2019.01.29

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

本場ドイツから遥か離れた、VWの宝庫。「VW TREFFEN MEXICO」

メキシコモデル独自のディテールをチェック

Eliut Varasと奥様の1966年型タイプ1。メキシコモデルには1,300ccはなく1,200ccだった。

メキシコではタイプ181も生産されていたが、トレッフェンにも多くのThingが登場。Grau一家所有の1976年型。

メキシコシティ中心にあるメトロポリタン大聖堂コンスティトゥシオン広場には、かつて乗車待ちのビートルタクシーがギッシリと並んでいたそうだ。

最近になってコレクターがアメリカから輸入した、ノンレストアの1956年型オーバル。

長年ビートル生産国だっただけあり、スワップミートエリアも充実。今でも様々なパーツが流通している

MEXICO TAXI

 メキシコ中を5万台以上走り回っていたVWビートルのタクシーは、2012年一杯で登録の更新が行われないことがアナウンスされ、事実上の引退勧告となり、そのほとんどはスクラップヤードへ送られることになった。現在は一部の払い下げられた車両を見ることができるだけだ。

MEXICO ONLY

 1964年から100%現地生産が行われたメキシコのビートル。このためドイツモデルとは違う独自の改良も行われ、独自のディテールも数多く存在する。ごく一部だが、奥よりバンパーサイドエクステンション、高年式用5穴ホイール、灰皿トレイを交換して装着できるFMラジオ、1964−66用と1967用を足して2で割ったようなハイブリッドのようなエンジンリッド、さらに1970年以降(ドイツモデルは1968以降)用にも設定があったダブルバンパーなど、多義に渡って興味深い。

国民車開発の過程で製作されたプロトタイプ1937年に、ビートルの基本性能が確立されていた「1937 VW30」

 VW トレッフェン・メキシコにはドイツ本国のVW がウルフスブルグで運営しているテーマパーク、アウトシュタットの全面サポートの元、プロトタイプのVW30 がはるばる送り込まれた。本誌は幸運にもこのVW30 のステアリングを託されることになった。

 ドイツの国家プロジェクトとして、国民車フォルクスワーゲンの開発を進めていたポルシェ博士は、V1、V2、V3のプロトタイプを経て、1937年に、より改良を加えたプロトタイプVW30を完成させる。ポルシェ博士の設計図を元に車両の製作を行ったのはダイムラー・ベンツであった。当時30台製作されたVW30は、ヒトラーの親衛隊によって過酷なテストドライブに掛けられることになる。

 テスト走行は延べ230万kmを超えるという想像を絶するもので、技術的な問題点が徹底的に洗い出され、蓄積されたデータは次に開発されるプロトタイプVW38へ生かされることになる。当時製作されたプロトタイプは試験走行が完了したのち、全て廃棄処分されている。

 メキシコのVWトレッフェンで独自取材が叶ったVW30。現車はVW自身が、アーカイブとして残されていたオリジナルの設計図を元に、細部まで忠実に再現したレプリカである。2003年に2台製作されたうちの1台で、現車は普段、ウルフスブルグのアウトシュタットに展示されている。そして、もう1台はベルギー、ブリュッセルにあるVWインポーター、D’Ieteren本社にある自社ミュージアムで大切に保管されている。

 レプリカとはいうものの、VW自身がオリジナルを忠実に製作した、会社の宝ともいえる貴重なプロトタイプモデルのVW30。今回弊誌『LET'S PLAY VWs』は幸運にもそのVW30のキーを預かり、ステアリングを託されることになった。ドライブが許されるのは短時間かつVWトレッフェン会場構内のみという極めて限定的なものであったが、筆者にとってはもう充分以上であった。五感を研ぎ澄ませながら、スーサイドドアを開け、VW30の運転席へ乗り込むことにした。

 シートはスプリングも無くシートフレームにシート素材を張ることによって座面テンションを得る極めてシンプルな作りだが、沈み込みも無く意外な程快適だ。着座位置はビートルと比べると明らかに低いものの、床から生えるABCペダル、シフターとウィンドシールドとの距離感、窓ごしに広がる光景はビートルと極めて似ている。

text & photo:Shin WATANABE 渡辺慎介
媒体:LetsPlayVWs 49

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