2019.01.16

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

歴代オーナーの愛情も引き継がれるフルオリジナルのスプリットウィンドウ。

2015年10月、FLAT4の主催で開催されたビンテージVWの祭典「4.クラシシェスVWトレッフェンinジャパン」で弊誌『Let's Play VWs』アワードにセレクトさせていただいた1951年型スプリットウィンドウ。65年前に生産された個体にも関わらず、内外装にオリジナルが残る、素晴らしいコンディションを維持している1台だ。

 「4.クラシシェスVWトレッフェンinジャパン」にて、弊誌『LET'S PLAY VWs』初代編集長、B滝こと滝澤隆久がLet'sPlayVWsアワードにセレクトした、1951年型スプリットウィンドウ『1951 Type 11C』。エクステリアはそのほとんどがオリジナルペイント、さらにインテリアのシートやドアパネルも張り替えなしのフルオリジナルという、奇跡的まさにサバイバーと呼ぶに相応しい1台だ。

 現車はドイツ、ウルフスブルグのファクトリーを1951年2月にラインオフ後、スウェーデンにデリバリーされた個体で、その後アメリカへ渡り、約10年ほど前、FLAT4によって日本へ輸入されたというヒストリーを持つ1台である。1951年型ではあるが2月生産の初期モデルであるため、4月以降に採用されたクロッチクーラー、フロントフードに装着されるウルフスブルグクレストもなく、そのディテールは1950年モデルに近いのが特徴である。

 現在この1951年型スプリットウィンドウを所有する村木氏は、日本で4代目のオーナーだ。村木氏は今から30年以上前、自身が高校生だった頃に、地元の先輩たちの多くがキャルルックカスタムしたビートルをドライブしていた影響を受け、VWに強い憧れを抱いていた。村木氏も免許を取得して1963年型のラグトップを購入。以来30年以上VWの世界にどっぷりと填まりながら、3台目に巡り会った1台がこの1951年型。18歳の時から夢見ていたスプリットウィンドウ、しかもオリジナル度の非常に高い貴重な1台を引き継ぐことになったのだ。

 2015年の1月に村木氏の元にやって来た1951年型スプリットウィンドウ。エンジンとトランスミッションもナンバーマッチのオリジナルという個体で、村木氏自身も現在親交がある前々オーナーの元でキッチリと手が掛けられており、機関面では全く手の掛からない完調な状態が維持されている。村木氏は今日まで65年間素晴らしい状態でキープされてきた、オリジナルのエクステリアとインテリアを末永く維持して行くべく、日々愛情を注いでいる。

 村木氏にとってVWは若い頃からそばにいる当たり前のような存在。それはまるで奥様のような大事なパートナー。今後はこの1951年型に当時ものの珍しいキャリアやオプションのラジオ、さらにグローブボックスリッドなどのアクセサリーなどを装着しながら、スプリットウィンドウの世界にとっぷり填まろうと妄想中。さらに最近では若い頃にVWに乗っていた幼なじみも再びVWにで戻ってきており、ツーリングやイベントなどにこのスプリットウィンドウを駆り出してエンジョイしている。

スウェーデンで良く用いられていたオプションのシートとドアパネルのカバーが、恐らく装着されていたのかもしれない。それほどに素晴らしいコンディションが今日まで維持されている。

トランクエリアのカーブボードも、全てオリジナルが維持されている。オプションのHazetツールキットに加え、オリジナルのジャッキやツールも欠品なし。

カーペットやラバーマットも、全て当時備わっていたものが素晴らしいコンディションだ。

エンジンは1,131ccの25馬力エンジン。コーヒー缶のような形状のT型エアクリーナは、一部アメリカ向けを除いて、1949年後期から1953年に採用されていた。エアフィルターは中にヘア状の金属繊維が入っており、20番のオイルで浸すことによってフィルター効果を得ている。ディストリビューターは、25馬力エンジンで採用されていたフラットトップ型のVE 4 BRS 383。1953年型のオーバルウィンドウまで採用されている。

スペアタイヤが収まるエリアに設置されているマニュファクチャラープレートには、工場で付けられた紙製のタグが残っている。

text&photo/Shin WATANABE 渡辺慎介
媒体:LetsPlayVWs 49

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