2019.01.09

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

アオシマの源流に触れる 〜アオシマ・ショールームを訪ねて〜

アオシマがミュージアム的な要素も兼ね備えたショールームをオープンした。残念ながら一般非公開なのだが、その全貌を読者諸兄にお見せするべく、微に入り細に入り撮影を行ってきたので、写真の隅々まで観察していただきたい。

 物心ついた頃からビッグスケールのスーパーカーやデコトラ、「ザ・チューニングカー」シリーズには散々お世話になってきた。そんな私にとって、取材前日が「楽しみで寝られない」ような有り難い体験の機会がめぐってきた。それがここに紹介する『アオシマショールーム』の訪問である。

 そしていよいよ取材当日、本社2階のショールームに通される。広報の方が、同ショールーム誕生の経緯などを説明してくださったのだが、視覚からの入力が多すぎて、聴覚がおろそかになってしまう。中でも圧巻だったのが、入口付近に掲げられた「ザ・チューニングカー」シリーズの箱絵の原画である。カリーナテールが移植されたハの字シャコタンのケンメリのイラストは、私が少年時代に散々作り倒した「あの」キットの箱絵そのものだ。その箱の原画がここにあると思うと、本当に感慨深い。

 そして、次に目を奪われるのが部屋の奥の壁一面に並べられた、「お宝プラモデル」である。正確にいえば、プラモデルすなわちプラスチックモデル以前の木製組み立てキットなどもディスプレイされている。今でこそカーモデル一辺倒の私だが、幼少期にオモチャ屋さんで遭遇した懐かしい顔ぶれたちが、30ウン年前にタイムスリップさせてくれるのである。完成品も充実していて、カーモデルに限ってもスーパーカーやチューニングカー、デコトラなど、同社の代表的な製品たちが一堂に会している。

 実は、このショールームが出来るまでは、アオシマにはこういった同社の「現在・過去・未来」を俯瞰できるような施設は存在しなかったのだという。そんな中、同社の有志が中心となって、それまで社内に散在していたサンプルや過去の製品、さらには箱絵の原画などを整理・集結させて、鑑賞に耐えうるカタチにディスプレイしたのが、このショールームである。

 現在は、アオシマと商取引のある業者との商談の場、あるいは同社の歴史を知ってもらうためのミュージアムとして機能しているが、残念ながら一般公開の予定はないという。限定的にでも一般公開の機会を望みたいところだ。

空への憧れを抱きながら、教材メーカーとして躍進

 アオシマの創業者である青島次郎氏は静岡のパイロットの草分けとして知られ、青島飛行機研究所を設立後すぐの1924年に飛行機を完成させている。しかし、経営は思わしくなく、模型飛行機メーカーに路線変更し、今日の礎を築いた。

スロットカーからスケールモデルへ

1960年代中盤に流行したスロットカー。高価なアメリカ製品が買えない層を狙って、国内の模型メーカーも参画。アオシマも1/24のシャパラルやフェラーリなどをリリース、後にプラモデルにも転用された。これは現存する箱絵の原画たちだ。

アメリカ製のカーモデルが世界一だった時代に

ショールームの中でも珍品中の珍品が、1960年代末に存在したニッケンというメーカーの金型をアオシマが引き継いで生産した、1/32スケールのビアンキ(箱絵の表記はビアンチ)。モーター走行が可能だった。

1970年代に一世を風靡した、デコレーション自転車の模型。1975年前後をまたいで1/8でシリーズ展開された。完成品はヤングスポーツDX。デコレーション無しのスポーツタイプにも制作できた。

日本中の少年たちを虜にしたスーパーカーブーム

日本全国の少年たちを虜にしたスーパーカー・ブーム。各メーカーから玩具の延長線上から、本格的なスケールモデルまで、星の数ほどのスーパーカー・プラモデルが発売された。アオシマはどちらかといえばスケールモデル方向に振った製品で確固たる人気を博した。

スーパーカー・ブームの影響は様々な模型カテゴリーへと波及し、ロボットや戦車などに可変する合体プラモデルなる製品も生まれた。こうしたアレンジのモチーフにはフェラーリよりもカウンタックが好まれた。

フェラーリBBとカウンタックの二大巨頭だけでなく、イタリア製の"平べったいクルマ"ならば何でも崇められたスーパーカー・ブーム。1/20スケールではパンテーラGTS、1/16スケールではストラトスのグループ5カーも発売された。

スーパーカー・ブームから時を経て、2010年に新金型で発売されたカウンタックと、当時の1/20スケールとの2ショットが実現。両者フル開閉となるが、そのリアリティの著しい向上に時間の流れを感じさせる。

アオシマの裏看板的メニューといえばコレ

スーパーカー・ブーム後、カーモデル人口は一気に減ったが、1980年に展開を開始した「ザ・チューニングカー」シリーズは、より現実的にカッコいいクルマを求めた層に支持を受け、今日のアオシマのカーモデルの方向性を決定づけた。

アオシマのカーモデルの中でも非常に高い人気を誇る、330系セド・グロ。過激さがピークとなった竹ヤリデッパから今日のグラチャンシリーズにいたるまで時代に則したアレンジがなされつつ、相変わらず健在だ。

アオシマの族車は4輪のイメージが強いが、実は単車系のバリエーションも豊富だった。過激すぎる箱絵は、もしこれを欲しがる子供の親の立場だったら……(笑)。良い時代だったのかもしれない。

今日まで続くアオシマの代名詞的シリーズ

スーパーカー・ブームの終焉で多くの模型メーカーがあえぐ中、アオシマは1976年からデコトラ・シリーズをスタートさせる。映画『トラック野郎』人気にあやかったものだったが、その後も弛まぬ商品開発を続け、現在に至る。

タンクローリーのデコトラプラモとしては史上最高峰との誉れも高い、1/32スケールの「アラブの星」。近年、部分新金型を加えて再販された。写真はオリジナル版の当時に作られた作例。なぜかボックスアートで描かれるのはキャリアを載せていない状態だ。

飾れるものは何でも飾る

デコトラといえばお約束の、荷台部分に書かれる日本画。いずれも専門のイラストレーターが手描きで描いたもので、今なおその原画すべてが大切に保管されている。

アオシマに現存する1/32デコトラ・シリーズの箱絵の原画。当時はバンダイが映画『トラック野郎』劇中車の版権を持ったため、アオシマは実車のトレンドをくんだプラモデルを生み出して独自の路線を歩み、それが今日の成功へつながった。

RVという言葉が最先端のトレンドだった時代

バン、イコール商用という概念を覆したバニングの模型にも、アオシマは1970年代末から参画。

1/20、1/22といったスケールのバラツキが惜しまれるが、現在の目で見ても好プロポーションを持つワンボックスカーが多いバニングたち。初期の物はカラーリング程度で、ボディはストックのまま。最終的には金型改修でオーバーフェンダー化された。

プラモデルが自由だった1980年代

今でこそオトナの趣味といった感の強いプラモデルだが、かつては遊び心に満ち溢れていた。

思わず「あったあった」と叫びたくなる、オーディオ・コンポのプラモデル。プルバックゼンマイを仕込んだ寿司のプラモデル、「寿司一丁」シリーズに見覚えのある方も多いのではないだろうか。

カメラマン:服部佳洋 Yoshihiro-HATTORI、横澤靖宏 Yasuhiro-YOKOSAWA
媒体:モデルカーズチューニング 弐

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