2018.07.31

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

ラリーカーに陶酔する「A110」

美しいボディデザインに、卓越した運動性能を内包した、WRC初代チャンピオン。圧倒的なボディに、ハイパワーユニットを搭載し、モンテカルロ・ラリーでワンツースリーフィニッシュという金字塔を打ち立てたのだった。

ナローでエレガントなボディデザインが魅力

 1963-65 ALPINE RENAULT A110 1000/初期のA110は、ヘッドランプ内側に補助灯がない2灯式で径も小さかった。1967年モデルからは補助灯が埋め込まれ、翌年外側のランプがやや大径になった。

 さらに写真のクルマはヘッドランプ下のヒゲのようなルーパーがないので、65年以前のモデルになる。この時代のエンジンは950ccと1,100ccのみ。ボディサイドではフェンダーのフレアがないのが初期のモデルの特徴。リアコンビネーションランプはルノー8用。

 ルノーは1977年以来、ときにはワークスティームとして、ときにはエンジンサプライヤーとして、F1に参戦し続けている常連メーカーのひとつである。現在はルノースポールF1としてワークス参戦するほか、いくつかのティームにエンジンを供給するという体制になっている。

 フェラーリのようなスポーツカー・メーカーならともかく、実用車も多く手掛けているルノーはなぜ、ここまでF1に入れ込んでいるのか。理由は簡単だ。

 1898年にクルマ作りを始めたルノーは、まもなくモータースポーツに参戦を開始。1902年のパリ〜ウィーンレースで優勝を手にするなど、草創期から活躍を示していた。こうした活動を支えたのがスポーツモデルの存在だ。代表格が昨年復活を果たしたアルビーヌA110である。

モンテを制したベースモデル

 多くの人がA110と聞いて連想するのはこのスタイリングだろう。フロントのウインカーは3種類あり、1970年モデルまでがバンパー内蔵の丸形。71年が角形で、72年以降がシトロエン・ディアーヌから流用した写真の形状になる。

 ラリーカーと同じように、バンパーとオーバーライダーの間に付けられた2つの大きな補助灯は、スタンダードモデルには装備されていなかった。

4穴&ダブルウィッシュボーンの最終型

 1976-77 ALPINE RENAULT A110 1600SX/A110として最終年式になる1977年モデル。アルミホイールは同じ時代のA310に似たモダンなデザインだが、A310が3穴なのに対しこちらは4穴。A110も当初は3穴だったが、ダブルウィッシュボーンのリアサスペンションを持つモデルは4穴となる。

 ドアハンドルが埋め込みとなったのは1974年からで、2年後にはサイドモールが消滅していた。

 戦後初のルノーの新型車、リアエンジンの大衆車4CVをベースとしてアルビーヌの1号車A106が誕生したのは1955年。軽く空力に優れたFRPボディをまとうことで高性能を手にし、公道レースやラリーで活躍を始めた。3年後にはルノーがひと回り大きなドーフィンを送り出したことに合わせ、アルビーヌもA108に進化。60年からはルノーのプラットフォームの流用を止め、新設計のバックボーンフレームを採用した。

 しかしアルビーヌの名を高めたのは何と言っても、62年発表のルノー8をベースとして同じ年にデビューしたA110だ。

 それまでのアルビーヌは、A106が750cc、A108が850ccと、ベースとなるルノーと同じ排気量だった。ところがA110は、デビュー当初こそルノー8と共通の950ccだったものの、65年には高性能版8ゴルディーニと同じ1.1ℓや1.1ℓも搭載。高性能版1300Sでは120psをマークしていた。

 A108の途中から登場した、ベルリネットと呼ばれる流麗なFRPクーペは3,850×1,520×1,130mmしかなく、車両重量は600kg台に収まり、バックボーンフレームのホイールベースは4CVの2,100mmを受け継いでいたから、性能が飛躍的にアップしたのは当然だ。

 ALPINE RENAULT A110 1600S Gr.4 Monte Carlo/こちらは同じ1973年のモンテカルロで5位に入ったマシーン。2枚下の画像のポスターも同年のモンテカルロのもので、トップ3を独占して同年のWRC(世界ラリー選手権)タイトル獲得に向けて絶好の発進となった。

 ALPINE RENAULT A110 1800 Gr.4 Tour de Corse/アルビーヌA110のラリーカーというとブルーを思い浮かべる人が多いが、1975年からはイエローに衣替えしていた。これは75年のツール・ド・コルスでジャン・ピエール・ニコラがドライブし、2位に入ったマシーン。

1973年、モンテカルロラリーの表彰台を独占した。

 ただこの時代のラリーは、ライバルも高速化が進んでいた。象徴的な存在がポルシェ911だ。A110より大きく重いとはいえ、2ℓの空冷フラット6は160psをマークしていたのだから。

 そこでアルビーヌは67年、上級のルノー16が積む1.5ℓを導入すると、2年後には1.6ℓも搭載。ハイチューン仕様の1600Sでは138psをものにした。おかげで念願だったヨーロッパ・ラリー選手権のタイトルを70年に獲得。3年後に始まったWRC(世界ラリー選手権)でも1.8ℓ175psという究極のユニットが威力を発揮し、初代チャンピオンになった。

 しかしA110の歴史はこれで終わらなかった。すでに71年には後継車A310を送り出していたのだが、ラリーの活躍とそれによる根強い人気のためにA110の生産も続けることになり、74年にはリアサスペンションをルノー8用スイングアクスルからA310と共通のダブルウィッシュボーンに置き換えた。

 この頃、ラリーの世界ではランチア・ストラトスが登場。これにはさすがのA110も敵わなかった。しかもアルビーヌは76年、ルノースポールという新組織に統合される。ルノースポールはF1への挑戦とともに、A110に代わるラリーマシーンの開発にも着手した。それが1978年に発表された5(サンク)ターボである。

 よってA110は翌年ようやく生産中止となったわけだが、その系譜が後継車を経てルノースポールにつながり、ついにはアルビーヌA110そのものの復活を成し遂げた。大メーカーでありながらスポーツのパッションを知っているからこそ、ここまで稀有なストーリーを描けるのではないだろうか。

Text:Masayuki Moriguchi

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