2018.10.15

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

20世紀の名車を収めた"二次元"博物館へようこそ!「THE ARCHIVE of...

H-Dを趣向するレストアラーの"究極"と評される1936年式ナックルの再生プロジェクトに挑んだ男と、それをサポートしたビルダーが巻き起こす冗談のような実話。抱腹絶倒、ご注意を。

BAD MOTHER FUCKER vs FUCKING ASSHOLE「1936 H-D EL/SPECIAL SPORT SOLO」

 ノーザンカリフォルニアの美しい森の中にひっそりと佇む、MAROON×NILE GREENの61 OHV。1936年式のH-Dを象徴する特徴的なツートンに彩られたこの1台は、SFから南下したLa Hondaという山に住むデイヴ・アリヴェンティのコレクション。蛇足だがLa Hondaはかの御大ニール・ヤングが住むRedwoodのご近所で、大木が生い茂る自然豊かな土地だ。

 Eichler homes=アイクラーホームという半世紀前のCalifでトレンドとなった当時の先端デザインの平屋住宅に住んでいる変わり者のデイヴは、長年の夢であった36プロジェクトをスタートさせる際、友人でさらに上をゆく変わり者として名高いアリゾナの旧車番長マイク・ケーンに全面的なサポートを依頼する。

 デイヴ・アリヴェンティがマイクに36ELのビルドのことで初めて電話したのは、ベイエリアではレストアの名手として知る人ぞ知るヴィンス・スパダロがリビルドした1936年のモーターとトランスミッションを譲り受けるハナシがまとまった直後だった。「OK。それでは全ての部品が揃ったらビルドに取りかかろう」とマイクは快諾。

 エンジン/ミッションと共にリムやハブ、オイルタンクとフロントフォークなどをヴィンスから譲り受けたデイヴだが、36の部品をコンプリートすることは気の遠くなる長い道のりであることに例外は無かった。

 "BAD MOTHER FUCKER"の異名を持つデイヴは、何事もフルスピードで取り掛かる。信じられないなら彼の運転する車に乗ったことがある人に聞いてみると良い。結論からいえばデイヴはなんと6週間足らずで残りの純正パーツを探して買い上げ、ほぼ全てを手中に収めた。生涯をかけてもコンプリートしないことは決して珍しくないと言われる36だが、ヤツはたった1ヶ月半という冗談みたいなスピードでそれをやってのけやがった!

 デイヴはパーツをトラックに積み込み、800マイル離れたマイク・ケーンが住むアリゾナ州ケイブクリークに向かった。無論、給油以外はノンストップで─その道中、時速94マイルでポリスに停められたが、ヤツは上手く丸め込み切符を切られることなくマイクの家に到達しやがった。

 マイクの家に着くとデイヴは36のパーツをガレージに下ろし、なんと間髪入れずまた800マイルの道のりへ走り出した。その光景を見たマイクはこう思った。「ヤツが6週間で36のパーツを集めたなら、オレはそれよりも短い時間でビルドできるはずだ──」。かくしてマイクは、プロジェクトを始めたとデイヴに知られる前にフィニッシュさせるという、あまりにもバカげた目標を立てる。

 デイヴとマイクの趣向は少し違った。デイヴはボロボロを好み、マイクはオリジナルパーツを使ってレストアし、パティーナを足したバイクが好みだった。ただメインストリームより少し違うことが好き、という点は共通項。今回のペイントはMAROON×NILE GREENだが、ツートンのパターンを純正のそれとはあえて逆パターンにして遊んだり。

 反面マイクはフェンダーやタンクに対しては完璧主義で、絶対にストレートに取り付ける。それらに完璧なペイント施し、その上でパティーナを作って遊ぶのがマイクの流儀だ。

 ビルドに取り掛かり10日ほど経った頃、デイヴから電話が入る。

 「いつ頃からプロジェクトを始める予定だ?」

 それを聞いたマイクはニヤリとしながら、しかし落ち着き払ってこう言った。

 「お前は寝ぼけているのか? 36ならもう完成するぞ」

 もちろんデイヴはマイクを信じなかった。だが結論からいえば、ビルドに取り掛かり15日目にマイク・ケーンはこの36をキッチリと仕上げた。

 「このプロジェクトに関して言えば、ドラッグは使わなかった」

とは、自らを"FUCKING ASSHOLE"と名乗る製作者の弁──。

Dave Aliventi (デイヴ・アリヴェンティ)

La Hondaという美しい山に住むモノホンの変人で、ひとは彼を"BAD MOTHER FUCKER"と呼ぶ。苦心して仕上げたこの36だが、現在は呆気なく売却した模様。AMCA幽霊部員。

1944年にサンフランシスコにて撮影されたデイヴの曾祖父。30sナックルのBobjobに座るのはデイヴの亡き母親である。キックスタンドではなくキッカーペダルで右に傾き駐輪される。

ライトカスタムこそ浮き彫りになる作り手のセンス「1971 TRIUMPH T120R/LIBERTARIA」

1971年式のボンネがベースとなるT120改。Libertariaのビルダー藤久直也とオーナー横田氏の"Triumph愛"が生み出したストリートトラッカーの秀作だ。

 凍てつく北風が吹き荒む雪原上のバーチカルツイン─。幻想的な風景に佇むこの美しいモーターサイクルは、さいたま市のTriumph専科Libertariaが1971年式のボンネビルをベースに製作した1台で、昨年末の横浜HRCSにも出展され、大英帝国二輪車党の羨望を集めたカスタムだ。

 1959年のデビュー以来、年を追うごとに進化したボンネビルだが、1971年式には"劇的"と評される大きな変更があった。当時すでにBSA傘下にあったTriumphだが、この年を境に多くのパーツがBSAと共通化されたのだ。その最たるはオイルタンク内蔵のデュープレックス・フレームで、無骨なデザインは発売当時よりTriumph信奉者の賛否の的とされたが、Libertariaが手掛けたこのT120Rの見せ場は正にそのフレームにある。

 「持ち込まれたベース車の状態がかなり悪く欠品だらけでしたが、オーナーと共に紆余曲折を経てなんとかここまでフィニッシュさせた苦心の作です」というビルダーの藤久直也。

 「ストリートを快適かつ安全に走ることを前提に、フラットトラックレーサーのスタイルを狙いました。よりレーシーなルックスを求め、オイルインフレームにはニッケルメッキを施しています」。

 内燃機へのこだわりも強いビルダー藤久はこう続けた。

 「あらゆる点で負担の多い過度なチューニングは避け、車重を軽く作る事でパワーウェイトレシオを稼ぎ走行性能を上げています。車体剛性を犠牲にしない範疇での徹底した軽量化です。個人的には車重は150kg以下に抑えてエンジンは50馬力位で。それくらいのマシンが、ストリートで気楽に楽しめるベストバランスだと思う」。

 巷では不人気と評されるオイルインフレーム車をベースに、複雑なモディファイにも頼らず、果たしてどれだけ魅せられるのか─。ライトカスタムとあなどる無かれ。ビルダーの非凡なセンスがクッキリと浮き彫りになるボンネビルだ。

排気量650ccのT120RユニットエンジンはLibertariaで入念にプリペアされている。吸気機はAmal930を2連装、排気管はOld MCM TT PIPEを選択。プライマリーカバー前面に施されたドリルド加工はオーナー横田氏の仕事。

伊国セリアーニのOLD GPフォークにカンリン製のダブルパネルドラムを用いゴージャスなセットアップが目を引くフロントエンド。前後アルミのハイショルダーリムはF19/R18を選択。タイヤは前後共にダンロップK180。タンク&シートカウルはレース用のファイバー製で塗装はオーナーが、レタリングはPots Designが担当。

3CROWS HAVE LANDED IN JAPAN!!「1947 H-D EL/SPECIAL SPORT SOLO SEMBA」

晴れ渡る生駒の山頂に、ヒラリと舞い降りた47EL。ホームメイドのハンドルや超絶レアなH-D Genuineのホイールロック、Beck製のコイルなどマニアを唸らせるディテールも見所。

 とある年の3月10日(土)、 11日(日)、東大阪のセンバが3台のナックルヘッドを引っさげ、Wesco世田谷のショールームでこれまでにないコンセプチュアルな展示会を企画していた。

 「今年に入ってから2台のナックルが入庫したのですが、共に甲乙つけがたい良い雰囲気の車両で。偶然の一致だったのですが、双方47年式で黒の外装だった。その2台をショールームに並べ眺めていた時、コレクションとしてストックしていたグライドフォークが付くもう1台の黒の47の存在を思い出したんです──」。

そう語るのは、言わずと知れたセンバの代表・岡田 学氏。

 互いを引き寄せ合うように東大阪に舞い降りた47 Blackies。旧車の殿堂にそろい踏みした3台。筆舌に尽くし難い迫力を放つナックルたちを目の当たりにした瞬間、岡田氏の脳裏をよぎったのは"3羽のカラス"だった──。

 「単体でも見応えはある車両ですが、同色同年式であるこの3台をセットで並べた時の得も言われぬオーラは、他ではまず見られない圧倒的な迫力があります。Wesco世田谷でも展示するので、全国のヴィンテージH-Dのファンにぜひ見て欲しい」。

 ご覧の47ELは"三羽鴉"の中でも特に風格を漂わす1台で、岡田氏自身のフェイバリットでもある。

「数年前に納屋から出された時、車体にハチが大きな巣を作っていて、Mud Dauber(=ジガ蜂)と呼ばれていたワンオーナーの物件。この47ELは久々にビッときまして、当面は愛機として楽しむ予定です」。

 センバの大将も惚れ込む実に良い雰囲気の47ELだが、車体に取り付けられた細かなパーツにも興味は尽きない。純正のハリウッドバーをベースとなるホームメイドのハンドルバーはラバーマウントの優れモノ。スプリンガーのフロントレグに付く見慣れぬ金具は、盗難防止のホイールロックでH-D純正部品である。参考までにこのロック、数年前にネット上で5,000ドルで売られていたとか……このパーツひとつとっても"一見の価値有り"なのは、もはや疑いようのない事実。

 "三羽鴉"が東京に舞い降りた─。

排気量61ci=1,000ccのOHVモーターを搭載する47EL。ヘッドライトバイザーやキッカーペダル、グリップなどの見慣れぬ装備は詳細不明ながらが往時のアフターパーツと推測される。電球を内蔵するフロントフェンダーチップやリアフェンダー上のラゲッジキャリアはNation製。

1940年代に純正指定された超絶レアなホイールロック。

スプリンガーのフロントレグに装着された銀色の部品に注目。盗難防止のホイールロックで、停車時はロックに折りたたまれていた金属製のバーをホールを通してロックする。滅多に見られないレアパーツだが、H-D純正パーツリストにも"Positive Motorcycle Lock"としてラインナップされる。参考までに、当時の販売価格5.75ドルだった。

カメラ:Ken Nagahara、Kentaro Yamada
テキスト:Gonz
媒体:ROLLER 26

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