2018.09.20

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

Hand made pottery. 地元の土を捏ね、薪で焼く陶芸家の暮らし。「...

ポートランドのダウンタウンからクルマでわずか30分。緑あふれる豊かな森の中にある2,400坪もの敷地には、陶芸家ケン・ピンカス氏の手作り窯や、奥様自慢の菜園がある、学ぶべき豊かな暮らしがあった。

ポートランド産にこだわった陶器作り

土、釉薬もMade in PORTLAND

ケン氏が愛用しているのは、ダナーの「BULL RUN 2」。陶芸作業にも似合うシンプルなワークブーツだ。

 今回の特集を作るにあたり、通訳をしていただいたのが、ダナー本社に勤めるサーシャ・小沢・ピンカスさん。じつは彼、ポートランド郊外で陶芸家のお父様と通訳であるお母様と暮らしており、ご自身はもちろんのこと、お父さんも大のダナー好きであるのだ。

 「いらっしゃい、ちょうど今から粘土をこねるところだから、是非見てってくださいね」

朝10時にご自宅を訪れると、お父様のケン氏が日本語で出迎えてくれた。ペンドルトンのネルシャツにダナーのブーツ、あごひげがとても似合っている。

 案内された工房は、大工さんとケン氏が二人で前にお住まいだった家の敷地に建てたもの。10年前この土地に引っ越した際、建物ごとリフトアップして移築したそうだ。なんでも、その工房を建築する際、基礎を堀ったところ良質な赤粘土が出たため、それを掘り起こして今でも作品に使用するのだとか。ポートランドで採れた土をこね、地元で育った木を薪にしてその灰を釉薬とするなど、彼は地元の材料を使った、陶器作りにもこだわっている。

 「メインはジョージアやカリフォルニア州の粘土を使っています。備前や信楽、日本でも焼き物の産地はいい粘土がたくさん採れますがポートランドでも探せばいい粘土が採れるんですよね」

ろくろに集中するケン氏。この作業の間を見て、窯の温度のチェックに行くなど繊細さが必要だ。

真っ赤な採れたてのビーツ

奥様の小沢弘子さん。「ビーツ食べたことないの? 美味しいわよ!」

使い込まれたスコップ。畑は金網で防御しないと、すべてが鹿のエサに!

産みたてタマゴも新鮮そのもの

丸々と太ったニワトリは、お隣さんで飼ってるもの。新鮮な卵をよく分けていただくのだそう。

 この日はガス窯を使っての素焼き作業。すぐ奥には薪を使う薪窯もあるが、夏のポートランドはとても乾燥しているため、ちょっとした火の粉が山火事になる恐れがあり、使わないのだそうだ。

 ただ、薪窯は薪が燃焼する際に出る灰が自然釉となり、焼き物に色々な表情をつけるため、それが大きな魅力となる。しかし、連続で35時間もの間薪を焚き続けるため、冬のワンシーズンでも大量の薪が必要となるのだそうだ。現在ケン氏が暮らすこの森では、木がふんだんに生い茂るため薪に困ることがない。彼がこの土地を選んだのも、そんな理由からであった。

 カリフォルニア大学で、物理、化学を専攻していたケン氏だが、アーツ&クラフツの歴史という講義を受講したことが陶芸家へのきっかけとなる。ヨーロッパの工芸、中国や日本の陶芸の歴史を学ぶうち、アジアの焼き物に興味を持ち、いつか日本に行き陶芸の道に進みたいと夢見るようになったそうだ。

 大学を卒業し、家業を手伝っていたものの、しばらくすると多治見の窯元の出身だという日本人に偶然知り合うこととなる。本人は建築学を学びに渡米したということで、家業の焼き物には全く興味がないため、ケン氏に「是非家族に会いに行ってくれ!」とこういうことになったようだ。

 その後、多治見で2年修行したのち、美濃の代表的な陶芸家である吉田喜彦さんに3年間弟子入り。日本で現在の奥様である弘子さんと結婚し、その後アメリカに帰国し母国でも何年か陶芸の修行をすることとなる。

「吉田さんのお陰で焼き物の道を歩けるようになりましたね」

とはケン氏。

 1990年に最初の自宅を建てると、陶芸の作業場とガス窯を建築。その5年後に念願の薪窯を建築した。

 「日本の陶器とアメリカの陶器では、生活スタイルや習慣の違いで、器の形が違うっていうのがありますよね。でも、味わいも違うんです。日本の技術は繊細で、粘土そのままの美しさを大事にしていますね。ただ私は、アメリカで日本の焼き物を作りたいわけではなく、使いやすく、キレイに見えるように、自分スタイルのものを制作していこうと考えています」

カボチャもすくすく育ち、ハロウィンの頃には立派なオバケパンプキンができあがる。

PHOTO&TEXT:Soichi Kageyama

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