2019.01.16

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

RICK ALLEN’S COLLECTION AMERICAN CLASSIC...

オールドサウスのH-D狂が秘蔵する至高のヴィンテージコレクション。大西洋を望むアメリカ南東部のノースカロライナは、米国最古の歴史を持つ13州の南部を担う緑豊かな土地。延々と続くタバコ畑の合間に点在する家の軒先には、今もレベルフラッグが散見される一方、多くのサヴァイバーが眠る"未開の秘境"と表されて久しい。そんな地で生を受けたRick Allenは、好きが高じてH-Dの博物館を立ち上げた無類のH-D狂で、東海岸屈指のコレクターとしても名高い。"Old South"の凄腕サルベージャーが発掘した、門外不出のコレクションを余すことなくお届けしよう。

ひとりのH-D狂の情熱から生まれた、アメリカン・ヘリテイジの殿堂。

 ヴィンテージH-Dの美しさを世に広めるため、個人所有の車両・メモラビリアを無料展示する私設博物館。そこは地元のH-D乗りが出入りするバイクショップやダイナーを併設する、アッシュボロのホットスポットだった──。

 ノースカロライナ・アッシュボロの64号線沿いにあるAmerican Classic Motorcycle Museumは、ローカルバイカー御用達のバイクショップとダイナーを併設する。1936年のファクトリーペイントにして、エクストラコストのオーダーカラーをまとう、1936 EL"The flying Cloud"も観覧可能! 日曜・祝日定休、入館無料!!

 ノースカロライナでレンタルストレージ業を営むRick Allenは、同州Stanfield生まれの63歳。19歳で手に入れた1954 FLEでH-Dの味を占めて以来、ヴィンテージH-Dの魔力に憑かれた敬虔なH-D教徒だ。今でこそ"イーストサイド屈指のコレクター"で通る存在だが、40年というとてつもない年月をかけ全米を巡り、労を惜しまず掘り当てた1台、1台の集積たるコレクションである。

 出物があれば現地に出向き、その目で確かめ交渉に挑む。ひとたび狙いを付けたならセラーが首を縦に振らなくとも、日を改め何度でも足を運ぶのが彼の流儀。こうして粘り強く集めたオールドH-Dは、気付けばプライベートの域を遥か超えた量になっていた。かくしてRickは地元NCのAsheboroという町に American Classic Motorcycle Museumという私設のミュージアムを開館するにまでに至る──。

 1階は、サウスの日常食を堪能できるダイナーとショップ、ファクトリー、2階がミュージアムスペースとなる。1993年にRickは、パートナーのEDと共にこのミュージアムを立ち上げた。以来ショップマネジャーを務めるEDは手練のメカニックでもある。

ディーラーの倉庫跡から発掘した、オールドペイントのサンナナ「1937 H-D EL SPECIAL SPORT SOLO」

 これは1937年式の61OHVで、1983年にノースカロライナのWilmingtonという街の古い倉庫で発掘した、25台のH-DとIndianのうちの1台だ。そのウェアハウスは1947〜1959年まで営業していた"Hundley Motorcycle Company"というH-Dディーラーが使用していた倉庫だった。ブラック&ホワイトの塗装は1950sにリペイントされたオールドペイントだ。

 1936年度よりオプション設定で登場、1938〜40年まで採用された6インチ径のエアクリーナーカバー"J- Slot"は極めて希少。スーパーレプリカも存在する、第1級の絶滅危惧種。蛇足だが41年度よりひとまわり大きな7インチ径が採用される。デスビカバーと、コーデされた赤いキックペダルにも注目。戦時の1945年から数年のみシビリアンモデルに採用されたH-D Genuine。樹脂製ボディ中心に、Bar&Shieldの刻印が入っているが、巷で散見されるのは"1945 Style"と呼ばれるリポップがほとんど。

 排気量61ciのOHVエンジンを搭載する、EL / Special Sports Solo。生産台数全1,829台の1台でいまだ高い純正度を誇る。塗装は50年代に施されたオールドペイントだが、ご覧の通り経年劣化でかなりハードにひび割れている。昨今アメリカでは、この手の状態のヴィンテージを"Crispy"と表現する。タンク左側のウォーターデカールにも注目。

稀なギミックを秘めたスーパードレッサー「1938 H-D EL SPECIAL SPORT SOLO」

 「このサンパチはジョージア州で新車販売された後、オーナーと共にテキサスへ渡っている。時は流れて1990年代後半、故郷のジョージアへ戻ってきたタイミングでハントしたんだ──」という38ELはRickもお気に入りのドレッサーで、見所はフューエルタンクのレフトサイドに施されたフレンチング加工。

 タンクに内包されたシフトレバーに刮目されたし!! オリジナルオーナーが購入後すぐに施工したとされる稀に見るモディファイ。その理由はもはや知る由もないけれど、当時のストリートで羨望を集めたスペシャルなナックルだったことは、まず間違いないだろう。

 サドルバッグやオーナメント、バンパーなど各所に品よく配されたアクセサリーも見所。エクステリアを覆う枯れた赤の塗装は、オールド・リペイントである。

 前後18インチタイヤを標準装備とする30sナックルは、軽快感溢れるスラリとした出で立ちが最大の魅力。74OHVモデルには無し得ないこのスタンスに人生を狂わされるナックル信者は、後を絶たない。

戦後に開花したDRESSERという様式「1941 H-D EL / THE CLASSY BROS」

 赤と青のペイントが対照的なご覧の2台は共に1941年式、加えて61OHVを搭載するELモデルという共通項を持つクラッシーブロス。

 クロームパーツが誇らしげに光る入念にドレスアップされたブルーの41ELは、テネシー州の街Oakridgeにあったジャパニーズ・バイクディーラー(!!)の倉庫からサルベージされたという。

 「日本車ディーラーのウェアハウスの奥から出てきたというストーリーが興味深い。オリジナルオーナーはこれを下取りに出して、最新のHondaを買ったのかもしれないね(笑)」。

 一方赤の41ELは、ペンシルバニアよりサルベージされたドレッサー。フロントエンドに配された16インチのホワイトリボンとホイールキャップは、往時のオールドサウスの洒落者たちのトレンドか──。

上記ブルーのナックルとは同年式、さらにDresserと呼ばれる同一スタイルで括られるが、オーナーのセンスでここまで変化するという好例。ヴィンテージH-Dの奥深き所以、ここにありけり。

 H-D Genuineとアフターマーケットのパーツを巧みにアレンジ、ゴージャスにドレスアップした41 EL。Bucoのサドルバッグや前後フェンダーのバンパー、ウインドシールドなどで威風堂々たる存在感を演出する一方、フリンジ&スタッズで装飾されたバディシートに非凡なセンスが光る。オリジナルオーナーの名前だろうか、"HAROLD"のレタリングが入るグラブレールはワンメイクのスペシャルパーツだ。エクステリアとカラーコーデされたNation-Biltのマーブルグリップも、実にいい雰囲気。

 1941年度にラインナップされた純正カラーSkyway Blueよりも明るいトーンの青は、オールドクロームの輝きをより際立たす。フロントエンドに配された16インチのホワイトリボンとホイールキャップ、バンパーのコンボが圧巻の迫力!

 2輪4輪問わず様々なレースで活躍したMack Hellingsが、ファウンダーのパーツレーベルStelling & Hellings。そのレーシングライザーやハンドルを装備するモダンなハンドル周り。リアフェンダーに装備される大型ラゲッジラックやチーズグリッター、フェンダーチップに飛行機のオーナメント、ハードなスタッズワークが施されたH-D純正サドルバッグなど、見所は尽きない。

アウトローカントリーの重鎮の魂を内包するブリリアント・ブラック「1947 H-D EL / DAVID ALLAN COE」

 「1947年式の61 OHVだが、この車両にはジョージア州アトランタの"Marion-Roberts"というH-Dディーラーで新車販売されたドキュメントが残されている。見所はファクトリーオリジナルのBrilliant Blackとフロンドフェンダーのステッカーだ」という漆黒のEL。フロントフェンダーのど真ん中には、アウトローカントリーミュージックの重鎮David Allan Coeのステッカーありき!

 前オーナーは1970年代に開催されたコンサートにこれで乗り付け、David本人にステッカーを貼ってもらったという、驚くべき逸話が残されている。

 構成パーツの純度の高さにも刮目されたし。バディーやサドルバッグなどH-D純正の革のクオリティも申し分なし。下の画像、オイルバッグに残るデカールは、新車販売された"Marion Roberts Motorcycle Co."というH-D ディーラーの名称が、今もはっきりと視認できる。

 1947年の純正オプションパーツを品よくあしらった漆黒のELは、約70年前の車両とは信じがたい素晴らしいコンディションを保持する。フロントフェンダーの上、バンパーレールに挟み込まれるように貼られたオーバルステッカーも、このナックルの強烈なアイディンティだ。参考までにH-D が市販車にソリッドブラックを採用したのは1941年度のBrilliant Blackからで、ほかのカラーと同様にDupont社の塗料がOEM採用された。

 日本でこそ知名度は低いが、アメリカのH-DフリークでDavid Allan Coeを知らぬ奴はいない。特に中西部では伝説的な無頼派シンガーとして今も根強い人気を誇る。1939年11月6日、オハイオで生まれ育つも、若干9歳で逮捕されて少年院に。それから20年、様々な刑務所や施設への出入りを繰り返した札付きのワルだったという。

 その一方物心付くとすぐにバイクに興味を持ち、Whizzer やCushmanなどスクーターからIndianを経て、Iron Sportをゲット。その後パンヘッドを何台も所有するほどのH-D狂に。彼がケンタッキー州Louisvilleを拠点とするOutlaws MCのパッチホルダーだったのは、有名なハナシである。本物のアウトローバイカーである彼は"Panheads Forever"や"A Harley Someday"など、H-Dにまつわる数多くの名曲を残している。

Photographs:Ken Nagahara
Text:Gonz (満永毅)
媒体:ROLLER magazine vol.23

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