り心地もよかった。農道も高速道路もラフに運転できると銘打っているが、実際には騒音がひどく同乗者はお互い話などとてもできない。それがおかしくて笑い転げた記憶がある。居住性は高く、クリスマスツリーだって運べる。小さな折りたたみ式の窓は上に押し上げると開けた状態をキープできる。あまりガタガタ走るとその窓はバタンと落ちて閉まってしまうのだが。

 更に初代の2CVはドアがロックできない。かわりにハンドルの部分に鍵付きの長さ1mほどの「つっかえ棒」でロックするという、実にアナログな盗難防止システム。このちっともスノッブでない愛嬌たっぷりの2CVを見かけると、どんな人でもつい笑顔になってしまう、そんな万人に愛されるフランス車である。

Citroën 2cv/今やフランスのアイコンともなった大衆車。毎年欧州各地で2CVの解体&組み立て競争も開催される。それはオーナー自ら2CVをバラして組み立てる時間を競い合うイベントだ。

フランス人も大好きな英国車

Triumph Herald 13/60 Convertible 1967-71/59年に発表されたモデルの改良型で67年のロンドン・モーターショーで発表された。セダン、カブリオレ(英語ではコンバーティブル)そしてステーション・ワゴンタイプもある。木製のダッシュボードが特徴的で、各サイドのアームレストを後退されることにより居住性を確保。

 戦後のトラクション・アヴァンが「ギャングのクルマ」と呼ばれるように、フランス人は英国車をよく「紳士のクルマ」と比喩し、「イギリス美女」とも褒め称える(クルマが女性名詞なので必然的に美女となる)。

 フランス人にとって英国のスポーツカーは、大衆車とは違い少しスノッブな背伸びをしたクルマだ。パリ横断に参加する英国のスポーツカーに乗るオーナーは皆、幼少時代に目を輝かして眺めた、そんな憧れを手にした気分で常にドライブする。中学生の頃にジャン・ポール・ベルモンドの映画で、白い65年のトライアンフを観てからずっと欲しかったと語るクリストフは、購入を果たしてから5年の歳月をかけて完成した途端に、007の「私が愛したスパイ」のロータスエスプリが欲しくなり購入したというエピソードも。

 いずれにしろ英国ライトウエイトスポーツカーは手の届く程度のお宝であるらしい。パーツも豊富で手頃な価格で入手できるそうだ。今回の横断でも見られた多くの英国スポーツカー、トライアンフ、ジャガー、MGなど、どれを取ってもその洗練されたラインは美しく、パリの景色をよりシックなものに映し出す。

Triumph TR3 1955-57/イギリスで製造された車両のほとんどが米国市場向けに輸出されたモデル。元は2シーターのカブリオレであったがオプションでハードトップやリア・シートも装着可能であった。

映画のワンシーンのようにパリを走る

Jaguar Type C Compétition/ル・マン24時間耐久レース用に開発され1951年と53年には見事優勝を果たした、別名XK120-Cとも呼ばれる。53台生産され、現在世界に残る車両は明確に保証されておりコレクターの間では評価が確立されているコレクションのひとつ。

パリを東から西へ28kmの旅

MG B 1962-80/MG typeBはモーリス・ガレージズにて製造され、合併後社名はBMC(ブリティッシュ・モーター・コーポレーション)となる。MGのブランドはイギリス、ロードスターの原点でもある。

Jaguar type S 1963-68/Mark2を更に洗練されたモデル。MarkXほど高価でなく、ラグジュアリーな代用モデルとしてリリースされた。タイプSの特筆すべき点は、MarkXで高く評価された独立型リア・サスペンションの搭載である。

 パリ横断のゴールはブローニュの森を抜けた、パリ郊外にあるムードンの天文台公園。この最終地点に到着次第、ピクニックとなる。ここでは英国車のオーナーもブリティッシュな拘りは忘れてフランスパンにワインとチーズを楽しむ。 因みにフランスの飲酒運転の基準は日本と違い、ドライバーの血中アルコール濃度が0.50g/ℓ以下なら運転が許される。これはおよそワイン2杯分に相当すると言われるが、アルコールの分解酵素をしっかりと持つフランス人向けの基準である。

 ゴールの天文台公園の敷地自体はシャトー・ヌフ・ド・ムードンという1705年に建てられた実に立派な城跡である。お城らしく威厳のある門を通過した敷地内の広大な高台にある庭は両サイドが並木道で囲われ、モンマルトルの丘同様、パリを見渡すことができ、すっきりと広い夏の空が気持ちいい。秩序が無いようであるような微妙なフランスのイベントらしく、到着順にそれぞれ好きな場所にクルマを整列し、その脇でピクニックの用意が整っていく。先ずは ボンネットが開けられ、熱を冷ましがてらエンジンルームもお披露目する。そういえばメカトラブルでリタイアした旧車を目撃したのはわずか2台ほど。かなり優秀なレベルではないであろうか?

 数百台もの旧車が置かれた状態での巨大ピクニックは圧巻だ。こだわりの強いオーナーは、バスケットに食器までもがビンテージ、レトロなラジオから音楽が流れている。ワインだけでなく、クーラーボックスにシャンペンも運んできている参加者も多い。ランチタイムに到着し仲間と共にのんびりと日曜の午後を過ごすことになるのだが、この時期は夏時間で白夜に近いフランスでは陽が暮れるのが夜の9時半ととても遅い。よって、ピクニックのお開きであるはずの午後4時になっても会場にはいつまでも大勢の人々が集い談笑していた。

 食事の後は各自、展示されている旧車を観て回る。旧車関連のスポンサービレッジもいくつか設置されている。何百台ものクルマがランダムに置かれているので一周するだけでも大変だが、その場にいるオーナーとも情報交換ができる貴重なひとときでもある。

ゴールは巨大なピクニック

Citroën Ami6/フランスの国民車2CVのシャーシーとメカニックの頑丈さ、そしてDSの高級感(柔らかいシート、モノラインのステアリング、ドアハンドルのコントロールなど)両者それぞれの秀でた部分を融合して造られた。

Citroën Dyane 1967-83/スタイリングは当時シトロエンに合併されたパナールのデザイナー、ルイ・ビオニエ。ディアンヌという名称は合併前にパナール社が以前申請を済ませていたネーミングを採用したという。

走り終えたらピクニック

コンコルド広場が旧車で埋め尽くされた

Ural Ranger/第二次大戦前にロシアがBMW M72を真似て製造した、ウラル・レンジャー。2006年までの生産車両には機関銃を設置するシステムが搭載されており、釣り竿をひっかけておくのにもってこいであったとか。エンジンはパワフルなボクサー750ccm。サイドカーにはシャベル、荷台、予備タイヤ、ポンプ、サーチライト、工具、ボディの修復用ペンキまでもが完備。

それぞれの時代を懐かしむ

Honda S800 coupex/エスロクの登場から2年後、1966年に登場したのがエスハチことS800と写真のS800クーペ。ヨーロッパでも人気が高く、最高出力70馬力というハイスペックさから、クラシックカーイベントやサーキットでも人気の存在。リアゲートを上げ、パリの公園、木陰で一休みの感じがとても様になっていた。

パリの街並みに個性が光る

Autobianchi A112/アウトビアンキはイタリアのフィアット・グループの開発部門にあたるブランド。旧バージョンのビアンキーナはフィアット500からの進化版にあたる。この70年代にダンテ・ジアコーサが考案した都会向け4人乗りの小型車は、時にナーバスだがレスポンスの良い走りで当時の若者たちを魅了した。

ヴィンテージ・バイクもパリ横断

BMW R 75/5/世界最速であったBMWR69Sが目覚ましい発展の日本勢に王座を奪われて以来、彼らのプライドをかけて開発されたこの5シリーズ。正にBMWのバイクを起死回生させたのがこのモデルで、フラット・エンジンを搭載した。

 様々な旧車に混ざって走るバイクも個性的である。並んだバイクの中にフランス製は見られない。参加者に尋ねると「フランスのバイクはないねー」とあっさり。

「日本には素晴らしいバイクの職人がいるよね、是非、会ってみたい!」とBMW 75/5のオーナー、ルネが言った。パリではスズキやヤマハなど日本製のバイクも人気が高い。ホンダ500Fourを囲む人垣を割って話を聞くと彼らにとって「ホンダはこの世で一番レスペクトすべきバイク」だそう。「昔のバイクで唯一オイルをお漏らしせず走れたバイクだ」と誰かが続けると「ウイ、ウイ!」と盛り上がる。そして今でもヴィンテージ・バイクを好む理由に、僕らはクロームが輝いているバイクでないとダメなのだ!と熱く語った。

 近年では、バイクをカフェレーサー風にするのが人気で、オリジナルの部品に拘るクルマのコレクターと違い、自己流にミニマムに合理的に改造していくスタイル。英国由来のカフェレーサーは今や一種の文化として定着し、パリではヒップスターと呼ばれる都会的モードな着こなしを楽しむ人達の間でもカフェレーサーは人気のスタイルだ。

Honda CB 500 1972/当時ヨーロッパでも絶大な人気を博したCB750とほぼ同じデザイン。この個体はシートなどカフェレーサー風にカスタマイズされている。

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