2018.09.21

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

DICKIES and SKATEBOARDING〜スケーターとの蜜月な関係〜v...

DICKIES ENTHUSIASTS

ブランドとして100年近い歴史を誇り、定番ワークパンツとして知られる874は、50周年を迎えた。
幅広い世代の5名のスケーターにとってDickiesとは。

トレンドセッターが語るDickiesとの出会いと現在 「YOSHIFUMI “YOPPI”EGAWA[江川芳文]」

’80年代からアメリカの歴史的コンテストに出場し日本のストリートスケートの草創期を支えてきたYOPPIこと江川芳文。
クリエイターとして活躍する現在、Dickiesとの出会いを振り返る。

 「Dickiesと聞いて思い出すのは1991年頃のことかな。サンフランシスコのBack to the Cityのコンテストに出ていた頃に、T19のみんなとサンディエゴのトレードショーに行ったことがあって。それでKマートに行ったりして……当時は40インチとか日本に売っていないDickiesを漁っていたのを覚えている」

 そう話すのは’80年代終わりからアメリカの歴史的コンテストに出場し、’90年代からストリートファッションのアイコン的存在としても知られる江川芳文。

 「当時は今のようにジャストサイズでパンツを履く流れになる前の時代だった。当時は靴紐をベルト代わりにして大きいサイズのパンツを履くのが流行っていたんだ。それでKマートでブルーグレーっぽいDickiesを見つけたんだけど、当時は874という品番なんて知ったこっちゃなかった(笑)。とにかくDickiesをみんなで漁って興奮していたね。日本で大きいサイズなんて買えなかったから。

 ちなみにトミー・ゲレロが昔にやっていたFortiesというアパレルブランドは、40インチオーバーのパンツを履くという流れが当時のスケーターの中にあったからそのブランド名になったんだ」

 飽くまでも記憶は曖昧だと言うが、おそらく初めてDickiesの存在を知ったのはRealが来日した1991年。当時チームに所属していたサルマン・アガーがDickiesを履いていたのがきっかけだったという。

XLARGE® ×Dickies Work Pants/
江川氏がXLARGE®のデザインチームに入って手がけたコラボパンツ。2タックを加えることで腰回りに余裕を持たせたデザイン。背面には両ブランドのタグが配され、フロントには従来のフックではなくスナップボタンを採用。

 「Dickiesと聞いて思い浮かぶスケーターは、もちろんサルマン・アガー、そしてリック・ハワード、ウェイド・スパイヤーとかかな。マイク・キャロルはDickiesというよりかはBen Davisのイメージ。リック・ハワードは霜降りがかった茶色とかをPlan Bのビデオとかで履いていたよね。

 あとはZ-Boysのブッチ・スタービンスとかもDickiesの印象があるし、ティム・ジャクソンなんかはカットオフしてトランクスにしていた。あとは街中のギャングスターかな……(笑)。今でこそ、みんなDickiesを履いてホワイトTeeを着ているけど…当時のLAでその格好をしてVans履いていたらどうなっちゃうか……超怖い時代だったからね(笑)」

 では、右を見ても左を見てもスケーターがDickiesを履いている昨今。Dickiesの魅力とは何なのだろうか。

 「やっぱり無骨で男っぽいところかな。あとは丈夫でなかなか壊れないのがたまらないんじゃないかな。どれだけボロくできるかっていう優越感に浸ったりとか。今はオリジナルフィットの34インチを履いているけど、スケートをするときは36インチにしたり。今は昔と比べて身体が大きくなっているから、’90年代当時に40インチを履いていたと思うと"アホだなー"って思うよね(笑)」

 このように、Dickiesにはその時代時代のサイジングやそれぞれの履き方があるわけだが、現在は一周回ってごく普通の履き方をしているとのこと。そして意外なこだわりを話してくれた。
 
「最近の自分の中での流行りは、Dickiesを洗わないこと(笑)。天日干しでファブリーズっていう魔法の水をかければOK。洗わないでパリパリのセンタープレスを保ちたいんだよね(笑)」

 そして、最後にDickiesが幅広くスケーターに受け入れられた理由について持論を聞いてみる。

「現代のスケーターにとって、Dickiesはユニフォームのような存在なんじゃない? ハズレがなくて安心できる。本当に理にかなっていると思うんだけど、安くて頑丈。子供でも大人でもDickiesを履くとスケーターのスタイルになる。だから受け入れられているんじゃないかな。Dickiesは値段が安い分、コラボをするとどうしても価格が高くなってしまうのが難点だけどね(笑)」

Hombre Niño × Dickies Military Pants/
Dickiesの生地を使ってミリタリーパンツを実現。ウエストにアジャスター、膝部分にマチ、裾にドローコードを採用し、ミリタリーテイストを演出。フラップ付きのポケットもミリタリー仕様と細部までこだわり抜かれている。

野郎臭さ。Dickiesにふさわしいスケーター「SHOR WEST[ショー・ウエスト]」

「スピードが速くなるにつれてコントロールも増すようだ」とはゴンズがカーディエルを表現した有名な言葉。
そんな言葉とDICKIESがふさわしい漢、ショー・ウエスト。

 北陸は金沢が輩出した稀有な才能、イギリス人の母と日本人の父の間に生を受けたショー・ウエスト。並ならぬトランジションスキルで注目を集め、フロウを止めることなく雄々しくトリックを繰り広げる独特のスタイル。その様は往年のジョン・カーディエルを彷彿とさせる。大きく派手な動きで、ボーンレス、フットプラント、ボディジャーなどクラシックなトリックを矢継ぎ早に決める。その姿には圧倒されてしまうほど。そんなショーも、もちろんDickiesを愛用するスケーターのひとり。

「スケーターの父ちゃんとかがDickiesを履いて仕事に行っていたとかですかね。"オレの父ちゃん、安くて動きやすいパンツ履いていたぜ! しかもサイズもシリーズもいっぱいある"。"あ! オレん家の父ちゃんも履いていたわ!"。で、みんなお下がりを親から貰った、みたいな(笑)」

 これはショーが話す、Dickiesがスケーターに愛用されるようになった経緯の持論。これはあながち否定できる説ではない。現に初めてDickiesの存在を知ったのは親が着用していたからという若いスケーターも少なくないからだ。まして、100年近い歴史を誇るDickiesなのだから、特にアメリカでは日常的な風景だったのかもしれない。そのようにして、
Dickiesがスケーターに普及したというのも頷けなくはない。

  「地元に和製エマニュエル・グズマンと呼ばれるスケーターがいるんですけど、彼がボロボロの32インチを履いていたんです。それに憧れて母ちゃんにブラックの32インチを買ってもらったのが初めてのDickiesでした。13歳の頃ですかね。そのDickiesがパンツの役割を果たさなくなるまで、ひたすら同じものを履き続けていました」

 Dickiesと聞いて連想し、スケーターとして影響を受けたのはピーター・ヒューイット。リスクを省みることなく果敢に攻めるアティチュードとスタイル。Antiheroの中でもヘッシュの代名詞とも称されるトランジションの鬼。

 以前日本橋三越で開催されたミニランプバトルでは、ジャムセッションで複数のスケーターが入り乱れる中、ショーがドロップインするとピタリとそのカオスが終結し、独壇場になっていたのが印象的だった。このようなカリスマ性と無骨な野郎臭さを放つスケーターほど、Dickiesにふさわしいスケーターと言える。そんなショーに、ずばりDickiesの魅力について聞いてみた。

 「古くから世界中でワークやファッションに使われてきたその歴史、そしてその素材ですね。パリッと履いてもよし、汚くなるまで履いてもよし。ちなみに裾は必ず2回折ります。履き続ければすごく柔らかくなって、寝間着にも、仕事にも、プライベートにも、デートにも、何にでも、どこででも履けるのが一番の魅力ですかね」

富山のタイトなフルパイプでのセッション。アールに合わせるように、オーバーハングぎみのタックニーでタイトなトランジションを攻略。

"ヘッシュ"なスケーターを体現するDICKIES「DAISUKE TANAKA[田中大輔]」

スケーターとして、アーティストとして、フォトグラファーとして’90年代からクリエイティブな活動を続けるDAIKON / DISKAHこと田中大輔。
マルチな才能を誇るこの男にとってのDickies。

 ’90年代にスケーターやアーティストで構成されたクリエイティブ集団OWNを立ち上げ、DAIKONやDISKAH名義でスケーター兼アーティストとして活動してきた田中大輔。彼がDickiesを愛用するきっかけになったのは、’80年代終わりから
’90年代初頭にかけてThrasherに掲載された1/4ページのアド。そこに写っていたスケーターが履いていたワークパンツに感銘を受けたのだという。

 「Z Productsのブッチ・スタービンス。彼が履いているのがDickiesだった。そして1990年頃にStormyの買い付けでロサンゼルスに行ったときにDickiesと出会ったという記憶があるんだけど……確かその頃すでにDickiesを履いていたんだ。初めてのDickiesをどこで手に入れたのか……」

 インターネットが普及される前の時代。Thrasherに掲載されたブッチ・スタービンスが履いているネイビーやカーキのワークパンツが印象的でDickiesに惹かれるようになっていった。

  「まずブッチの見た目にヤラれた。実際にLotte Cupで来日したときに運良く一緒にスケートできたんだけど、そのときのスピードや全部をぶっ殺しに行くようなアグレッシブなスタイル。そのすべてに影響を受けた。ブッチ以外だとアーロン・マーレーやジミー・アコスタ、ジュリアン・ストレンジャーをはじめとするAntiheroの面々、今で言うとOur Life……。日本だとやっぱり粂田憲二がDickiesと聞いて連想するスケーターだね」

 あらゆるタイプのスケーティングが受け入れられるこの現代にスケーターをカテゴライズすること自体野暮な話ではあるが、DAIKON氏が傾倒するスケーターのタイプはクリーンではなく、どちらかと言えばヘッシュの類。

 「Dickiesはいろんな人に履かれているけど、その人に馴染んでその人だけの形や色になるというか……。腰で履いてもいいし、上げて履いてもいい。その人だけのDickiesになるという印象かな。履くときのこだわりは特にない。ただ楽に履いているだけ。あまり洗わないから。ただ面倒くさいだけなんだけど…。Dickiesはあまり汚れが目立たないからいいでしょ、みたいな」

 ここ最近はDIYのボウルを仲間たちと手がけているところで、ワークウェアそのものの用途で着用しているとも言う。

 「パークを作っているときもDickieを履いているんだけど、そのときは工事現場の作業員ばりに汚れるから毎回洗うけどね。そして履き初めの頃は意外とアイロンかけるようにしている。いずれセンタープレスがなくなって、穴が空いて劣化した時点で完全に作業服かスケート用に下ろすようにしているね」

 では、Dickiesがスケーターに広まり着用されるようになった経緯とは何なのだろうか。

「スケーターよりもメキシカンギャングのほうが早かったと思う。そういう着こなしがHip-Hopやスケーターに波及していったんじゃないかな。そしてオレが見ていたDogtownやZ-Boysの人たちは土地柄、ギャングとも繋がっていただろうし。そのような流れでスケーターはDickiesを履くようになったんじゃないかな。飽くまでも持論だけどね」

SUPREME『CHERRY』が生んだニュージェネレーション「DAIKI HOSHINO[星野大喜]」

ハイウエスト、タックイン、ハイウォーター。
ポストSUPREME『CHERRY』の時代に急増するDickies愛好家たち。
これぞニュージェネレーションの表現スタイル。

 ヘッシュからフレッシュまで、今やあらゆるタイプのスケーターがこぞって愛用しているDickies。’90年代からスケーターに好まれてきたわけだが、ここ最近で爆発的にDickiesを着用するニュージェネレーションが増加したのは、2014年にリリースされたSupreme『cherry』が大きな要因となったと言っても過言ではないだろう。ここでご紹介する注目のアップカマー、星野大喜も同作に影響を受けたひとりではあるが、彼のDickiesとの出会いは実に幼少期まで遡る。

「お父さんが履いていたこともあってDickiesを初めて知りました。Dickiesを初めて履いたのは小2の頃、色はネイビーとカーキ。それから履かない時期が何年か続いたんですが、また数年前からよく履いています」

 比較的ハイウエストでシャツはタックイン。パンツの丈も俗に言う"ハイウォーター"と呼ばれる仕様で短め。これは『cherry』に登場する高感度スケーターの影響を色濃く受けたスタイルだろう。

 「Dickiesのライダーではないですけど、ショーン・パブロとかたまに履いているじゃないですか。あとはドノヴァン・ピスコポ。後はジャパンチームに加入したこともあって、Dickiesと聞けば最近だと(吉岡)賢人くんが思い浮かびます」

 彼が愛用しているのは、定番であるOriginal 874ではなく、873と呼ばれるスリムストレート。定番のブラックやネイビーだけでなく、型にはまらないチャレンジングなカラーもファッションに取り入れている。

 「ホワイトは結構、昔から履いています。あとはレッドやチェックとかも撮影のときによく履きます。丈をどうするかは色によって変えています。たとえばブラックは折っても切っても自分の中ではアリなんですけど、見た目がスッキリするのでホワイトは切ったほうがいいです。前回のSLIDERツアーで履いていたレッドは折りたかったんですけど、丈つめする時間がなかったので切りました。チェックも切ることが多いですね」

 昨年11月にはHUFのジャパンツアーに数日参加して世界のトップスケーターとの時間を満喫し、今年はドメススケートブランドのSLDへ加入。またアップカマーたちで構成されるappleクルーとの九州ツアー敢行など、さまざまな経験と露出を重ねている。そして、現在はオンラインスケートメディアVHSMAGでフルパートを撮影中とのことだ。弱冠15歳の中学3年生にして見る者を唸らすスタイリッシュなスケーティングとクールな着こなし。前途有望なニュージェネレーションの今後の活躍がこれから楽しみでならない。

ハイスピードでレッジに突っ込みエッジを削るスミスグラインド。デッキを浮かせることなくしっかりとレッジに当て込む。このように誤魔化しの効かないトリックにスタイルが光る。

クリーン&クラシック。ダリル・エンジェルとDICKIES「DARYL ANGEL[ダリル・エンジェル]」

スケートボードがスポーツとして社会的に受け入れられ始めた昨今。
その中でも大衆には理解することのできない素晴らしいスケーターが数多く存在する。
ダリル・エンジェルもそのひとり。そんな男とDickiesとの関係。

 HabitatやNike SBの看板ライダーとして活動し、クリーンなスケーティング、洗練されたトリックセレクションとスタイルで世界中に多くのファンを持つダリル・エンジェル。この男のDickiesとの出会いは、同ブランドが誕生したアメリカならではの特異なものだった。

 「小学校のときに制服を着なければならない学校に通っていたんだけど、そのときに制服として履いていたのがDickiesだった。母親が"安い"という理由でDickiesを選んだんだよ」

 このように、アメリカではDickiesが日常生活の一部として馴染んでいるのが窺える。幼少期から義務としてDickiesを履き、スケーターとして大成してからも同じパンツを履き続けるからにはそれなりの魅力がある。

 「Dickiesの魅力は誰もがそう言うだろうけど、頑丈さと何にでも合わせることができるところ。安くてシルエットも最高。シンプルなホワイトTeeと合わせるのが個人的な好みかな。何よりもセンタープレスがたまらない。874もいいけどスリムストレートを履くことが多い」

 幼少期からDickiesを愛用してきたダリルにとって、一番印象的なスケーターとはイーサン・ファウラー。1994年にStereoからリリースされた名作中の名作『A Visual Sound』のラストパートを飾った人物である。Dickiesにボタンシャツ、カーディガン、レザーシューズを合わせ、サンフランシスコの街で粋な奇行を繰り広げる。ジャズミュージックをバックに17歳のイーサンがストリートをクルージング。

 忘れてならないのは、当時はテクニカルスケート全盛の時代。そんな時代に身に着けているのが、バギーパンツではなくDickies。トレンドに逆行しながらスタイルのみで魅せる。その当時は一般的に理解されなくとも、時間が経過するにつれてその魅力が伝わる。まさに伝説のパートだ。

 現在、ダリルはロサンゼルスを拠点に撮影を重ねる日々を送っている。チームに所属するHabitat、そして自身が運営するCastle Boltsのビデオパート。シンプルな着こなしでDickiesをロックするダリルのスケーティングを堪能できる日も近そうだ。やはりクラシックなスケーティングに定評のある男には、何と言ってもDickiesが良く似合う。

なだらかなスロープに設置されたレールで魅せるスタイリッシュなスミスグラインド。絶妙な丈のDickiesが風になびく。

カメラマン:Junpei ISHIKAWA、Shinsaku ARAKAWA、Gordon DELOS SANTOS
テキスト:梶谷雅文
媒体:SLIDER 32

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