2018.08.24

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

2,300km、9日間に渡る壮大な旅路「RALLYE MONTE-CARLO H...

1955年から80年までに参加した車両とその同型者のみが参加できる、ラリーモンテカルロ・ヒストリック。遠くは遥かストックホルムから、300台以上の往年のラリー・マシンを彷彿とさせる名車たちがモナコを目指した。

1世紀を超える歴史の中に数々の伝説が

 もっと過酷なラリーは、ほかにある。もっと長距離を走るラリーも、ほかにある。常にトップカテゴリーの戦いが行なわれているわけでもない。にも関わらず、ラリー・モンテカルロは特別だ。

 そのわけは? 危険なチュリニ峠を通ること。歴史が長いこと。風景が美しいこと。色々と御託を並び立てることは容易い。だが、別にそんな理由を詮索する必要などない。理由があろうがなかろうが、ラリー・モンテは唯一無二の存在なのだから。

 モナコ、カンヌ、ニースなど、閑散期となる冬の観光地を盛り上げる方策のひとつとして、ラリー・モンテは1911年に初開催された。ベルリン、ブルゴーニュ、ブリュッセル、ジュネーブ、パリ、ウィーンの6都市から計23台が出走し、モナコの北東部、モンテカルロを目指す。目的は速さを競うことではなく、平均速度は25km/h以下であることが求められた。これは当時のクルマであってもトラブルさえなければ足を進めることができるレベルであり、ツーリング的な意味合いが強かったのだ。

 その後2度の大戦で休止を余儀なくされつつも、ラリー・モンテは次第に規模を大きくしていく。10年ぶりの再開となった49年のエントリー台数は225台、53年は実に440台と、世界随一の参加台数を誇るに至った。そして、シエトロンDS、ミニ、ランチア・ストラトスなどが多くの伝説を残しつつ、ラリー・モンテは現在に至るまで世界有数のラリー・イベントとして開催され続けているのだ。

 だがしかしそれも、時代の流れと共に変貌を余儀なくされた。ラリー・モンテといえば、ヨーロッパの各都市からモナコに集結するまでを前座ステージとする「コンサントラシオン」が名物だったが、その後ラリーが閉鎖されたコースで行われるスペシャルステージのタイムを競技の主体としていくことによりその意味を失い、95年には廃止されてしまう。

 そこで古き良きラリー・モンテカルロを再現しよう、と企画されたのが、「RALLYE MONTE-CARLO HISTORIQUE(ラリー・モンテカルロ・ヒストリック)」なのだ。

 17回目を数えた2014年は、1955年から80年までに実践に出場した車両とその同型車にのみ、参加資格が認められた。オスロ(ノルウェー)、ストックホルム(スウェーデン)、グラスゴー(スコットランド)、バルセロナ(スペイン)、ランス(フランス)、モナコから計309台が出場。最長9日間、約2,300kmに及ぶハードな行程となった。

HISTORIC CAR 01:ミニを駆逐し、一時代を築いた「PORSCHE」

1966 PORSCHE 912/
今回のイベントで印象に残ったナローは、なぜか912が多かった。非力なVW製4気筒エンジンを積んだエントリーグレードゆえに上位に食い込むことは難しかったが、懐に余裕のないプライベーターには愛用されていた。

 サーキットのみならず、ラリーでも記録を残してきたポルシェ。911がラリー・モンテの記録に初めて残ったのは1965年で、5位入賞を果たした。だがこの年でもっとも注目されたポルシェは、911ではなく904だった。ほぼレーシングカーとして開発されたにも関わらず雪道でも果敢に戦ったが、ミニの後塵を拝して2位に終わっている。

 911のラリー・モンテ初勝利は68年。1、2位を独占し、ミニを3、4、5位に抑えこんだ。ミニはその年を持ってワークス参戦を終え、911は904の敵を討った格好となった。その後911は70年まで3年連続で1、2位を独占し、黄金時代を築いたのである。

1966 PORSCHE 912/
こちらもスリークなスライリングが魅力的な912。現役時代とは異なり、交換用タイヤを車両に積む必要はないが、積んだ方が雰囲気は高まる。なお今回のイベントでは、ポルシェはメーカー別としては最多の38台が参加した。

HISTORIC CAR 02:前輪駆動の利点を生かし速さを見せた「CITROEN」

CITROEN ID20/
「TEAM BOB NEYRET」は、往年のラリー車を彷彿とさせる本格的なモディファイを施したシトロエンDS/IDを4台製作、参戦した。こちらのIDのみが後期型で、ヘッドライトがカバーに覆われた4灯式。そのため追加フォグランプは2灯のみ。

 第二次世界大戦より前に、前輪駆動のトラクシオンアヴェンを世に送り出していたシトロエン。低重心、走破性、直進安定性などの点で、後輪駆動を凌ぐメリットを生かして戦後も活躍し、1953年のラリー・モンテは高性能版の15-Sixが3位を獲得している。

 そして55年に後継として発表されたDSは、更に活躍することになる。足周りにスプリングの代わりに油圧を使ったハイドロニューマチックを採用したことで、操縦安定性と悪路走破性がさらに高まったのだ。DSの廉価版たるID19が59年のラリー・モンテに出場、非力にも関わらず優勝を果たす。

 その後も63年にID19が2位、66年にDS21が優勝(ミニが1-2-3フィニッシュを果たしたが、後に車両規定違反により失格になったことによる繰り上げ)など、輝かしい戦績を残している。だがその後は911やアルピーヌA110などスポーツカーの台頭によりラリー・モンテからは姿を消し、速さより耐久性が重んじられるモロッコラリーなどに主戦場を移した。

 とはいえ、ラリー・モンテにはほかにもSM、アミ6、GS、ディアーヌ6、CX GTIなどが出場。他メーカーに先駆けて前輪駆動をモノにしたアドバンテージは、ラリーにおいても生きたのだ。

1975 CITROEN GS/
牧歌的な雰囲気が漂うシトロエンGSだが、今回3台がエントリー。こちらはロールケージを装着し、もっとも気合いが入っているように見えた一台だが、総合結果は209位と振るわず。過冷却を防ぐためか、フロントグリルを塞いでいた。

1966 CITROEN DS21/
フランス・ディー近くのワインディングでリア右のタイヤがパンクし、交換作業を行うのは、1962年から65年にかけてDSでモンテカルロに出場し、4〜7位を獲得したラリードライバーのBob Neyret氏。コ・ドライバーと共に手際よく交換を済ませ、再スタートしていった。

HISTORIC CAR 03:その美しさには、速さ以上の価値がある「JAGUAR」

1962 JAGUAR TYPE E/
なぜか、フランスのミニ専門店「AOUT BMC」が出走させた、Eタイプ・シリーズ1。前後のバンパーを外したボディには錆が浮き出ており、それが逆に本気さを感じさせる、ような気もする。残念ながら完走車リストにその名は残っていなかったが。

 意外に思われる方もいらっしゃるかもしれないが、ジャガーがラリーで強さを発揮した時代が確かにあった。

 ラリー・モンテの歴史を紐解いてみると、主だった記録としてはMk.Vが1951年に3位と9位、Mk.VⅡが52年に4位と6位、53年に2位と8位、54年に6位を獲得。またその進化版たるMk.VⅡ Mは55年に8位、56年には優勝を果たしている。小型サルーンのMk.Ⅱは58年に初参戦し、59年に8位と9位を獲得した。

 ジャガーは50年代、ラリー・モンテでトップ争いをする実力を有していたのだ。だがそれは、サルーンカーがラリー・モンテの主役であった頃、というエクスキューズが付く。あのEタイプもデビュー以降参戦したが、成績は芳しくなかった。

 とはいえ、速さと美しさは比例するものではない。今年のヒストリック・モンテに参加した4台のEタイプは、ほとんど反射的に振り向かざるを得ないほどの美しさを湛えていた。

1970 JAGUAR TYPE E/
珍しくフォグランプを点灯させながら、ワインディングステージを疾走するシリーズ2。世界有数の美しさを持つが、やや過剰なまでのロングノーズはラリーでは持て余したことだろう。

HISTORIC CAR 04:ルノー・スポールも大いに支援「RENAULT」

1971 ALPINE-RENAULT A110 1600S/
1971年と73年に1〜3位を独占したA110。特に73年は圧巻で、上位10台中6台を占めたほどの完全勝利だった。だがA110のデビューは63年で、成功までは非常に時間がかかったモデルでもあった。70年代までは、911には歯が立たなかったのだ。

 1960〜80年代にかけて特にラリーに積極的だったルノー。ここ最近はワークス活動こそ控えているものの、R2やN4などの規定に合わせたラリー車を製造・販売しており、プラベーターに愛用されている。

 ルノーのスポーツ車部門であるルノー・スポールは、自動車メーカーとしては唯一、このイベントをオフィシャル・スポンサード。今年はR8ゴルディーニの発売50周年を記念して、ルノー・ヒストリックから4台のR8ゴルディーニを参戦させた。そのドライバーの中には御年68歳の名ラリーストであるジャン・ラニョッティも、夜を徹して走り続けるのだから、頭を垂れるしかない。

1980 ALPINE-RENAULT A310 V6/
グランツーリスモとして1971年に発表されたA310。当初は4気筒だったが、V6は77年に搭載された。フランス国内のラリーでは活躍したが、WRCでは目立った成績は残せず。

RALLY CARS

1961 FORD ANGLIA/
ライバル、ミニはモンテでは無敵の強さを誇ったが、アングリアは目立った成績を残せず。

1970 LANCIA FULVIA COUPE 1.3/
前輪駆動ならではの安定性を武器に、1966年〜68年にはミニや911と激しい戦いを繰り広げた。

1972 TOYOTA CELICA 1600 GT/
セリカラリーといえば4、5あたりが有名だが、この初代ダルマセリカも参戦していた。

HISTORIC CAR 05:大型セダンでラリーに挑戦し続けた「Mercedes-Benz」

1965 MERCEDES-BENZ 220SE/
朝7時、フランスのヴァランスをスタートする220SE。遥か遠く、ストックホルムから走ってきた為か、全体にボディの汚れが目立っている。1970年、ポルシェのワークスとして911S 2.2でラリー・モンテ4位を獲得した。オキ・アンデルセンがドライブしていた。

 第二次世界大戦後、メルセデス・ベンツがラリー・モンテに初めて参戦したのは、1952年のことだった。ドライバーはカール・キリング、ルドルフ・カラツィオラ、ヘルマン・ラングの3名で、いずれもシルバーアローのレーサー。ルドルフ・カラツィオラは38年、アウトバーンでメルセデスの速度記録車を駆り、公道最速となる432.7km/hを記録。当時押しも押されぬメルセデスのエースドライバーである。

 目覚ましい速さを見せたのは55年。メルセデスとしては初めてのフラッシュサイドスタイル(前後フェンダーがボンネットやトランクと一体になったスタイリング)を採用した180の上級車である220aで、3位と5位を獲得、翌56年にも2位となった。その速さの理由は大柄なボディによる安定性だけではなく、速さもあった。56年に行われた1kmのショートステージでのタイムは、総合優勝を獲得したジャガーMk.VⅡより1秒ほど遅いだけだったのがその証拠である。

1964 MERCEDES-BENZ 220S/
220SはSEと異なり、電子制御式燃料噴射装置ではなくキャブレターを搭載。ちなみにメルセデスの変わり種としては、190SLや300SLもラリー・モンテに参戦していた。300SLは1950年代後半に参戦し、59年のスペシャルステージではトップタイムを記録した。

 メルセデスが待望のラリー・モンテ初優勝を果たしたのは、1960年だった。220aの後継たる通称"ハネベン"220SEが、1〜3位と5位を獲得。完全優勝を飾ったのだ。全長4,875mm、全幅1,795mmという巨体、そして市販車では最高出力120hpに過ぎない2.2ℓ直列6気筒エンジンで、なぜ勝てたのか?

 もちろん、フルモノコックボディによるシュアな走りのおかげでもあるが、それ以上にメルセデスのワークス体制が完璧だったことが主な要因である。徹底的に調査を行い、実践の一か月前には6週間をかけてスペシャルステージを入念に走りこむほどだったという。

 サーキットで勝利するために培ってきたノウハウをラリーに初めて持ち込んだのは、メルセデスなのである。

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