2019.02.25

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

マッドプロフェッサーが生み出した怪物「VARDHALLA MADE IN SWE...

幻のレースシフター"Speed-E-Shift"に続き、往年のVardのテレスコピックフォークの完全復刻をメイクしたNicke Svensson。相方John Mathisenと共に運営されるVardhallaは今や世界中の旧車フリークから注視される、アップカマーのパーツレーベルだ。

1947 H-D / The OHVL

 このプロジェクトは、10年以上前の2005年に手を着けつつあったのだが、当時は実を結ばなかった。オレはデュアルキャブのヘッドとデュアルマグネトーで88ciストローカーのナックルのエンジンを作っていて、友人から1933年のVLフレームを買ったばかりでもあった。たったひとつの問題は、高度なメカニズムを構築する経験をまだ持ち合わせていなかったこと。そして当時のオレは根気がなかった。ワンメイクした独立点火式のデュアルマグネトー用のカムロータだけを手元に残し、エンジンやVLフレームは地元のスワップミートで売り払ってしまった。フレームは友人の手に渡ったが、彼もその後やはり、別の友人に売却。数年経ち、その友人もまた別の友人に譲った。

 それから数年後、オレはULベースのロングバイクThe Lobster Boss(詳細は姉妹誌『Ripper mag vol.06』をご参照いただきたい)をフィニッシュさせた。The Lobster Bossに搭載するエンジンのため、オレはリンカートのレーシングキャブ MR2を復元させた。SVエンジンの内部も少し手を入れ、レギュラーガソリン仕様にしたが、かなりいい具合にチューンできた。すると例のVLフレームを壁に掛けっぱなしだった友人が噂を聞きつけて、「そのMR2キャブを売って欲しい」とのオファーを受けた。本当はそれを売りたくはなかったが、別プロジェクトのためにVLフレームとの交換を持ちかけた。かくして2015年12月トレード成立。手放した時と変わらない状態で1933VLフレームが戻ってきた。

 オレは手始めにOHVエンジンと4spのトランスを載せ替えるべく、フレームを解体して必要な改良を施工した。クロモリパイプを曲げ、新たなカーブトップパイプとリアセクションのTri-Barを作り、補強。純正フレームになじむように、新しいパイプは然るべき位置にブレーズ溶接した。蛇足だが、フロアボードの純正フレームタブはマフラーマウントとして再利用した。マウント部にOHVエンジンのボルトパターンを施すため、元来のマウントホールを溶接して埋め、磨き上げてドリルドした。

 エンジンとトランスのラインを出すために、1/4インチ長い1966~69年のH-D用ミッドシャフトを流用し、帳尻を合わせて30sの4spトランスを搭載する。ここまで来たところで100%正しいドライブラインはさらなる工夫が必要だと気づく。さらにオレはプライマリー側の16丁のスプロケに旋盤で2ミリの円錐形の穴を開け、エンジンケースの側にオフセットした。これにより完璧な駆動系が完成した。
 
 今回のストローカーエンジンは90ciで、メタノール燃料で駆動する。エンジンケースはNOSの1947年製を用いて3-5/8インチのジャグをベースに4-3/8インチのストローク用とし、フライホイールは最大限に軽くした。そのジャグもアンダース・ニーグレンがスウェーデンで初めてパーツを製造し始めた頃のような、古くさいFlathead Power 製のそれじゃない。往時のH-D Factory Racingのルックスにするため、オレ自身のオリジナルコードを鋳造し、シリンダーベースにブレーズ溶接したスペシャルだ。

 ヘッドは以前にデュアルキャブおよび2インチの吸気バルブ加工した出来の良いワンメイク。再度ポート研磨して新しいシートやバルブ、頑丈なバルブスプリングを取り付けた。ただ圧縮比が12:1だったため、燃焼室には再加工した。

 幸運にも僕の手元には以前に手に入れたChet HerbertのLightningカムがあった。これは彼の弟が手放したもので、アメリカに行った際、ペンシルバニア州Oleyのスワップで手に入れた。このカムが激ヤバで圧縮比は12:1、レース用メタノールさえあれば、オレのエンジンも古き良き時代の強面に見えるし、キックスタートすれば、先人たちのレースバイクが奏でた無骨な響きが再現されるはずだ。

 ちなみにChet Herbertは1949年に自動車産業にローラーカムを導入した偉人で、4輪エンジン用のローラーカムの先駆者だ。その技術はH-Dから借用したものにせよ、最初に作ったのは彼だ。

 時は流れ2008年、オレはRileyのデュアルキャブとまだ燃料パイプが垂れ下がっているHeim Co.の純正リンケージ、Offenhauserの吸気カム一式を掘り当てた。それらは全て4バンガーのスプリントカーから取り出されたもので、最高だったのはキャブレターのシリアルナンバーが260番、261番と続いていたこと! それを見た瞬間買うしかないと思った。ただ当時のオレの手持ちのエンジンには、このキャブは豚に真珠だった。その後先のChet Herbertのカムと出会い、本気でアルコール燃焼のデュアルキャブOHVを作ろうと決心した。 

 キャブレター内のメインノズルは貧弱な形だったから、理想のノズルを旋盤でカットしなければならなかった。幸い純正ノズルの寸法やイラストが載っているRileyの文献を持っていたので、大した問題ではなかった。Rileyのキャブで作動するChandler-Grovesのニードル、バルブシート、エアブリードスクリュー(Chandler-Grovesは、のちにHolleyと名称を変更した)などは、全てNOSパーツで、eBayで手に入れた。バルブシートはレース志向のキャブに合わせ、アルコール燃料の仕様にした。バルブシートの調整方法もRileyの文献に載っていたので楽しみながら作業ができた。

 Fairbanks-Morseのマグネトーは、10年以上前に作った前述の独立点火カムロータを改良したもので、ついに日の目を見る! 4-3/8インチのフライホイールにはフロント/リア共にTDCマーク付きだから、点火時期の調節は容易だ。2つ目のマグネトーのために小さなアルミのハウジングをワンメイク。ジェネレータークレイドルの中に純正スクリューで固定した。

 このマグネトーのため、特注のドライブギアとアイドラーギアを特注する必要があった。純正ディストリビューターギアとのギア比を1:1にするのが難儀だった。この問題を解決するには膨大な数学の知識と大量の酒と"The Pogues"を繰り返し聴く必要があった。

 ところで『ROLLER magazine vol.22』に使用されたカバー写真は、第2次大戦中にストックホルム郊外のゲットーの外れに作られた古い軍用トンネルで撮影した。このトンネルは最高機密とされていたが、子供のころから知っていたし、入り口のフェンスも何十年も放置されていたから、簡単にスルーできた。撮影当日は雪深く極寒だった。トンネル中は雪こそしのげたが真っ暗で目の前に手をかざしても見えないほどだった。オレたちはマグライトの光を頼りに重いカメラ機材とビールケースを担いで30分以上歩いた末、やっと地面が乾いたスポットを探し当てた。

 排気量90ciのアルコール燃料デュアルキャブが奏でる、耳をつんざくような爆音がトンネル内に反響した! あんな経験は初めてで最高の気分だった。ただし、暗いトンネルでこのダイナマイトの試乗は正直"骨まで震えるほど"の恐ろしい体験だった。

 結局カバーのカットをメイクするのに2時間近くかかった。その間クレイジーな爆音が響き渡っていたにもかかわらず警察が1度も姿を現さなかったのは不幸中の幸いだろう。

 The OHVLは全てオレの手で作った。使用した機械も50s同様のアナログだ。スピード狂やエンジニアのパイオニアたちが命を掛けビルドした伝説のレースバイクへの、オレなりのオマージュだ──This bike is super-fast, super-scary, super-loud and super-fun ── just like they all were meant to be.

VLフレームに装着されたVardhallaは、2インチショートに加工されたRace Shit。軽量化されたアルミキャストのカバーと共にブラックアウトされる。フロントホイールはH-D製WM2の19インチ、リアはWM3の16インチで、前後タイヤは共にGoodyear製GrasshopperのNOSをセット。リアスタンドは1920年代中期H-Dのフロントスタンドを流用。レーサーを標榜するThe OHVLにはキックスタンドは存在しない。

Bigsbyタイプのラバーマウントライザーは、Vardhallaの代理店でもある新潟Jacksun’sが手掛けたMade in Japan。1939年の"NOS"の純正オイルポンプと連動する1936~37年製の機械式オイルプレッシャーゲージは、小ぶりにシェイプした1937年製メーターダッシュにマウントされる。TTスタイルのフェーエルタンクもワンメイクで50年代のモペット用がベース。オイルラインは50sの航空機用ホースクランプ、シフトゲートはAtlas製でハンドシフトアームはステンレスのワンメイク。ペットコックは50年代初期のギロチン型プッシュ式バルブ。ラインは充分なアルコール燃料を確実に供給するため、内径7ミリに統一される。1950年代の純正TTタンクを標榜し、これらのパーツがしかるべき場所にハンダ付けされる。

リアセクションに増設された4130クロモリ製パイプの補強に注目。イメージソースは往年のヒルクライマーの3-Barフレームだ。純正VLフレームになじむよう、増設パイプは然るべき位置にブレーズ溶接されている。

Riley製の Stromberg 97キャブレター。メイン/スローのジェットは今でも容易に手に入る。Heim Co.純正リンケージをカットして調整し、Linkertスロットルレバーアームの形状も変更。これによりグリップを1/4回転させれば、スロットルバルブが全開になる。

シートは30年代初期のVL用オプションで"Rajah Seat"と呼ばれるキッズ用。サンフランシスコのBuegeleisen Co.(後のBUCO)製で、スプリンガー用のアッパースプリングを介してマウントされる。リアフェンダーは30sのスペアタイヤカバーから切り出したもの。

1947 H-D U

製作者曰く"最悪のコンディション"で発見したという、1947年の純正フレームを徹底的にプリペア。ネック周りのキャスティングやダウンチューブ、サイドカーループを新品に刷新、歪みを修正しモーターマウントも再構成した。排気量1,440ccにホップアップした、ダイナマイトを搭載するストレートなシャシー。その車体は急勾配をものともせず、グイグイと駆け上がってゆく。

 これがVardhallaの相方ジョンが昨年組み上げた、1947年のBig Twin Flattyだ。実はVardhallaのテレスコを装着して、スウェーデンのMooneyes Showへの出展計画があったが、要のフォークの製作が間に合わなかった。なのでJohnのガレージにあったVL用のI-Beamフォークをリペアして装着、Flandersのライザーを介しFaber Cycleのバーをセットしている。フロントブレーキはアルミスクープがついた純正ドラムで、アルミキャストのクーリング・リングをポイントだよ。

 フロントは1937-39年のスターハブにスチールスポーク、純正19インチの鉄リム、それにガバメントイシューされたGoodyearの GrasshoppersのNOSをセットしている。スウェーデン軍は過去2輪用としてGoodyear を正式採用していて、その証にそれら軍用タイヤにはなんと我が国の軍の"3つの王冠"のシンボルマークが入っているんだ。

 フロント同様にリアにもエクストラ・ベアリング内蔵の純正ステップド・スターハブにスチールスポークで、18インチの AllstateのDirtmanを装着したWR用リムのコンビ。

 1,440ccのストローカーSVモーターもビルドした。スウェーデンの冬はマジで長いから、おもしろいモノを作る時間がたっぷりあるのさ。このモーターは1947年のModel-Uがベース。3-7/16の11フィンの純正シリンダーに4-3/4のTruet & Osbourne製のトルクモンスターを内蔵したボトムエンド、純正XAロッドとKarling Racingのスウェーデン製ピストンをセットアップしている。Cala’s High Performanceのスウェーデン製の高圧オイルポンプもポイント。蛇足だがこいつはオレが使った数あるポンプの中での"行き"も"戻り"もベスト。どちらも純正より40%もデリバリーが良い。

 カムシャフトはMr.Jim Leineweberに送って420"にリグラインドしている。ハイリフト・バルブスプリングも同じくLeineweber製だ。Jims製のBig Axleリフターを徹底的に磨き、OGリフターハウジングに。インテークバルブは2.1”、エグゾーストバルブはストックサイズとした。

 トランスはラチェットトップをハーフインチほどアップマウントした。これにより通常よりハイトの低いTTスタイルのオイルバッグが装着可能に。ハンドシフターが"中通し"されるフューエルタンクはシャベル用を加工。かくしてJohnのFlattyも、我がVardhallaで全てをハンドメイドしたOne&Onlyといえる──。

エンジン特性の肝となるコンプレッションは6.6:1。「SVの場合、圧縮はあまり高くできない。なぜならそれを上げ過ぎるとフローを失うから」とはNickeの弁。デュアルプラグのヘッドカバーはスウェーデンでキャストされたスペシャル。Wico製のレースマグ"XV-1922"は、パラレルインターナル・ステップターミナル付きのツインプラグ仕様。

I-BeamフォークにはFlandersのライザーを介して、Faber Cycleのバーをセット。Amal製のモノブロックキャブを2連装するため、マニホールドもワンメイク。テールランプをフレンチングしたフラットフェンダーにも注目。

相方Nicke Svenssonが組み上げたチューンドエンジンを搭載する愛機のBig Flattyで、つづら折の峠道をトレースするJohn。ストックホルム郊外のワインディングに乾いたエギゾーストノートが鳴り響く。

5杯のパイントに端を発するスーパーリプロ「VARDHALLA TELESCOPIC FORKS」

 「2012年の初頭、何年も必死に探していたVardをやっとの思いで手に入れた。しかしそれはあまりに酷い状態でしかも"超"高かった。時は流れ2015年の大晦日、FBI=Fifth Beer Idea 、すなわち"ビール5杯のひらめき"で、オレはVardの完全復元を心に誓ったんだ。真っ先に機械工の親友John Mathisenに電話した。あれがVardhallaの始まりだ——」。

 全ては"同じ価値観を持つ仲間とのロマンの共有"のため、我らがマッドプロフェッサーは、手元にあるくたびれたVardを全バラにして細部まで徹底検証。アウトラインはそのままウィークポイントを改善し、本物以上の品質を誇るスーパーリプロとして開発したのがVardhallaのテレスコピックフォークである。

 本場アメリカのエンスージアストでも、航空機部品の製造メーカーだった本家Vardの実態を知るものは少ない。だからこそVardhallaの噂は世界中のマニアの間を電光石火の如く駆け抜けた。とは言えNickeとJohnのふたりによるスモールレーベルゆえ、月産数本が限界。今もバックオーダーに忙殺されるふたりだが、本物を知るマニアも舌を巻くクオリティと評価が口コミで広がり、需要は高まるばかりだ。

 「Vardhallaが完成した絶好のタイミングで、日本のJacksun’sがBigsby製ライザーのリポップをやってのけた。うちのフォークと組み合わせれば敵なしだから迷わず購入したよ! 以来Jacksun’sとの親交が始まり、今では日本正規ディーラーさ」。というNickeを、新潟の旧車専科Jacksun’sの若山篤志はこう評している。

 「もちろんNickeのことはVardhallaで関わる前から知っていました。彼のブログ"Rigid Hips"は、この世界で知らない人はいないでしょう。縁あってNickeと知り合い窓口になったのですが、記念すべき1本目は私の37ELにセットしました。タイミングも合ったので千里浜にも出走したのですが、これが想像以上に良くできていた。本家のウィークポイントだったアルミキャストのカバーは、対策として肉厚を持たせた分太めですが、それ以外はキャスティングや質感も含めて申し分なし。古めかしいルックスですが、北欧産の高品質な鉄と最新の航空機素材が使われ、品質も抜群です」。

 今時の油圧フォークと性能を比較するのは酷だが、それでもスプリンガーフォークよりは格段に乗り易いというVardhalla。ご存知の通り、高騰の一途を辿る往時のVardのスーパーリプロとして誕生した、マニア専科のキラーパーツ。興味があるそこのアナタ、今すぐJacksun’sへ問い合わせを!

 1943年創業の老舗で、手製木型による砂型鋳造されるトリプルツリー。40年代の機械と工具を用いるVardhallaの三つ又は、当時の本家Vardと同製法といえる。ツリーの母材はマンガン銅合金。工房の三代目の主ヨハン・ピーターソンは、Nickleの親友だ。フォークスライダーは、1940年代に航空機用として開発された Sunnen Aricraftのホーニングマシンで砥ぎ上げる。米国の六角ネジの規定は、今まで3回変更された。当時のサイズは現行より1.5mm小さく、それに習って1本づつ手削りされる。フロントエンド1式に計6本必要。アクスルマウント内側のシリアルナンバーVH006にも注目されたし。

 千里浜ではGroup Aのハンドシフトクラスにエントリーした若山篤志の愛機、ゼッケン94の1937年式EL。フロントエンドのテレスコピックフォークは、世界中のヴィンテージフリークが注目するVardhallaの国内第1号機。

カメラ:boon photography
テキスト:Nicke Svensson
媒体:ROLLER magazine vol.22

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