2018.07.24

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

そこはまさに、趣味の王国。「MODEL KINGDOM」

01「ヴィンテージ鉄道模型の王国」

 ラグジュアリーなオフィスが立ち並ぶ青山通り。その中でも少し古いマンションのようなビルの10階にあるのが、この「MODEL KINGDOM(モデル キングダム)」だ。

 扉を開けるといかにも"趣味的空間"たる雰囲気の店内で、所狭しと鉄道模型の箱や関連資料などが積み上げられていた。決して安いとはいえない模型まで床に置かれていて、"足元注意"は鉄則だ。ショーケースの中には、オーナーである小菅さんが塗装を施した模型や、未塗装の模型が並んでいる。未塗装の模型は真鍮製が多く、鈍く金色に輝いていて、経年により漂う雰囲気が抜群であった。

 移転前は六本木にあったそうで、通して26年のキャリアになるのだが、小菅さんいわく「この業界ではまだまだ駆け出し」とのことだ。また、ここMODEL KIGDOMでは、顧客からのオーダーを受け、オリジナルの鉄道模型の製作も行っている。取材中にも常連のお客さんが訪れ、設計図を広げながらオーナーと細部の相談をしていた。

 それでは、数ある模型の中から、選び抜いたいくつかの逸品をご覧いただこう。

02「技術の進歩と歴史のバランス」

NORFOLK AND WESTERN ”J”/1959/
塗装済みのコチラは安達製作所製の物。現存する実物の車輌はわずか1台で、現在でもイベントで走行している。実はこの模型のモデルになった鉄道はスーパーマンのオープニングで使われていた物である。

NORFOLK AND WESTERN “J”/1960/
どちらも同じ鉄道をモデルにしているが、コチラはトビー製の物で安達製作所製の物とは細部が微妙に異なっている。

 鉄道模型の成り立ちは、第二次世界大戦後にアメリカの進駐軍が占領下である日本の繊細な技術力に着目し、土産や輸出用の鉄道模型を生産するために横浜や立川に工場を建設したことが始まりだった。

 日本製でありながらアメリカに多く流れて行ったため、ブーム時以外には日本にも数が少ない状態だったようだ。現在では人気も薄れてしまい、いったん輸出した物を逆輸入している状態だ。

 鉄道模型の生産が始まった1900年頃の1ゲージから始まり、30年代からOゲージという規格が主流になった。次に"HALF O"の意であるHOゲージに変わり、現在では更に小さいNゲージが基本だ。ちなみにNは"NINE"の意である。時代の経過と共に利便性を求めてサイズは段々と小さくなり、技術の進歩によってパーツは細かく多くなったようだ。

 しかし、ヴィンテージとして人気があるのは現在主流のNゲージではなくHOゲージで、MODEL KINGDOMにもこの規格が最も多かった。小菅さんは「Oゲージは作りこむのが大変で、NゲージではHOゲージのような雰囲気が出ない」と語ってくれた。2つの異なった規格の物を並べて比較してみるとなんとなくそれが分かるような気がした。

 技術の進歩と歴史の経過の絶妙なバランスがHOゲージに凝縮されているのだろうか。どのゲージも異なる雰囲気を持っていた。

03「美術的要素を取り入れたデザイン、限られた世界を回る鉄道模型たち」

店内にはアメリカ型の模型ばかりではなく、日本型やイギリス型などの様々な模型があった。一番奥の水色の車輌は満州鉄道で、真ん中の青い車輌が日本型の455系だ。

小さい棚には何が入っているのかと覗いてみれば、ヴィンテージのデカールが大量に! 当時のデカールは貴重だが、かなり安い値段で販売されている。

 このHOゲージが主流となった時代の鉄道模型の特徴として、"パーツが多くなく、シンプル"というものがある。当時は100~200個のパーツで模型が組まれていたという。

 一般的にはパーツが増え、実物の再現レベルが高くなればより良くなりそうなものだが、どうにもそういうことではないようだ。

 これはこの時代の鉄道模型から、ただの"鉄道の模倣品"というところから、"鉄道模型"という一つの新たなジャンルとしての進化を始めたということなのかもしれない。それ故にこの時代にしか出せない雰囲気や風合いを醸し出しているのではないかと思えた。

 また鉄道の造形はある時代からこの流線形に変わり始めた。これは1930年前後のヨーロッパから始まった"アール・ヌーヴォー"が起源で、その影響は美術に留まらずに建築や工業デザインにまで波及した。その結果として鉄道にも影響が及び、この流線形のデザインが完成した。

 もちろん当時の日本もその流れの中で流線形フォルムの鉄道を開発したが、あまりパッとしなかったようだ。日本ではしばらくの間、評価されるプロダクトが生まれなかったが、のぞみやひかりに代表される現代の新幹線が完成し、日本の鉄道産業はかつてのような脚光を浴びた。

 かつて主要鉄道模型製作メーカーのトビーが事業から撤退したように、コレクターやショップオーナーも今では数が少なくなってしまったので、貴重な模型などは決まった人の間で回っているという。オーナーの小菅さんは、自身が所有するコレクションが以前は誰の手元にあったのか見当がつくという。

 玄人達のもとを転々とし、更なる雰囲気を身に纏うのだ。

OゲージとHOゲージを比較すると、ここまで大きさが違う。HOゲージは1993年製のフライングスコッツマン、Oゲージは2012年製のジュピリー。ジュピリーはトーマスに近いカタチらしい。

積み上げられた模型の箱は、いまだに未開封で保存してあるものがほとんどだという。箱だけでも経年の風合いが漂っている。貴重な物も雑然としているのが、MODEL KINGDOMの流儀なのだろうか。

04「世代による海外への憧れ」

PENNSYLVANIA”S1”/1980’s/
かのコカ・コーラやLUCKY STRIKEなどのデザインを手がけた、パリ出身のデザイナーのレイモンド・ローウィがデザインした鉄道がこの“S1”だ。長さにおいて世界一の長さを誇り、実際の鉄道は1939年のニューヨーク万博に出展された。

PENNSYLVANIA”T1”/1970’s/
未塗装のこちらは“S1”の後継機、"T1"だ。"S1"は世界一の長さを誇るが、それ故に運用に不便が多かった。そのため、長さを抑え量産化したのがこの"T1"である。ペンシルバニア鉄道の広告塔である"S1"とは対照的に、実用性を高めたモデルになっている。

 オーナーの小菅敬三さんは、ライブコンサートのPAエンジニアをやっていて鉄道模型は趣味だったとのこと。小学校低学年の時分から鉄道が大好きだったが、購入するようなお金も持ち合わせていないので自分でボール紙を切り抜いて鉄道模型を作っていたという。

 PAエンジニアの時にアメリカからコンサート機器を買い付けていて、そこでアメリカから鉄道模型の逆輸入を思いついたそうだ。

 このMODEL KINGDOMで行っているオーダーメイドの鉄道製作は、日本型をメインとしていて小菅さんは本当はアメリカ型を作りたいと話してくれたが、色々とあってまだ作ることが出来ないと嘆いていた。

 小菅さんがアメリカ型を好きということには理由がある。団塊世代はアメリカへ憧れた世代のためアメリカ型の鉄道が好きで、その下の世代はまた一風変わって単純にヨーロッパ好きが多い世代なのだそうだ。

 このオーダーメイドは韓国メーカーとの共同作業で、試作とダメ出しを繰り返して製作された。

 MODEL KINGDOMでは模型の修理も行っていて、小菅さんが丁寧に手を施す。デスク上で作業する姿はまさしく職人のそれであった。模型の歴史、小菅さんの歴史が滲み出ているような空間であった。

テキスト:Ryoma WATANABE

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