2018.08.23

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

2年に一度のヴィンテージ・スペクタクル「LE MANS CLASSIC ARCH...

1965 FORD GT40/’60年代、ル・マンで連戦連勝中で敵なしだったフェラーリを、ついに追い越すことに成功したフォードGT40。1965年までに十数台のプロトタイプを用意し、コブラ289のV8・4.7ℓユニット以外に一部は7ℓユニットを搭載した。

夜間ヒートは昼とは異なる緊張感

1966 ALPINE A210/
このアルピーヌA210は、1966年のル・マン24時間に出走して性能指数を勝ち取った個体で、ル・マン・クラシック常連でもある日本の著名なアルピーヌ・コレクターがエントリーさせている。「ワークス」のルノー・ヒストリックが走らせたもう一台は、前年の1965年をM65として闘った後、A210にコンバートされた個体だ。

1966 PORSCHE 906/
1966〜1971年式までが集まる、プラトー5には、何と5台ものポルシェ906が出走した。こちらはドイツとオーストリアのエンスージャストによるエントリーで、1967年のタルガ・フローリオ参戦時のカラーリングをまとった一台。ほかにもルイージ・タラマッツォの手でヒルクライムなどに多数参戦していた個体だ。

夜を徹してスペクタクルは続く

1プラトーにつき出走台数は75台、予選は81台。6台は「リザーブ」とされ、75台の中からトラブルで走れない車両が出たら、繰上げ参加が認められる仕組みだ。

こちらはデ・トマソ・パンテーラのGr.4。P15のGr.3と比べると、いかにフェンダーが張り出しているかが分かる。クリーブランドV8・5.8ℓは500psオーバーだ。

1968 CHEVROLET CORVETTE C3/
スイスのレーシングチームで、赤地のボディに白ストライプで知られたスクーデリア・フィリピネッティが、1968年に初めてコルベットL88を出走させた。C1からC3は無論、今日のC7に至ってもコルベットのル・マン24時間への挑戦は続けられている。V8の爆発音じみたアイドリングは、パドックでも大人気だ。

1979 PORSCHE 935/
930ボディをベースとしつつ、スラントノーズに巨大なリアウイングで空力武装した935。1979年のデイトナ24時間優勝車両で、今はフランスのポルシェ・チューナー、クリュブレが走らせている。3.1ℓのSOHCターボ・ユニットはブースト圧次第で600PSオーバーを絞り出す。4速のマニュアルが組み合わされる。

GTがもっともGTらしかった時代

1970 FERRARI 365GTB/4 Gr.IV/
24時間をサルト・サーキットという超高速コースで闘うため、Gr.4規格のGTは信頼性は当然として、パワーとそれを受け止めるタイヤ、空力、そして大型のヘッドライトといった変更が定番メニューだった。素のデイトナと比べ、リトラクタブルを廃したライト、ボンネットフード脇の整流板、張り出したリアフェンダーに注目。

1978 PORSCHE 935/
ド派手なスポンサーカラーも70年代後半の特徴だ。この935は1978年にドイツのゲロー・レーシングが出走させた個体で、プライベーター用の935としてツインターボ化されたごく初期のマシン。’78年のワトキンズグレン6時間で優勝したが、ル・マン24時間ではわずか19ラップのリタイアの憂き目を見た。

サーキットがひとつの街ならパドックはその目抜き通りだ

 ル・マンはただレースとする場所というより、サーキット自体がひとつの街といえる。入国審査よろしく、ゲートで入場チケットのチェックがあるのは当然だが、「チケットの価格=権利の強さ」でもある。

 どんな観客も集まれるパブリック・ビュー・スクリーンを備えた広場もあれば、見晴らしのいいスタンド席もあるし、高い建物の最上階は「お偉いさん」つまり権力者やVIPに占められ、クラブのスペースは自治区のよう。レストランのコースから出店の冷たいサンドイッチまで食事は選べるし、カフェもあればメーカー直営ブースやブティックもある。
 
 イベント毎に出現するそうした仮想の街の中でも、ル・マン・クラシックはヴィンテージを軸にまとまったコミュニティであり、フランスから欧州から日本から、同好の士ばかりが集っていることがわかる。「レース」にありがちな殺伐とした雰囲気がないし、出店の並ぶヴィラージュの目抜き通りも、どことなく大人びている。

 この甘いノスタルジーに浸るような空気が2年に一度、週末の3日間に限られるのは残念なようだが、その儚さが余韻の心地よさでもある。さて街に出てみよう。

ドライバー専用の、パドック内を繋ぐシャトルバスはVWタイプ2。タイプ2のクラブによって運営されているのだ。

ルビーのヘルメットをかぶったお父さんと、ノーヘルの子供。もちろん公道ではアウトな乗り方だけに、子供の興奮度もハンパない。

こちらはピット上・スタンド下に位置する「ロッジ」、つまりチームや協賛スポンサーなど専用の枡席からの眺め。ピットロードの様子が手に取るようにわかる。

1951 TALBOT LAGO T26GS/
1952年のル・マン24時間で、ピエール・ルヴェーが一人で駆って23時間もの間、300SLに対してトップを守ったという伝説の個体。メルセデスのディレクターだったノイバウアーはその走りに目をつけ、その後、彼を自チームのドライバーに迎えるが、ルヴェーは1955年にル・マン史上最悪の事故に巻き込まれてしまう。

1953 ASTON MARTIN DB3/
野武士のような無骨な風情を漂わせるアストンマーチンDB3。ツインチューブラーのフレームにアルミニウムパネルのボディをまとい、前トーションバー+トレーリングアーム、後トーションバー+パレレルリンクを採用し、後期モデルでは163psの3Lエンジンを積んだが、ル・マンで際立った戦績を残すには至らなかった。

ターボ時代を先駆けたポルシェのアイコン

1973 PORSCHE 911 RSR Turbo/
911とはいえ、1度目にしたら忘れられない外観を備えるRSRターボ。極太タイヤを極限までトレッドを拡げて詰めたかのようなリア、ボディ後端から大きくハミ出した巨大スポイラー、そしてむき出しのターボチャージャーまで、917に続き、ポルシェ=マルティニのイメージを定着させた。これは最初期の一台で、1973年はNA仕様だったといわれる個体だ。

時代の過渡期のあった隠れた名車

1972 DE THOMAS PANTERS Gr.3/
フォードGT40の全盛期の後、同じくフォードV8をミド搭載しプロダクション・カーとして高いポテンシャルを見せたのがパンテーラ。カンパニョーロの15インチ・ホイールやLSDは公道仕様に準ずるが、5.8ℓのV8はより尖ったプロフィールのハイカムとドライサンプ化が施され、330psに。ZFのクロース・ミッションが組み合わされ、高い戦闘力を誇った。

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