2018.10.05

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

近年の3Dスキャン技術の発展とハンドメイドで蘇る、「流線型の時代」。

戦争が始まるまでの短い平和な時代。レーシングカーはスピードを追い求め、本格的なエアロダイナミクスの時代へと突入していった。

半世紀ぶりに発掘された伝説の1台「Mercedes-Benz 540 K Streamliner」

 2001年6月のある日、メルセデス・ベンツ・ミュージアムは騒然となった。なぜなら倉庫の片隅から埃にまみれた540Kのラダーフレーム・シャシーが発掘されたからだ。

 540Kとは、その名のとおり5,400ccのスーパーチャージャー(KはKompressorの意)、直列8気筒OHVエンジンを搭載する高性能GTで、1936年から39年にかけて、ごく少数が注文生産されたに過ぎない伝説のモデルである。なぜそんなに貴重なものが半世紀以上も忘れされたままになっていたのか? その謎を解くカギは、シャシーに残されたアルミ片とシャシープレートに刻まれた189399というシャシーナンバーにあった。

 540Kには2シーターのロードスターから4/5シーターのカブリオレまで様々なボディ・バリエーションがあったが、アルミ・ボディはごく一部のコンペティションカーに用いられたのみ。そこで本社のアーカイブを丹念に探ってみたところ、このクルマがベルリン-ローマ間レースのために1938年に作られた540Kストリームライナーであることが判明したのだ。

メルセデス・ベンツに保管されていた、完成当時に撮影された写真。滑らかな面で構成し、可能な限り空気抵抗を減らそうとした、当時の開発陣の努力が伺える1枚である。

2年の時を経て、幻のワークスカーが蘇る

 ベルリン-ローマ間レースは、ドイツのアウトバーンとイタリアのアウトストラーダを使って2国をつなぐという、2大ファシスト国家の威信をかけて企画された、長距離高速レースだった。

 しかし1939年9月に予定されていたレースは、ドイツのポーランド侵攻の影響を受けて中止。宙に浮く形となった540Kは、テスト用の高速車を必要としていたハーナウにあるドイツ・ダンロップに引き渡されることになった。

 戦時中の燃料不足のため、液化石油ガス仕様に改造されたものの、無事に戦火を生き延びた540Kは、アメリカ兵に接収されてオリーブ色に塗られるなどしたが、その後ダンロップからメルセデスに戻され、シャシー、ドライブトレイン、ボディを分解して1948年に登録抹消。わずかに残ったシャシーやリアアクスルなどが1950年にメルセデス・ミュージアムの管理下となり、以後半世紀以上にわたり(人々の記憶から消えたまま)、保管されていたのだ。

 2011年、メルセデスはこの540Kストリームライナーのレストアを決意、社内に残っていた図面や写真などを元にオールドタイマーセンターのクラフトマンシップを駆使し、完成までに2年の歳月をかけることとなった。

 こうして蘇った540Kストリームライナーは、2014年のペブルビーチ・コンクールデレガンスにエントリー。初めてその優美な姿を公の場で披露したのである。

驚くべきは、メルセデス・ミュージアムのアーカイブに、540Kストリームライナーに関する図面や写真などが大量に保管されていたことだ。これは側面図。リアシートが配置されているのがわかる。

時代を先取りした悲運の空力クーペ「BMW 328 Kamm Coupe」

1940年のミッレミリアを前に撮影されたBMWワークス陣の写真。手前が優勝したロードスター。右がル・マンにも出場したトゥーリング製クーペ。左がカム・クーペだ。

 1928年から自動車の生産を始めたBMWも、創業当初からモータースポーツ活動に力を入れてきたメーカーのひとつだ。

 中でも2リッター直列6気筒ユニットを搭載した328は、デビューの場となった1936年6月のニュルブルクリンクでのレースでデビューウィンを飾るなど大活躍を果たし、その名は一躍世界に広まることとなった。それを受けBMWは328のさらなるポテンシャルアップを画策。そのキーマンとなったのが、ウニバルト・カム博士である。

 スイス・バーゼルに生まれた彼は、シュトゥットガルト工科大学卒業後に自動車や航空機産業のエンジニアとして活動後、1930年に母校の工学博士に就任。「流線型の物体の場合、その後端を切り落としても抵抗はほとんど増加しない」というカム理論を確立した人物でもある。

 依頼を受けたカム博士は、BMW初となる風洞実験を実施。そのデータを経て生まれたのが、戦前最後となった1940年のミッレミリアに現れた「BMW 328 カム・クーペ」だ。

現代の職人技で"失われた時"を取り戻す

 このレースにBMWは3台の異なるボディ形状(2種類のクーペボディとロードスター1台)を持つ328を投入。残念ながらゼッケン73番をつけたカム・クーペはリタイアに終わるが、高いポテンシャルを持つことは証明された。

 その後戦争が激化すると、3台のワークスカーは、破壊から逃れるためにミュンヘン郊外の農村に隠される。戦後これらワークスカーたちはアメリカ軍に発見、接収されてしまうが、カム・クーペだけはBMWレース部門の責任者、エルンスト・ヘンネの元に残された。しかし戦後の混乱でBMWが経営危機に陥った際にパーツ業者へと売却。結局、1953年にスクラップ処分とされてしまった。

 今ここにある328カム・クーペは、ミッレミリア優勝70周年に合わせ、2010年に製作されたレプリカである。実はBMW では1990年代に一度、カム・クーペの復元計画が立ち上がっていたのだが、設計図などが紛失されていたために断念した経緯をもっている。

 それを解決したのが近年の3Dスキャン技術の発展だ。これにより、残された写真から当時の姿を復元することに成功。失われた時間を取り戻したのだった。

ミッレミリア優勝70周年を記念して蘇ったカム・クーペ。1939年のル・マンに向けてイタリアのトゥーリングが製作したクーペに比べると、マッシブな印象を受ける。

カメラ:Daimler AG/BMW AG
テキスト:Yoshio Fujiwara
媒体:VINTAGE LIFE 17

NEWS of VINTAGE LIFE

ARCHIVES

RANKING

POPULAR TAG

NEWS

SEARCH