2018.07.19

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

人類史上最大の戦争中に生産されたモデル「1940 H-D EL/SPECIAL ...

カスタム黎明期を今に伝えるBobberの始祖。記憶に留めたい歴史遺産。

オーナーの安井氏が車両と共に譲り受けたドキュメントの中に含まれていた写真。オリジナルオーナーが車両を手に入れたと思しき1945年に撮影。特異な形状のハンドルがハッキリと確認できる。

新車購入時にオーナーに手渡されたH-D Genuineのサービスマニュアルも残されている。始動用法からディテ ールの解説、電気図、トラブルシューティングまでが記載されている。

 かのアドルフ・ヒトラーが率いた国家社会主義ドイツ労働者党によるポーランド侵攻及び、英仏によるナチスへの宣戦布告で口火を切った第二次世界大戦。そして大日本帝国海軍によるアメリカ海軍の拠点、ハワイ州オワフ島パールハーバーへの奇襲攻撃が引き金となった太平洋戦争。このふたつの事変より波及し、1939~1945年の6年に及ぶ人類史上最大規模の大戦、World WarⅡの最中に生産されたのがご覧のH-D 61OHVモデルだ。

 オーナーの FREEWHEELERS 安井篤曰く、

「この1940ELは私がコレクトするヴィンテージバイクの中でもズバ抜けた希少価値を持っています。車両と共に残されたドキュメントから少なくとも1945年から1997年までカリフォルニアのある家族が所有し続けていたことが確認できるのですが、購入当時に撮影された写真まで残っているのは極めて稀でしょう」
 
 上に掲載した写真がそれで、端に1945と記されている。車両と見比べるとシートやバッグこそ異なれど、クロームの輝く特異な形状のハンドルやフリップエンドしたサイレンサーも確認できる。
 
 参考までに。この40ELは1957年まで実働した記録が残っているが、何らかの理由で以後40年間長い眠りにつく。しかし、だからこそエクステリアを彩るH-Dのオリジナルブラックや、それに映えるティアドロップ・ネームプレートとFlight Redのピンストライプまで、工場出荷時のディテールが完璧な状態で保持されたのだろう。

「名も知れぬ無類のバイク狂とその家族により大切にされてきた1台。大げさに聞こえるかも知れませんが、例えば1940年式より採用されたこのツールボックスのクロームに浮かぶ錆ひとつとっても、私にはアメリカの歴史そのもの。だからこそヴィンテージバイクを所有することは、歴史的遺産を保持し後世に残すことと同義と考えています」
 
 1936年から47年まで生産されたナックルヘッドは、年を追うごとに細かくアップデートしたことでも知られるが、オーナー曰く

「1940年式は30年代から40年代へ推移する際の過渡期ならではのミステリアスなプロフィールも興味をそそられるポイント」

とのこと。
 
 スピードを追求したレース仕様に端を発し、そこにドレスアップ&ストリップダウンという美意識が加味され、後のBobberやCutdownに発展するカスタムバイクの変遷。WWⅡを擁する1940sというオブスキュアな時代より生き残ったこの1940 ELは、極めて高い純正度を誇るだけでなく、カスタム黎明期を今に伝えるBobberの始祖として記憶に留めたい歴史遺産である─。

ROLLER magazine vol.15

1945年にカリフォルニア州が発行したナンバープレー ト。"Black Plate"と聞いて心踊るのは、重度の旧車狂のウイルスキャリアである。

30sナックルならではのアウトラインを構成するファクターに、ネック角28度のフレームと前後18インチのタイヤサイズが挙げられるが、この40ELは28度のフレームながら前後16インチのGood Year EAGLEがセットされている。遺された文献によれば、往時ディーラーでは5ドルのエクストラチェージで5.00×16サイズのリム&タイヤに換装できた。フロントホイールキャップは"Ripple Press"と呼ばれるアフターパーツ。

この40年式を独自の個性を与えているのが補強付きで幅の狭いハンドル。オーナー曰く「BECKのプロダクトにも似たようなタイプが存在するのですが、実際に見比べると違う。アフターパーツがまだ存在しなかった40年代初頭のワンメイクでしょう。オリジナルオーナーはかなりのライディングスキルとセンスの持ち主だったはずです(笑)」。

NEWS of ROLLER magazine

ARCHIVES

RANKING

POPULAR TAG

NEWS

SEARCH