2018.08.22

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

「VANS HALF CAB 25TH ANNIVERSARY」

BIRTH OF AN ICON──ストリートスケーターの声によって産み落とされたアイコン的スケートシューズ。VANSのベストセラーとして何世代にもわたり愛され続けてきた。そんなHALF CABの25thアニバーサリーイヤーのインタビュー集。まさしくスケートコミュニティの文化遺産である。

名作シグネチャーモデルの生みの親「STEVE CABALLERO」

スケートシューズブランドの成功の裏にはライダーの意見がある。
時代の潮流やトレンドに取り残されることなく柔軟な思考と行動によって歴史的名作が誕生した。
スティーブ・キャバレロが産み落とした文化遺産HALF CABの25年を振り返る。

Steve Caballero/
1964年11月8日生まれ。カリフォルニア州サンノゼ出身。’80年代にPowell Peraltaが擁するボーンズブリゲードの一員として一世を風靡。’92年にVansよりリリースしたシグネチャーモデル、Half Cabは今日もベストセラーとして愛され続けている。52歳にして現役プロとしてキャリアを更新中。

 Vansに正式加入したのはスケートシューズではなくNikeのAir Jordan、PumaやConverseを履いていた’88年。かつてトニー・アルヴァやステイシー・ペラルタといったレジェンドたちがスケートコミュニティを席巻した時代を経てVansが一時期スケートから離れていた時代。Vansがスケートコミュニティにカムバックするために必要なライダーとして白羽の矢が立ったのが、当時スケート誌を賑わしていたスティーブ・キャバレロだった。

「実はもともとVansを’77年から’85年までずっと履いていたんだ。でも、当時はスケーターをプロフェッショナルとして正式にサポートすることをしなかったこともあって、他のシューズを履くようになった。Vansと正式に契約を結んだのは’88年。それからだよ。Vansと骨を埋める覚悟を決めたのは」

 それから約30年。一度もシューズスポンサーを変えることなく、その言葉通り忠誠を誓い、Vansとともにキャリアを歩んできた。

「Vansはライダーの意見を聞きながらスケートコミュニティに多くを還元し続けてきた。スティーブ・ヴァン・ドーレンがいるからこそVansはスケートマインドな姿勢を貫くことができている。Vansは彼の父親が’66年に立ち上げたブランドだからプライドがあるんだよ。ずっとスケートコミュニティをサポートすることに全力を尽くしている」

 そんなVansの歴史の中でも重要なリリースのひとつが、キャバレロのシグネチャーモデルの第2弾であるHalf Cab。しかし、この名作モデルを語るには、まず’92年のリリースから12年遡らなければならない。

「オレが15歳の頃、’80年にあるトリックを編み出したんだ。当時はすでにトッププロとして活躍していて、存在するトリックをすべてといっていいほどマスターしていた。そうなると同じトリックに飽きてしまって新しいことがしたくなるものだ。そうして、プールでフェイキー360オーリーのアイデアが浮かんだ。何ヵ月もかけてようやくメイクし、コンテストで披露した。もちろん、そのコンテストは優勝。

 そして、そのトリックは"キャバレリアル"と呼ばれるようになった。さらにその数年後にケビン・スターブがキャバレリアルの180°、つまりその半回転版を編み出した。オレのトリックのハーフということでそのトリックは"ハーフキャブ"と命名されたんだ。それが’83年のことだ」

 それから9年後にHalf Cabがリリース。これは’89年にリリースされたキャバレロの初シグネチャーモデルCaballeroをミッドカットにしたものであり、主にストリートスケーターの間で爆発的ヒットを記録した。

キャバレロの足元にはもちろんHalf Cab。これまでにさまざまなカラーウェイやコラボレーションがリリースされてきた。スケートコミュニティで25年間も愛され続けてきた名作モデル。

「Half Cabが25年も愛され続けたと改めて考えると、本当に光栄で幸せに思う」

「Half Cabはストリートスケーターのトレンドによって生まれたモデルだ。バーチカルが全盛の’80年代が終わり、時代は’90年代に突入して、多くのストリートスケーターたちがハイカットのCaballeroを履いていた。そして、はっきりと誰かは覚えていないけど、当時のストリートスケーターのひとりがトップ部分を切ってミッドカットにして履き始めたんだ。切った部分にダクトテープやステッカーを貼ってね。それがブームになり、スケートパークで見かけるようになった。

 さらにそれは次第に雑誌でも見るようになり、"オレもあんなふうに切りたい!"と思って実際にミッドカットに切ってみた。3足ほど切って履いたんだけど、どうせならVansと話してCaballeroを改良すればいいと思った。そうして9年前に発明されたトリックの名前を借りてCaballeroの半分を意味するHalf Cabと名づけたんだよ」

 名作モデルにはアイコン的なロゴが必要ということで思いを巡らせた。その結果、自身が披露するハーフキャブのシルエットをロゴに採用。ライダーの意見を取り入れることにより、スケート史に残る名作モデルが誕生した。それ以降さまざまなカラーウェイがリリースされ、ストリートスケーターの間でBESTシューズと謳われるほどのモデルとなった。その後の話はみなさんのご想像どおり。

「Half Cabが25年も愛され続けたと改めて考えると、本当に光栄で幸せに思う。今でもスケーターに好評だし、スケーター以外の人にも愛されている。ファッション的にもクールだし、スケートというカルチャーに深く染みついている。これこそスケーターによるスケーターのためのシューズだと思う」

 '12年にはHalf Cabの20周年として、そのまる1年を同モデルのプロモーションに費やすという一大プロジェクトが行われた。MetallicaやアーティストたちとのコラボHalf Cabがリリースされ、さまざまな形で名作モデルの節目が祝われた。このように大掛かりなアニバーサリープロジェクトが行われるのは、Vansの中でもHalf Cabだけではないだろうか。Half Cabは、Vansだけでなく、スケートコミュニティにとっても極めて重要なモデルなのである。

 そして特筆すべきは、キャバレロが50歳を越えた今なお現役プロライダーとして活躍し続けているということ。5月に開催されたVans Pool Partyのレジェンドクラスでは見事優勝を果たしている。コンビプールのトランジションを舐めるようにカービングしながらコーピングを流す素晴らしいラインを披露している。

「長い間現役を貫く秘訣? それはスケートとしっかりと向き合うこと。練習を欠かさず、身体を健康に保つこと。目標を立てて集中力を切らさないこと。オレにとっての目標は、最低でも現状の維持、またはこれまでにできたトリックを覚え直すこと。ドラッグもやらないし酒も飲まない。ただただスケートと向き合いたいんだ。

 それにコンテストで育ったから、それがモチベーションにもなっている。スケートに年齢は関係ない。オレは52歳でまだまだやれる。スケートをやめてしまった大人たちにまたスケートボードを手に取るきっかけを作ることができればと思っている」

 このようなプロフェッショナルとしてのメンタリティもまた、Half Cabが25年も存続し続けることができた理由かもしれない。Vansが残したスケートコミュニティの文化遺産。スティーブ・キャバレロのプロフェッショナルとしてのレガシーもまた、この先もなお語り継がれていく。

Vansのスケートパーク通称"ザ・ブロック"のコンビプールで魅せるフロントインバート。

VANSをスケートシューズブランドに変えた男「TONY ALVA」

何事にも始まりがある。
VANSがスケートシューズブランドとして50年も愛され続けたのはこのレジェンドの存在があったからこそ。
VANSとスケートとをリンクさせたトニー・アルヴァ。
スケート史にその名を刻む革命家。

バックヤードプールでゴリゴリとコーピングを削るフロントサイドグラインド。このようなプールスケーティングがアルヴァの武器。ただ昔は不法侵入でイリーガルに廃プールを制覇してきた。

 Vansとスケートを融合させた張本人。それがこの男、Z-Boysの顔役として知られるレジェンド、トニー・アルヴァ。

「Vansをスケートで履き始めたきっかけは、オレらがリスペクトしていたサーファーたちがVansを履いていたから。さらにワッフルソールのグリップが強力で、グリップテープを貼っていなかった当時のデッキでも滑ることなく乗ることができた。その頃はシューズをペアではなく1足ずつ購入することができたから、スケーターにとっては最高だったんだ。テール側の後ろ足だけがボロボロになるから。そして、オレらがVansに本格的にスケートシューズを作るように提案したんだよ」

 それがスケートシューズブランドとしてのVansの始まりだった。悪名高きヴェニスビーチで培われたスタイルを誇るアルヴァの取り組みによってその歴史が始まった。

「Vansとはこれまでにさまざまなプロジェクトを形にしてきた。クラシックなモデルとコラボをしたり、ジェフ・ロウリーとSyndicateのモデルをリリースしたり。でも、その中でもVansが協賛した『DOGTOWN & Z-BOYS』のドキュメンタリー作品が一番印象的だ。なんせサンダンス映画祭で2001年度のベストドキュメンタリー賞に輝いたんだから。スケートシーンで起こしたオレたちの革命を世界中に知らしめたんだ」

 スポーツライクだったスケートに"スタイル"という重要なエレメントを取り入れ、シーンに大革命をもたらした。スケーターの持つ不良なアティチュードは、この男がオリジナルメンバーとして名を連ねたZ-BOYSから何世代にも渡って現代に継承されてきたものだと言っても過言ではない。

「スケートとはクリエイティブで自由なものだ。ルールなんて存在しないし、良いも悪いもない。その本質は抽象的な自己表現。過去や未来にとらわれることなく、その瞬間瞬間を生きる術。Vansはこういったオレの活動を’60年代からサポートし続けてくれてきたってわけだ」

 それはアルヴァが’60年代からずっと変わることなくスケートと向かい合い続けてきたからでもある。

「パワーがすべて。オレの育ったドッグタウンは、パワー、スタイル、美しさ、勇気、自信で満ち溢れた場所だ。それがオレたちスケーターのあるべき姿なんだよ」

 世界最年長の現役スケーター。"OFF THE WALL"、つまり既成概念にとらわれない型破りなライフスタイルを謳歌するトニー・アルヴァこそ、Vansの真のレジェンドである。

TONY ALVA/
1957年9月2日生まれ、カリフォルニア州サンタモニカ出身。悪名高きZ-BOYSのオリジナルメンバーにして、スケートシーンにスタイルを持ち込んだ革命家。Vansをスケートに適応させたスケーターのひとりであり、世界最年長の現役スケーターとしても知られている。

VANSに捧げた42年のスケートキャリア「ERIC DRESSEN」

無骨な荒くれ者のスタイルで’80年代にコンテストを総ナメに。
それ以降、スケートのトレンドの移り変わりとともに紆余曲折を繰り返しながら波乱万丈なスケートキャリアを歩んできた。
42年のスケートライフでひとつだけ変わらないことそれは足元にずっと携えてきたVANSの存在。

ERIC DRESSEN/
1967年6月16日生まれ。ロサンゼルス出身。12歳でプロに転向し、’89年にSanta Cruzに加入。無骨なスタイルで人気を集めるレジェンドスケーター。最近、Vansのレジェンドチームに迎え入れられ、スケートの殿堂入りを果たしたばかり。タトゥーアーティストとしても活動中。

 Vansを初めて履いたのは1975年、8歳の頃。その頃の記憶はしっかりと脳裏に焼きついている。それからずっとVans。かれこれ40年以上もVansを履き続けているという計算だ。

「ずっとVansを履いてきたけど、最近、正式にレジェンドチームに迎え入れられたんだ。40年以上も履き続けてきて、オレは本当にVansが好きでたまらないことを最近再確認している。Vansはまさにオレの人生の一部だ。ただのシューズではなく、オレのスケーターとしてのアイデンティティそのもの。オレの仲間たちも、子どもが生まれるとまずキッズ用のVansを買うんだ。マジで素晴らしいことだと思う」

 かつてはVansのハイエンドラインであるSyndicateの一員として活動し、コラボモデルをリリースした経歴も持つ。日本のスケートシーンやバイクシーンに多大な影響を受けているということで、日本人スケーターに向けてデザインしたものだったということだ。

「オレは人生のほとんどをスケートに費やしてきた。もうスケートを始めて40年以上経つけど、初めてボードに乗った日にこれがオレのやりたいことだと確信していたんだ。オレは人生をスケートに捧げた男だ。スケートがなければオレの人生はクソだ。わかるだろう? スケートがあるからこそ正気を保つことができる。スケートがすべてなんだ。50歳を超えた今も、朝起きてすぐにしたいのがスケートだ。スケートがオレの人生そのものなんだよ」

 2年前の5月にスケートコミュニティの殿堂入りを果たしたばかり。荒々しい無骨な極悪スタイルとアグレッション。重心を低く保ち、重厚な戦車のようにテラインを力強くヒットする。’80年代にコンテストを総ナメにし、テクニカルなトレンドが主流となった’90年代にドラッグやパーティに溺れてシーンを一時的に離れ、’00年代に見事復活。さまざまな浮き沈みを経験しながら歩んできたスケートキャリアを振り返ると、名誉あるスケートコミュニティの殿堂入りを果たしたことは自身にとって非常に感慨深いことだろう。

「この歳になって、これまで以上に世界を旅していろんな経験ができている。40年超のキャリアの中で一番忙しいのが今なんだ。こんな光栄なことはない。さっきも言ったようにVansのレジェンドチームに迎え入れられたし、Santa Cruzのチームコーチとしても若手をサポートできている。オレがかつてDogtownのジム・ミュアーに連れられてコンテストに出場したように、今はオレがジムの立場でスケーターを支えることができているんだ」

 インタビューを終えると、一息置いて宙を仰ぎ、もう一度ICレコーダーをONにしてほしいと言った。ひとつだけ言い忘れたことがあるということだ。

「ひとつだけ最後に言いたいことがある。カウボーイが"死ぬときはブーツを履いていたい"と言うだろう? それと同じように、オレは死ぬときにVansを履いていたいと思う。いつかこれをスケートメディアで言いたいと思っていたからうれしいよ(笑)」

スタイル出まくりのスラッピー。このスタイルこそがこの男の最大の武器。

誕生から25年以上経った現在も愛されるハーフキャブの最新ラインナップ「HALF CAB NEW STYLES」

オリジナルは1992年リリース。
スティーブ・キャバレロのシグネチャーモデルにしてスケートシューズのマスターピースであるハーフキャブの最新モデルがここに登場。
今回はエンボス加工でスネーク柄を表現したスペシャルなモデルと素材や配色にこだわった2モデルをチェック。

手前/
HALF CAB SNAKE/スエードのアッパーにエンボスでスネーク柄を表現したHalf Cabの最新モデル。ブラック&ホワイトを効果的に用いた配色がクール。チェッカー柄を表現したシューレースもポイント。

奥/
HALF CAB SNAKE/アッパーにライトグリーンのスエードを採用。明るい色味のスエードを採用することにより、型押しの蛇の鱗柄がよりはっきり表現されシューズに豊かな表情を演出している。

手前/
HALF CAB PORT ROYALE/高級感のあるスエード素材を使用したPORT ROYALE。深みのあるアッパーのスエードの上を縦横無尽に走るホワイトのステッチがさわやかな印象。これぞスケシューのマスターピースといえよう。

奥/
HALF CAB DELFT/鮮やかなスカイブルーのスエード生地を採用することでこれまでのHalf Cabとは一味違う印象を与えてくれるDELFT。足元を鮮やかに演出するならこのモデルに決まり。ブラックのタグもGOOD。

カメラマン:Junpei ISHIKAWA
テキスト:Masafumi KAJITANI
媒体:SLIDER 31

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