2019.07.04

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

Wonderful Life with Volkswagen「Case 5 : ...

フォルクスワーゲンって素晴らしい!モデルごと、個体ごと、オーナーごとに個性は千差万別なのだけれど、不思議と共通していることがある。それは、誰もがついついVWを大好きになってしまうことと、そんなVWと一緒にいる人生が楽しくてハッピーで仕方ないということ。みんなの笑顔を見てみよう!

できない理由ではなく、可能にするための工夫をVW生活復帰への道のりは、前向きな挑戦の日々

2016年11月6日に辻堂海浜公園で開催された「FLASH BUGS MEETING vol.32」に、「福祉車輌」の4文字を掲げてエントリーしていた、1968年式タイプ1スポルトマチック。それは、VWを愛する1人のオーナーが、重度の障害を抱えることになってもあきらめることなく、永きにわたる挑戦の末にイベントへ復帰した、記念すべき姿であった。彼を支えているのは、旧いVWが好きという、純粋な想いだ。

 ベテランのVWオーナーであれば、ここでご紹介する小島一朗さんを昔からご存じの方も多いだろう。神奈川県在住の小島さんは二十歳の頃から1969年式タイプ1に10年ほど乗り、その次に、紺色のインターメカニカ・ロードスターに12年。地元のVWイベント「FLASH BUGS MEETING(フラバグ)」には、第1回から毎年ずっと参加していた。……2009年までは。

 2009年6月、小島さんの人生に、思いもかけぬ事態が訪れた。細菌性心内膜炎と、そこから併発した脳幹梗塞だ。

 何度も死の宣告を受け、手術しても助かる見込みは1%、よしんば助かったとしても植物状態だと告知された。奇跡的に生還できたものの、身体の8割が麻痺し、右目の視力も失い、重度障害を抱える身に。そして医師からは24時間介護が必要な、一生寝たきり生活の宣告を受けた。最初の2か月は瞬きしかできなかった。

 しかし小島さんは事の重大さを認知しながらも、ICUの天井を見ながら決意したそうだ。「必ず這い上がってみせる! 必ずクルマを運転してみせる!」と。

 半年の入院生活、そして施設で1年を過ごす間、旧車生活への強い想いを原動力に、猛特訓のリハビリを続けたそうだ。そして施設を退所後、バリアフリー環境の整った団地で一人暮らしを開始した。リハビリをしながら、油絵を描く日々の中、2011年秋、まだ車椅子に座っているのがやっとで、どうやったらクルマに乗れるようになるかも分からない状況だったが、それでもクルマ探しをスタートしたのだった。

 ネットオークションに出ていた1968年式スポルトマチックが気になり、出品者である兵庫県のVWショップ『GARAGE BUG』へ問い合わせたところ、小島さんの「乗れるようになるかわからないけれど、挑戦させてほしい」との想いが届き、オークションを取り下げて売ってくれた。『GARAGE BUG』の松原代表は以降、小島さんの「応援団長」と自ら名乗って、たびたび応援メールをくれる間柄になったそうだ。

 クルマを手に入れたら、まずは団地の地下駐車場で毎日朝晩、乗り降りの練習を開始。病気の前は1年365日ずっとクルマに乗っていたのに、家にこもって絵を描くだけの暮らしだと、どうしてもストレスが溜まる。駐車場へ電動車椅子で移動して、ビートルを見て、乗降練習をするだけでも、気分転換になるし、エンジンだけでもかければ、リハビリと路上復帰への志気を高めてくれた。最初は1回の乗降に1時間半かかっていたそうだが、根気よく練習を続けた結果、現在ではほんの数分まで短縮できている。

 その一方で、わずかに動かせる左手と左足を使って、いかに運転できるようにするか……。ステアリングは旋回装置を用いるとして、アクセルとブレーキを、左足のささやかな筋力だけで、どうやってコントロールするか?通常の市販されている運転補助装置は小島さんには使えない。ならば、自分専用を作るしかない! ということで、工学的な知識はゼロだったが、ての原理を利用してスポルトマチックのアクセルとブレーキを動かすべく、木製のサンプルを高齢のご両親と一緒に製作しながら、試行錯誤を重ねていった。

 半年かかってようやく現在の形に到達した「小島式アクセルアシスト装置」。これは左足が常にブレーキペダルに接した状態で、前に突っ張ればブレーキ、手前に引けばアクセルが作動する。これなら万一の緊急時に踏み込んだとしてもブレーキ動作なので安全だし、踏み替えがないので、ブレーキの反応時間は健常者よりも速い。もちろん、かかとの接地面の摩擦抵抗を減らして滑らかにしたり、リンケージの位置や長さの調整などには時間がかかったが、ともあれ、友達に木製サンプルを渡してメタル加工を依頼し、68年式スポルトが来て約1年後に、アシスト装置が完成したのだった。

 さらに軽自動車の電動パワステを装着して、以降は毎日朝の5時半に起き、団地の駐車場内で(もちろん許可を取って)、少しずつ運転の練習を続けたという小島さん。

 「よく、頑張ってるねとか、努力してるねって言われるけど、本人は全く自覚なし。だって好きでやってるから、つらくもなんともないです」

 そうして1年の練習を経て運転に慣れたら、免許センターへ運転適性検査を受けに行った。シミュレーターは対応できないので自車持ち込みだ。障害者自らが設計開発した補助装置での適性検査は前代未聞で、免許センターも対応に四苦八苦したそうだ。しかし、装置の説明を根気よく行い、道路交通法および道路運送車両法の枠内で、正確かつ素早い操作と安全運転ができることを認めてもらうことができ、AT限定かつ「旋回付でアクセル・ブレーキを操作上有効な状態に改造したものに限る」という条件で適性検査に合格! 免許の更新を果たした。

 毎日、朝5時半から運転の練習を繰り返し、少しずつ、遠くへ。やがて高速道路の走行も可能になっていった。こうして小島さんの行動範囲が拡がっていく過程には、新たな挑戦のたびに、付き添いや見守りをしてくれた家族や仲間たちの協力があったことも明記しておきたい。補助装置で初めて運転した時や、公道へ出た時、自力での整備作業にチャレンジしたとき……。

 ある程度運転に慣れてきてから、1人で車椅子を積み降ろすことができないために遠出は遠慮がちだった小島さんを、バーベキューに誘ってくれて、サポートしてくれたのも仲間たちだ。

 そして2016年11月6日、辻堂海浜公園で開催された「フラバグ」で、念願のVWイベントへのカムバックを果たした小島さん。彼のVWへの情熱、覚悟、根性、そして語弊を恐れず言うなら「クルマバカ」っぷりへ最大限のリスペクトを込めて、小誌レッツプレイVWsからアワードを献呈させていただいた次第である。

 だがこれもまた、小島さんにとっては一つの通過点であり、次なる目標もすでにあるようだ。それは、68年式スポルトを機縁に「応援団長」としてエールを送り続けてくれる『GARAGEBUG』松原さんのいる、兵庫県三木市まで自走して挨拶に行くことだという。

 また、さらなる目標として、いずれはリアル・ポルシェ356にも同様のアシスト装置を開発・装着してドライブしたいという構想もあるそうだ。技術的な課題はあるものの、そうした具体的な目標がつねに目の前にあることで、ハードなリハビリも目標への一歩と捉えて、ポジティブに立ち向かっているのが印象的だ。

 「普通のことが普通に体験できることがしあわせです」と語る小島さん。"普通"ならざる困難を乗り越えて、楽しそうにクルマを語るその姿は、まさに"普通のVW好き"なのだった。

60年代純正ステアリングホイールに旋回装置を付けて、左手で操作する。シフターはハーストを装着し、ショートストローク化して操作しやすくした。

電動車椅子からタイプ1のシートに乗り込んだあと、ちょっとだけ車体を前進させてからドアを閉めるのがコツ。一連のアクションは熟練していてスムーズだ。

小島さんが病気になられる直前、2009年5月のフラバグに参加した際のインターメカニカ。

乗降練習だけで1年、アシスト装置が付いてからは毎朝5時半に起きて運転練習を続け、運転免許の適性検査に合格してからは徐々にドライブ範囲を拡大。今では高速道路の走行もできるようになり、ドライビングはスムーズそのものだ。

サイドミラーにはルーカスミラーを加工し、後付け曲面ガラスとしているので視認性が良好。リアのキャリアは友達が取り付けてくれたそうで、ストップランプに仕込んだバックモニターカメラも友達による。フロントは4インチのナロードにアジャスター&ドロップスピンドルでローダウンし、ディスクブレーキに。リアはアジャスタブル・スプリングプレート装着。

「小島式アクセルアシスト装置」に左足を載せた状態。左足を前に出せばブレーキ、手前に引くとアクセルペダルへ力が伝わる仕組みだ。

木製サンプルを元に、友達にメタル加工してもらって完成した、アシスト装置。左足の動きに連動してアクセルペダルも動くよう、工夫されている。

カメラ:Junichi Okumura 奥村純一
テキスト:Kota Takeuchi 竹内耕太
媒体:LetsPlayVWs 51

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