2018.07.13

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

世界初の登山鉄道に乗って「COG RAILWAY」

 アメリカはニューイングランド地方に位置するニューハンプシャー州。その観光スポットとなっている「コグ鉄道」は、世界初の登山鉄道として有名である。コグ鉄道とは固有名詞ではなく、登山電車のひとつの種類の名前だ。

 ふたつの車輪に加えて中央部に"コグ"と呼ばれる歯車状の刃が取り付けられ、これが同じく二本のレールの中央に敷かれたコグ専用のレールと噛み合って、急な斜面の走行を可能にしている。古い機関車がジリジリと斜面を登る姿はとにかく圧巻である。

煙を上げて、客車をグイグイと押していく

写真は少し昔に使われていた石炭で動く蒸気機関車。今でも決まった時間に走る現役車輛だ。頭部分が傾いているが、これは山の斜面に入ると水平に保たれる設計のため。

 マウントワシントンの麓から標高1,917メートルの頂上までの道のり約3マイル(4.8km)を、約45分をかけて登頂するコグ鉄道。

 行程の途中では、同様の登山鉄道の中でも世界第2位の勾配を誇る箇所もあり、その勾配はなんと37度。急な勾配のせいで座席から立ち上がると自然と身体が前に倒れて、客車内ではマイケル・ジャクソンのマネが始まるほどだ。

 マウントワシントンは現在のような観光地になる以前、木々に覆われ冬は雪に閉ざされる過酷な自然環境の山だった。そんな場所になぜ、コグ鉄道のような登山手段が設けられたのか。それは意外なことに、現在と同じく観光客の誘致が目的であったといえる。

コグ鉄道が急な斜面を登る姿は美しく、写真や絵の題材にされることが多い。当初は石炭も無く木を燃やして鉄道を走らせていたためパワーが足らず、客車の重量を軽くするために窓枠を取り付けない等の工夫が凝らされていた。

ひとりの男の発想で生まれた技術

コグ鉄道の乗り口である「MARSHFIELD STATION」には土産物店やレストランに加えて、ワンフロア下にはコグ鉄道の歴史を辿るミュージアムが併設される。

 古くからマウントワシントンは登山の名所として有名。今でもコグ鉄道に乗って窓の外に目を向けると、線路脇を歩くバックパッカーを見つけることができる。それはコグ鉄道の建設以前の1850年代でも同様だったが、「アメリカ北東部一の高さを誇るマウントワシントンに登りたい」という需要は、どちらかというと上流階級の人々に多かった。

 鉄道完成後、上流階級の人々はマウントワシントンの麓まで馬車で来て、コグ鉄道に乗って山頂に向かい、山頂の山小屋に宿泊する、という流れが一般的だったようだ。

 コグ鉄道の生みの親、シルベスター・マーシ氏も元々は登山の愛好家で、もちろんマウントワシントンへの登山の経験もあった。発明家だった氏がかつて友人と登山をした際に、雨に降られ遭難をしかけた経験があり、そのことから楽にマウントワシントンに登る方法を考えていたところ、この登山鉄道の開発を思いついたのだ。

 コグ鉄道はシルベスター・マーシ氏の思い付きと、上流階級の人々の需要がうまく噛み合った上にできあがった鉄道なのだ。

レストランでの食事はやっぱりアメリカ的。チキンにチーズとブルーベルーを挟んで焼いた料理が意外にも絶品だった。寒い山頂に登る前はしっかり食べるのがお約束。

空中を駆けるかのように山を進む

 1850年代にコグ鉄道の設計を完了したシルベスター・マーシ氏は、試験的に車輛と一部の線路を建造。上流階級の人々を呼び集めて、実際にマウントワシントンの斜面を走り建設資金を募った。初めてコグ鉄道に乗った人々は驚きと共に感動を受け、マーシ氏の思惑通り多額の出資が集まったことで、世界初のコグ鉄道の建設がついにスタートされた。

 建設開始は1866年であったが、完成はなんと1869年。ニューハンプシャー州の州法によって制約がかかり、わずか3年以内に完成させなければならかったのだ。短い施工期間に加えて、空中に浮いたように敷かれるレールの建設には工夫が必要だった。まずレールができあがっているところまで作業員を送り届け、列車が一度引き返して木材を積んでから作業員が待つ地点まで再度向かい、標高の低い箇所から徐々に線路を伸ばしていく方式が採られた。

 そうして組み立てられたレールの上を煙を上げながら鉄道が進む姿はまるで空中を走る銀河鉄道のようで、一度見たら目に焼き付く幻想的な風景となった。

旧型の車輛を運転するレイルマンは観光客に対してフレンドリー。ブレーキマンとは違う服装をしていて、役割ごとに制服が分かれていることがわかる。

建設当時、作業員は道具を持って山に登り、帰ってくるときはご覧のようなボブスレースタイルで、作業箱とともに軌道の上を滑ってかえってきた。

山頂には登山者や観光客が休憩する施設と、かつて上流階級の人々が滞在していた「TIP-TOP HOUSE」がある。その当時の様子は、今でも大切に保存されている。

人の手が尽くされ、走り続ける

山頂の施設内では登山者を象った像が土産物屋横に置かれていた。登山は未だにかなり盛んなようで、土産物屋とは別に登山用品のショップも設けられていた。

 枕木の土台は地面もしくは砂利あるいは石で作られた脚がイメージされるが、コグ鉄道の場合は土台がすべて木材。宙に浮いているだけに不安を感じなくもないが、コグ鉄道に限っては木の土台の方が向いているのだ。

 長期的に見るとマウントワシントンの地盤の変化は多く、線路の調整がその度に必要になってくる。これが石材の土台だと再度調整するには大掛かりな工事が必要だが、木材であれば比較的簡単に調整ができるため、今でも毎日その日のコンディションに合わせて各部の調整が行われている。

 時代遅れ、といってしまえばそれまでだがコグ鉄道には人の手は不可欠。運転士やブレーキマン、日々の調整を行う作業員達。この美しい鉄道をこの先にも残していこうと働く数々の人の手によって、コグ鉄道は今でもキビキビと急な斜面を走り続けている。

山頂の施設内には郵便局があり、"マウントワシントンの山頂から手紙を書く"という慣例があるようだ。恰幅の良い郵便局員が気だるそうに受け答えをしていた。

Text:Ryoma Watanabe
媒体:VINTAGE LIFE vol.15

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