2018.09.21

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

クラシックカーファンの楽園「BICESTER HERITAGE」

 住所をたよりにネットの衛星写真を開くと、たしかに広大な緑のスペースだ。348エーカーあるという。日本風に言えば東京ドーム30個分だ。緑の草地にうっすらといくつもの白い線が残っている。グライダーなど軽飛行機の離発着の跡に違いない。それを縁取るように、舗装路らしい道が見える。

 オックスフォードに近いビスターという街に、イギリスにおけるクラシックカーファンのためのハブが誕生したと聞き、ロンドンから高速道路で1時間と少しの道を飛ばして訪れてみた。

 約束の時間より少し早く、それらしい場所にたどり着いた。と思う間もなく、目指す敷地の門から黒い戦前のサルーンが飛び出して走り去っていった。うはぁこれは本格的だぞ、と期待を高めながらオフィスを訪ねると、応対に出てくれた若いジェントルマンが「ダニエルはいま試走に行っています」という。

 黒いサルーンは、ビスター・ヘリテッジの社長ダニエル・ゲーガンさん自身が所有する1929年のアルヴィス・サルーンだった。

元は英国空軍の古い基地

ビスター・ヘリテッジは、1917年、新しいテクノロジーである航空機基地として整備された。ミーティングスペースに展示されていた最も古い記録写真のひとつには初期型の複葉機が見える。

取材中にも、いくつかのクラシックカーがビスター・ヘリテッジの敷地を出たり入ったりしていた。向こうの建物はこれから、クラブハウス兼レストランとして改装が始まるところだそうだ。

敷地内の建物も相当に古い

ビスター・ヘリテッジのプロジェクトは、まず朽ち果てていた1920〜30年代の建築物をレストアするところから始まった。現在は全体の3分の1程度の改修が終わったところ。

 「いやあ、ようこそビスターへ!」

 フラットキャップをとりながらオフィスに入ってきたダニエルさんは、明るい笑顔と快活な話し方が印象的な人だ。不動産投資の仕事をしていたが、長年温めていたこのビスター・ヘリテージの構想をついに2014年春に実現させた。

 「ずっとこの地域でいい場所がないか探していたんです。そうしたらRAF(英国空軍)がこの古い基地を売るというので、これはチャンスだと確信しました」

とダニエルさん。

 彼曰く2016年までには、ここにおよそ50軒のヘリテージカーに関係するさまざまなビジネスが入居することを目標にしているという。各車のワークショップ、エンジニアリングの専門家、内装の専門家、ディーラー、アクセサリー販売、車検や保険のサービス、保管サービス……関連したスペシャリストを集めることで、クラシックカー・エンスージアストにとってワンストップですべてが解決する場所になることを目指している。

 もちろん入居する業者にとってもビジネスの相乗効果は大きく、魅力的な環境だ。広い敷地でイベントもできるし、強力なクラシックカー・コミュニティが誕生することになる。今から完成する日が待ち遠しい。

社長のダニエル・ゲーガンさんはアルヴィス・エンスージアスト。「完璧以上に復刻された」ラジエーターを手に。

伝統を重んじてレストア

オースチン7を軽快に操る、マーケティング担当のフィリップ・ホワイトさん。この、わたしたちの応対に出てくれた若いジェントルマンはなんとブリストルの御曹司でもあった。

 RAFビスターは、1920〜30年代には当時最新鋭の空爆拠点として使われていた歴史ある空軍基地だ。しかし70年代以降は使われなくなり、50ほどある建物の多くも屋根は落ち、苔むすままになっていた。2014年末には全体の3分の1ほどの建物のレストアが完成し、10の事業者がビジネスを始めていた。

 建物はすべて、ビスター・ヘリテッジのオリジナル・カラースキームに沿った色使いがなされている。これは最初にダニエルさんが英国規格協会に行き、英国の20世紀の伝統色から選んで作ったのだそうだ。もちろんロゴに使われているオリエンタルブルーもその中の1色だ。

 いずれはホテルなど宿泊施設も整えていきたいと語るダニエルさん。広大な敷地に充実の設備。世界に類を見ないクラシックカー・エンスージアストのワンダーランドが誕生しそうだ。

オフィスの壁に貼り付けてあったのは、ロールオーバー直前のオースチン7。このあと見事にひっくり返ったという。

WOベントレー専門の修理屋「KINGSBURY RACING SHOP」

手前はベントレーの歴史の出発点になったといえる3リットル車のひとつ、シャシー長で真ん中の「レッドレーベル」スピードモデル。初回登録は1924年。オリジナルのエンジンを搭載している。

 ロールスロイスに買収される1931年以前、ロンドンのクリクルウッドにあったベントレー・モータース時代、いわゆるWOベントレーのレストアスペシャリストとして右に出る者はいないというユアン・ゲトリーさん。その「キングスバリー・レーシング・ショップ」も今年からビスター・ヘリテッジに移った。

 ユアンさんのワークショップが入っている建物も1930年代の建造で、戦後のどこかでつけられていたプラスティックの雨樋から、オリジナルの重厚な鋳鉄のものに戻されるなど、完璧にレストアされた状態にある。

 建物の中には4台のベントレーが鎮座、ひとつは完全にシャシーまでストリップダウンされ、銅や真鍮の輝きもエレガントな4気筒エンジンが再び美しいボディに載せられて、火を入れられるのを待っているようだ。

 次に登場するロバート・グローバーでも取り扱うWOベントレーはユアンさんにすべて委ねているという。まさにダニエルさんが目論んだテナント同士のコラボレーションが始まっている。

本当にここで作業しているのか、ショールームではないかと思ってしまうほどきれいなユアンさんのガレージ。

美しき戦前車がズラリと並ぶ「ROBERT GLOVER」

BENTLEY 8L SEDANCA DE VILLE/
1931年、ベントレーがロールスロイスに買収される直前、いわば最後の真正ベントレー。レースシーンでその名を轟かせていたベントレーが、最高のラグジュアリーカーを作るため、コストに糸目をつけずに全力で作り上げた。ロールスロイスがベントレーを買ったのも、このクルマが欲しかったからという説もあるのだとか。

 「1.5リットルのエンジンを作っていたメドウズというメーカーがあるんですが、ラゴンダはたしか……1933年からメドウズのエンジンを1938年頃まで載せていたんです。その頃ロールスロイスを辞めたベントレーがラゴンダに来て……、そのあとは……」

 ダニエルさんが半ば呆れる(?)ほど、説明を始めると止まらない勢いのロバート・グローバーさん。ビスターに来てから半年の間に25台を販売したというというから、営業の腕も相当なものだ。

 父の影響で幼い頃からさまざまな戦前のクルマに触れ、多くのラリーでステアリングを握ってきた。幼少から蓄えた膨大な知識と人脈を生かし、オークションでのサポートやクローズドクラブへの紹介なども行っている。その膨大な知識に触れれば、きっと貴方も戦前車が欲しくなってしまう、かもしれない。

H.J.ムリナーによるオリジナルのコーチワーク。ヴァニティミラーなど内装も当時のままのエレガンスを保っている。

クラシックカーを動態保存するための格納庫「HISTORIT」

1936年のタイプCと呼ばれる航空機格納庫を贅沢に使っている。厚さ3メートルのコンクリート床のおかげで温度変化が少なく、結露が起きにくい。手前にあるのは、ディーノ206SP!

 「クラシックカーは美術品とは違う。実際に走らせて楽しまれてこそである」というビスター・ヘリテッジのポリシーをさらに手に入りやすいのものにしているのが、敷地内で最大の建物、航空機のハンガー(格納庫)に入居している「ヒストリット」だ。

 ヒストリットでは、顧客のクルマを単に安全に預かるだけではない。戻ってきたときには洗車をし、定期的なバッテリーの充電と一定温度までの火入れ、敷地内走行でタイヤの変形も防いでくれる。ちょっとこすってしまった、内装のここが外れたなどといった小さな補修も頼める。

 ビスター・ヘリテッジでは、敷地を周回する3.6kmのサーキットを作るプランもあるので、ロンドンから列車で45分のここに来れば、ピカピカの愛車をすぐに走らせることができるようになる。もちろん、コッツウォルズの美しいワインディングロードも目と鼻の先だ。

 これだけのサービスで、保管料は月2万円少々。ビスター・ヘリテッジは、ほんとうにクラシックカー愛好家の天国になりそうだ。

トライアンフTR-7とTR-3。もしかすると、同じオーナーが所有しているのかも。

懐かしいボンネットタイプの2階建てバスと、エアストリーム345モーターホームのペア。

決して格納庫は汚くはないのだが、念には念をとばかりにブースの中に愛車のジャガーEタイプを収める。

ひときわ目を引く、ビッグバンパーの最終型

1989 PORSCHE 930 TURBO S/
1989年に限定で発売された、930ターボS。3.3リッター・ターボはカタログモデルよりパワーアップして330PSを発揮する。見た目の相違点はリアフェンダーのエアインテークやフロントバンパーで、その内容は1988年に発表されたフラットノーズに近い。

テキスト: Yoko AOKI
媒体:VINTAGE LIFE 12

NEWS of VINTAGE LIFE

ARCHIVES

RANKING

POPULAR TAG

NEWS

SEARCH