2018.08.31

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

山椒(シャンテ)は小粒でピリリと速い。「RE AMEMIYA ROTARY CH...

伝説のマシーン、RE雨宮ロータリーシャンテがフルスクラッチで蘇る

 生まれながらにして孤高の存在、いかなる逆風にも屈せず戦ってきたマツダ・ロータリー・ロケットの中において、日本チューニングカー史上忘れえぬ1台がある。RE雨宮マツダロータリーシャンテだ。

 未だに語り継がれるそれはどういうクルマだったのだろうか。'80年代初頭の東名レース。名うてのチューナー達がしのぎを削った狂気の公道バトル。レースカーまがいのチューニングを施されたアメリカン・マッスルやポルシェ、パンテーラなどの外国車勢を迎え撃つ国産車勢は240Zやスープラ、SA22Cだった。

 中でも国産最強の東名ランナーといえば小さな小さなマツダの軽自動車にSA 2 2CサバンナR X-7の12 Aロータリーを移植したRE雨宮ロータリー・シャンテ。谷田部で最高速240.48km/hをマークし、当時某TV番組内のドラッグレース企画では連戦連勝だった。

 その車が時速200km/h以上の高速バトルに照準を合わせたギアリング等のセッティングを持ち、本来ゼロヨンを苦手とした仕様にもかかわらず勝ち続けたのは、そのメイン・フィールドであった当時の東名バトルがいかにハイレベルなものだったかを物語っている。

 ここからロータリー専門チューナー、RE雨宮の名は広まっていった。しかしRE雨宮ロータリー・シャンテは単なる話題集めのエンジンスワップ車ではなく、その歴史を振り返れば、必然から生まれたベース車選択だったようにも思えてくる。

ボディは俄かには信じがたいが、パテとプラ板で造形されたフルスクラッチだ。RE雨宮ロータリー・シャンテである以前にシャンテの1/24の模型として各部採寸も行われており、1/24に正確にスケールダウンした基本骨格を作った上で、オーバーフェンダーやフロントスポイラーなどのモディファイが加えられている。

フロント足回りはアオシマAE86用を加工し、メッシュホイールはアオシマ製ホンダシティR用にアルミ削り出し、リムの組み合わせ、そこにフジミ製ダイハツミラ用ピレリP7タイヤをセットするなど流用テクニックも冴える。

 マツダ・シャンテは1972年、軽自動車枠のボディサイズに直進性能を考した結果、目一杯のロングホイールベースとトレッドを与えられて誕生した。その生い立ちをたどるとひとつの不遇な影がある。実はシャンテには当初シングルローターのロータリー・エンジン搭載が予定されていたのだ。

 もしそれが叶っていれば恐らく史上最速の軽自動車になったであろう。ところがそんな常識を覆すコンセプトのマツダ製ロータリー・シャンテは、他方面からの圧力により軽トラックの非力な2サイクルエンジンに換装され、単なるレシプロ車のシャンテとして販売されることとなった。

 話をRE雨宮ロータリー・シャンテに戻そう。そのクルマにはハイパワーロータリー搭載を前提とした設計、さらに公道バトルにおいて極端に幅の狭い車体には追い越しラインの自由度という、大きなアドバンテージがあった。実際バトルの最中にラインをブロックされても、雨宮シャンテは200km/h近いスピードで路肩から追い抜していった事さえあったとか。

 これは周回レースにおけるコーナリングラインの圧倒的追い越し自由度に匹敵する。高度なチューニングを受けた12Aロータリーという心臓を超小型軽量の車体に移植され、異次元の加速を誇った狂気の東名ランナー、RE雨宮ロータリー・シャンテ。それはロータリーに心血を注いだマツダエンジニア達の無念を晴らすと同時に、公道最速を目指すための必然、まさに逆転の発想から生まれたマシンだった。

 そして2016年、RE雨宮は再びNewロータリーシャンテを製作しているという。孤高の戦士、ロータリーロケットよ、永遠なれ!

240km/h超の実力を誇った狂気の東名ランナー

エンジン及びミッションは、モノグラム製1/24 SA22CサバンナRX-7用を転用。実車では当初ターボ化されていた12Aエンジンは後にNA化されたようなので、12Aペリフェラルポート仕様とした。ファイヤーウォールおよび、フロントインナーフェンダー、ストラットアッパーマウントはすべてワンオフで制作したもの。

名だたるスポーツカーも、この後ろ姿を嫌というほど拝まされたのである。

カメラマン:服部佳洋 Yoshihiro-HATTORI、横澤靖宏 Yasuhiro-YOKOSAWA
媒体:モデルカーズチューニング 弐

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