2019.03.05

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

20世紀の名車を収めた"二次元"博物館へようこそ!

必要最小限の装備にシェイプされ、CutdownやBobberと表される往時のロードゴーイングレーサー。メーカーや年式は異なれど、"誰よりも速く走るため"という作法を共通項とする、4台にスポットを当てた――。

無限の可能性を秘めた若きサラブレッド「1938 INDIAN SPORT SCOUT/BANKARA TOKYO」

 ストリートを走る上で不要と断じた物はすべて排した、潔いシルエット。オールドクロームが美しいガーダーやメーターダッシュを取り払った、フューエル&オイルタンクは当時物の純正品。詳細不明のヴィンテージリブフェンダーにベイツシートで、安井のイメージするリアセクションを具現化した。タンクのペイントはLove Ear Artの手によるものだ。

 「おそらく70年代頃まではダートトラックを舞台に走っていた車両だったため、レーサーとしての軽快さを残しつつ、出来るだけ不必要なものは取り付けずに仕上げました。現行のキャブレターや点火系などには頼らず、当時の純正パーツにこだわって作り上げた、40年代後半から50年代を意識したストリートレーサーです」

ヴィンテージへの知識の深さはいわずもがな、自らもレースに出走し、実体験として旧車と向き合うFreewheelers代表・安井 篤の慧眼が導き出したコンセプトに、迷いはない。

 「本当はバッテリーレスを狙い、シート下にはTriumph用の小型ジェネレータを装着しようと試みたのですが……結果、不可能だったのでライト用としてバッテリーを積まざるを得なかった」。そう悔しさを滲ませるほどの情熱とこだわりを持ってビルドされた38年式Sport Scout。製作は安井が全幅の信頼を寄せる旧車専科「Bankara Tokyo」のメカニック・宮崎である。

 Sport Scoutは、先行して世に送り出したStandard Scoutおよび"Thirty-Fifty" Scoutへの、市場からのネガティブな反応を受けたIndian社が、起死回生を掛けて開発した、鳴り物入りのモデルだ。前後ボルトオン式の専用フレームやアロイシリンダーヘッドを採用することにより軽量化を実現、その仕上がりは名車「101 Scout」の再来を思わせた。事実'36年には、ロサンゼルス速度記録レースにおいて、また翌年には第1回デイトナ200において見事優勝を飾り、そのパフォーマンスを世に知らしめたのである。

 ここに見る38年式Sport Scoutは、フラットダートで鎬を削っていたレーサーの、往時そのままのスペックを現代へ伝えている。750ccの挟角42°Vツインエンジンは、レーサーとしての長いヒストリーの中で幾度もシリンダーのボーリングが行われ、ピストンが入れ直されているが、全て純正品で組み上げられており、カムシャフトに奢られるDaytonaカムは同年のワンイヤーモデルとして登場した、よりホットな仕様のDaytona Scoutに採用されていたスペシャル。

 Superiorのエアクリーナーカバーの奥にはLinkertが潜み、点火はまともに稼働するコンディションの物を見つけ出すこと自体が困難な、Edison製マグネトーだ。もちろんこれらは在りし日のSport Scoutに純正装着されていたパーツである。足回りなどスピードに繋がるところは入念にO/Hされ、軽快さを取り戻している。

 そしてそのパフォーマンスたるや数多の旧車を日常的に乗りこなす安井をして「とにかくSport Scoutは軽い。湧き上がるパワーというよりは、英車のように無理なく綺麗に高回転でエンジンが回っている感じです。ハーフマイルやクォーターマイルのダートトラックではWRとトップギアで良い勝負でしょう」と言わしめる。

 「Sport Scoutはまだまだ奥が深く、未知の世界です。仕上げ方、コンセプト、何のレースで走るのかによって、エンジンや車体のビルドも変わってきます。乗り手、作り手の個性がそのまま出る車両だと思いますね。まるで無限の可能性を秘めた若いサラブレッドのような存在ですよ──」。

 安井の体格に合わせてライディングポジションが詰められており、さらにスロットルが右、シフトノブが左と、それぞれ本来とは逆の位置に移設されている。またレーサーらしくフットボードを排し、クラッチをスーサイドへと加工。ハンドルはおそらくHellingsのTriumph用ミリバーで、ライザーは40年代後半にデイトナ200マイルなどで使われていたレース用だと推察される。

 往時のストリートレーサーとして、あるべき姿を取り戻したSport Scout。これらのヴィンテージパーツ群は、修正を加えながら強度を高めている。今、安井はこの38とは別に37のSport Scoutを、「Brat Style」高嶺と共にビルドしているが、こちらは完全に突き詰めたレーススペックで仕上げる予定で、ホモロゲーションモデルである"648 Big Base"を凌ぐかもしれない、とのこと。続報を待たれよ!

スピードシンドロームの具現たるバックヤードレーサー「1946 H-D FL / NICE! MOTORCYCLE」

 走るためには不必要と断じたものを一切排除し、スピードとハンドリングの向上を図った潔いシルエットは、あたかも往年の草レースから飛び出してきたかのようだ。バスケットで眠っていた46FLモーターは、岡田の長く密度の濃いキャリアの中で蓄えられた、実践的なレストア知識と潤沢なストックパーツにより、在りし日さながらのコンディションに仕上げられている。吸気を担うLinkert M74も同様、どこにもシブさのない滑らかな動きを見せる。

 第2次世界大戦という未曾有のカタストロフィーを経験して以降、この世界は大きな様変わりを見せた。モーターサイクルシーンにおいても、直接的な影響によるものではないが、戦前と戦後では著しい意識の変革が起きている。それまでファクトリーから出荷されたままのストックに乗ることに露ほどの疑念も抱いていなかった市井のH-D乗りたちが、スピードとハンドリングの向上を渇望し、30年代のAMAレースで活躍したWLDRやWRをモチーフに自らの愛機に手を加え始めたのである。

 重く大仰なウインドシールドとサドルバッグは納屋の奥深くに仕舞い込まれ、深いスカートをまとったフェンダーには軽量化の斧が振り下ろされた。しかし今とは違い、通りを走ればカスタムショップが乱立しているはずもなく、分厚いカタログをめくれば必要なパーツが手に入る時代でもない。走りを向上させるには自らの想像力を駆使し、その手を汚してバックヤードビルドに励むしかなかった。

 ここに見る46FLはそんな時代にスピードに取り憑かれ、草レースに没頭したフリークの手垢がそのまま残っていそうな空気感さえ漂わせる。が、製作を手掛けたのは神戸三宮を根城に、不休にてオールドモーターと向き合うNice! Motorcycle総帥ボヘミアン岡田。長らくバスケットケースの中で眠りに就いていたFLユニットを揺り起こし、自身の所有する数々のH-D Genuineを惜しげもなく投入し、このナックルレーサーを現代の極東に顕在せしめたのである。

 完調にオーバーホールされた鉄拳を抱く骨格は46年の30°ネックフレームで、同年前期までのインライン74スプリンガーをセットアップ。Flandersのドッグボーンライザーが掴むハンドルバーはショップ謹製のオリジナルで、Bobberスタイルとの相性を考えてグリップ部が短く設計されている。

 シフトゲートのパターンが変更された47年以降の3.5ガロンタンクは純正塗装でこそないものの、在りし日に施されたオールドペイントが長い年月を経て、加工品には放ち得ない凄みを宿している。そこに座するスピードメーターは、視認性の高い専用文字盤が特徴となる50年代のPolice Specialで、メーターダッシュのカットはドリルドと並び、当時の軽量化カスタムに見られたスパルタンな手法だ。リアフェンダーはヒンジ部よりもさらに短く切り落とし、さり気なく後端を跳ね上げている。往時のカスタムマナーに則り、抜けの悪さを解消するためフィッシュテールを切り落としたWL用サイレンサーと相まって、極めてワイルドなリアビューを演出している。

 「なんも特別なことはしてませんし、取り立てて高いパーツも付けてません。それでもこのレベルのBobberは作れるんですわ」。こともなげにそう話す鬼才であるが、当時の高級パーツに頼らない草レーサーそのものである、この46FLを凡百のカスタムと隔てているのは、彼の時代を鮮烈に感じさせるリアリティにほかならない。そしてそのリアリティは、往時のフリーク達と同じくスピードシンドロームという病魔に冒された岡田だからこそ表現し得たものであることは、間違いない。

 Flandersタイプのハンドルバーは、ヴィンテージに深い造詣を持つNice!ならではのショップオリジナルパーツで、Racing Bobberの真打ちともいうべき絶妙な寸法で設計されている。サドルシートに跨がると、眼下ではシンプルな文字盤が特徴的な、Police Specialスピードメーターが存在感を放つ。メーターダッシュのカットは究極の軽量化を目指した、当時の斬新なカスタムだ。

 純正オールドパーツで構成される車体に違和感なく溶け込むラウンドテールランプは、ショップ謹製のオリジナル。当時のカスタムマナーに則して取り付けられたGuideのマーカーランプと共にリアビューをノスタルジックに演出する。抜けを良くするためエンドを切り落とした純正WL用サイレンサーは、車両の軽量化にも貢献している。

情熱が作り上げた機能美の集積「1951 TRIUMPH TR5 / LIBERTARIA」

 端正な仕上がりゆえ一見サラッとしたカスタムに思えるが、その実手の入っていないところはほとんどない、と評しても過言ではない作り込みだ。往年のレーシングパーツを随所に盛り込みながらも、マグネトーやダイナモは近代に入ってからの製品を使用し、Bob Newbyの現行レーシングクラッチを組み込むなど、今という時代に即したマシンとして製作されている。

 リアに採用されたKanrinの7インチドラムはアクスルを作り直したりチェーンラインを出したりするために、ブラケットを削り出しで製作したりなど、相当な手間が掛けられている。こうした削り出しパーツは、親交の深いArrogant Lungeとの共同製作だ。

 1948年に開催されたISDT国際レースに、英国代表はTriumph社のT100をトライアル仕様にモディファイした専用車両で挑み、見事ワールドチャンピオンの座を勝ち取った。翌年それを記念して発売された市販バージョンが「TR5トロフィー」である。輝かしい栄光をその名に戴くこのモデルは、その出自およびオールアロイエンジンの繊細なクローズドフィンの美しさから、今なおTriumph史上に君臨する名車としてマニア達の羨望の対象であり続けている。

 そんな希少な1台をコレクターから譲り受けたLibertaria代表・藤久であるが、自身もレースに興じるスピード狂、乗り手として作り手として滾る気持ちを抑えることができず、60年以上の長きに亘って保持されてきたストックスタイルに、ついに改造のメスを入れたのである。

 純正の威光を恐れぬ蛮勇はまずエンジンを標的に据えた。本来500ccのユニットに650cc用のクランクを入れ、ストロークを延ばすと共にバルブ径を拡張。他社製のバルブを加工流用しつつ、ワンオフしたバルブシートを鋳込むという大手術を決行したのだ。そのままではピストントップにバルブが干渉してしまうため、バルブタイミングの調整も図られている。またピストンハイトが上がったことにより、既存のプラグ位置では効率的な燃焼が得られなくなったため、燃焼室のセンターへとプラグホールを移設している。

 大幅に刷新されたエンジンに最適な混合気を送り込むべく、曰く「あまり信用できない純正マニホールド(笑)」を排し、削り出しで製作したワンメイクにKeihin製CRミニキャブレターを2連にて装着。さらにトランスはケースを加工、ベアリングを打ち替えて70年代に純正採用されていた5速ミッションを投入している。

 スピードレンジが引き上げられたことにより、その源流をトライアルに持つTR5のフレームでは剛性に不足が生じるのは必然。その対策として厚さ7mm弱のアルミ板をレーザーカットしてエンジンマウントを作り直し、ダウンチューブ下部でダイナモを囲うプレートを二重構造として強度を確保している。

 さらにシート下にガセットを追加し、リアアクスル前方には上下のフレームを結合する補強パイプを溶接。これは往年のIndianレーサーなどにも見られたシャシー剛性向上の実践的手法である。35mmのCerianiオールドGPの先ではこのマシンの性能に見合った強烈な制動力を発揮するFontanaの250mmツインパネルが出番を待つ。かつてGPレーサーにも正式採用されていたマグネシウム製パフォーマンスブレーキで、劣化を抑えるためのブラックの防護塗装がその精悍なまでの機能美を引き立てている。

 ビルダー藤久の、Triumphカスタムへと注ぐ尋常ならざる情熱をここで書き上げるには紙幅が足りないが、その熱量が膨大であることはこのTR5を前にすれば誰の目にも明らかだろう。それは純正原理主義者の冷徹な思想さえも溶かしてしまうほどに……。

 外装にももちろん抜かりはない。純正フューエルタンクは高さを抑えナロー化した上で、Smithsのメーターが埋められるようメタルファブリケーションを施す。レタリングおよびピンストはPots Designの仕事だ。Batesタイプの本革シートは緑掛かったような退色が美しいSkunkによる一点物。無駄のないラインで後方へ延びるエキゾーストはワンオフで、リバースコーン形状のエンドはアルミ削り出しで製作している。プライマリーカバーにあしらわれた緻密な彫金はLucky Diamondが担当した。

快走を至上命題としたグライドナックル「1946 H-D FL / MANXMAN GARAGE」

ナックルの顔とも言える74スプリンガーをグライドフォークへと換装する、パンヘッドへの移行期に編み出されたカスタムマナー。オーナーが自ら探し当てて持ち込んだ3.5ガロン純正タンクや、ゼッケン付きショートフェンダーのオールドペイントの経年による焼けや剥がれが雰囲気を盛り上げる中、Superiorのカバー類が気の利いたアクセントとして車体を彩る。

 「オーナーの要望をそのままカタチにした1台。パーツもほとんどeBayやスワップミートなどで発掘してきた持ち込みですね」。オーナーにカスタムの主導権を託した場合、往々にしてその車両は統率の取れていないチグハグな仕上がりとなってしまうものだが、「このナックルの前にもWLDRやIndianなどの旧車を乗り継いできた方だけに、コンセプトもしっかりしていましたし、パーツの選定も確かでした。僕自身ワークスレーサーよりもアメリカでおじいちゃんが草レースを走らせているような車両にシンパシーを抱くタチなので、このStreet Bobberは楽しんでビルドさせてもらいましたね」。

 そう話すビルダー水品だが、順風満帆に製作がスタートしたわけではなかった。乗り心地を重視するオーナーのためハイドラフォーク付きのナックルを本国から仕入れたは良いものの、46FLユニットはケースにクラックが入っている有様で、とてもそのまま使えるようなコンディションではなく溶接修理をしてミッション共々フルO/Hする必要があった。

 フレームは38年のH-D純正であったが、溶接によるレストア跡が散見された上にダウンチューブが大きく削れていたため、安全上の観点から使用を断念。代わりにエンジンと年式を合わせたブルネックの社外レプリカフレームを採用している。純正であることに囚われず、「ストレスフリーでナックルの持ち味を楽しみたい」というオーナーの意向によるものだ。

 どこか土の匂いを感じさせる自然体が魅力のこの46FLは、先述したようにオーナーの持ち込みによるパーツ群で構築されている。H-D Genuineを主軸にアフターパーツメーカーのヴィンテージをあしらい、肩の力の抜けたトータルバランスを演出するその構成力たるや、水品が評する通り玄人裸足である。あたかもこの姿そのままに、在りし日の草レースを走っていたかのようではないか。

 この十数年で急速に情報化が進み、オールドパーツをその手に掴むチャンスが飛躍的に拡大されたとはいえ、やはり依然としてインターネットの海に潜伏してもなかなか見付けられない代物もある。オーナーの欲する“ない物”を具現化せしめるのもビルダーの手腕だ。レーサー然としたメーターレスの3.5ガロンタンクはオールドペイントのH-D純正だが、その分割部を覆うプレーンなカバーは水品が鉄板を切り出して作り上げたもの。またリアセクションでぐっと立ち上がるエキゾーストも連結部から後ろはワンメイクとされ、Island Cycleのヴィンテージマフラーに見られるような楕円のエンドも水品の手により製作された。どちらもオーナーの持ってきた古い画像に写っていた往時のRacing Bobberのディテールを再現したものだ。
 ともすれば考古学的な見地に陥りがちな旧車との付き合いだが、このナックルヘッドは走ることを大前提とし肩肘張らず気ままにオールドモーターと向き合う愉しみを教えてくれる、オーナーとビルダーの二人三脚による快作である。

オールドレーサーの写真を参考にしたと言うスパルタンな印象のタンクカバーやIsland Cycle調のエキゾーストはワンオフ。あえて鉄素地の表面にオイルを塗るだけの簡素な処理とすることで自然なサビを発生させ、ヴィンテージパーツと時代感の統一を図っている。

Photographs:Kentaro Yamada
Text:Keisuke Baba
媒体:ROLLER magazine vol.23

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