2019.03.14

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

20世紀の名車を収めた"二次元"博物館へようこそ!!

横浜HRCSで本誌『ROLLER magazine』アワードを贈呈した「Magical Design」渾身の1936 ELを筆頭に、Early/Mid/Lateに大別される3種のナックルをコンパイル。新春号に相応しい豪華絢爛の特別編!

鬼門を制した偏執の狂「1936 H-D EL / MAGICAL DESIGN」

 1936〜47年まで11年間生産された、H-D史上初のOHVエンジンを搭載するナックルヘッド。歴代のミルウォーキーアイアンの中、最も美しいと評される"鉄拳"に魅せられ、その復元に人生を捧げたスキモノがいる。ともすれば世は"常軌を逸した偏執狂"と揶揄するかもしれない。しかし彼らのパッションに触れれば、それはあながち間違いでないと気付くだろう。

 逆説的にいえば、ナックルのレストアは、生半可な好奇心では到底なし得ないプロジェクトだということ。なぜなら、車両や部品の目利きにはヴィンテージH-Dに対する深い造詣が不可欠だし、それらを収集するにもマニア間のコネクションが必須。さらに今時はインターネットに漂う無数の情報からお目当てを手繰り寄せる引きの強さ=運も必要。スタートラインに立つには、確かな見識と潤沢な資金だけでなく、揺るぎない忍耐力が問われるのだ。

 故にそもそも生産台数が少ない30sナックルのレストアに手を出すなんて、底なしの泥沼に望んではハマるも同然である。本場アメリカで名を馳せるナックル専科のレストアラーにして「30sは別物。あれはLife Workだ」と言わしめる難関だが、その30sの中でも鬼門とされるのが1936 年式、ファーストイヤーのナックルだ。その復元に身命を賭した日本人ありき!

 ジャンルを越え、さまざまなプロダクトに息吹を注ぐMagical Designのデザイナー内山氏は、自他共に認めるナックル党としても有名だ。

 「30sのナックルはここ10年でアメリカでもめっきり見掛けなくなりました。それでも中西部から東海岸にいまだにインターネットに依存していない地域があると思うので、きっと眠っている車両もあるかと思います。それでも30sとなるとアメリカでもごく限られたマニアにしか真相を知る人はいないのかもしれません。そんなミステリアスなところがきっと魅力なんだと思います(笑)。その最たるが36です——」。

 ひとたび足を踏み込んだら最後、どうにも抜けられない“秘密の花園”が存在するだろう。未知なる世界に対する壮大なロマンは、かくしてこの36ELとして結実する。内山氏が描いた一大絵巻の作成をバックアップしたのはHawgholic率いる横溝 学。

 「内山さんの情熱には本当に感服しました!フレームとVard Fork、リアフェンダーを譲りましたが、それ以外は本人が長年コツコツと集めたパーツですから。エンジン/トランスのOHとアッセンブリーを担当させてもらいました。オールドペイントの外装やフロント周り、Custom Hollywoodなど要所にオーナーの趣向が反映された晴らしい36だと思います」。

 昨年のHRCSに出展され全貌を露わにしたこの36EL。パシフィコに集結した世界中の旧車狂の度肝を抜いたのは、記憶に新しい——。

 フロンドエンドに配された、Vard社のテレスコミックフォークは当時の本物。専用のFlanders製ライザーを介してセットされるハンドルバーは、美しいクロームメッキを保持する往時のアフターで、詳細不明ながらCustom Hollywoodと呼ばれている。シャシーやアウトフィットのみならず、エンジン/ミッションにも1936年式のH-D Guneineのパーツが使用される。

 キャブレターはツーホールマウントのLinkert M-5でスクエア形状のエアクリーナーカバーと共に極めて希少な1936年のワンイヤーパーツ。カムカバーもしかり、36中期に生産された純正部品。

 昔から30sの部品をコツコツと集めていたという内山氏だが、数年前に36のフレームを手に入れプロジェクトが加速したという。

 「まだ今ほど高額になる前にパーツを手に入れていたのは幸運でした。イメージした完成図はこの36を新車で購入したオリジナルオーナーが50年代に入って、最新機種のパンヘッドに対抗するべく手を入れたBobberです。100%の純正スタイルも美しいですが、個人的には少し崩れているくらいが性に合うんです(笑)。パーツの手配からオーバーホールまでHawgHolicの横溝さんにはお世話になりました」。

 気が遠くなるような手間暇と苦労の末に完成した快心作である。

あるエンジェルの原体験「1941 H-D EL SPECIAL SPORT SOLO」

 この41ELの主アンソニーは、幼い頃このナックルで遊んでいた記憶があるという。元はサザンカリフォルニアに住んでいた彼の祖父が1940年に"新車"で購入したものだ。オリジナルオーナーが他界する1950年代の前半まで大切に管理されたが、その後はガラージの奥でカバーを被せられ20余年の冬眠に入る。

 ガラージで眠っていたナックルに目をつけたアンソニーの叔父は、オリジナルオーナーの妻からそれを買い取る。再び日の目を見た41ELだったが、結局セカンドオーナーは数回ほど走らせのみでまたしてもガラージ入り。2度目の冬眠は1975年から90年代まで続いた。時は流れて2014年、成人したアンソニーが叔父と叔母に会った際に41ELのことを尋ねると、コロラド州の博物館に預けたままだという。

 「幼い頃このナックルヘッドによじ登って遊んだのが、オレのモーターサイクルの原体験だ。物心ついてH-Dを意識するようになり、いつしかその魅力に取り憑かれてたんだ——」。

 現在この41ELはアンソニーの家のリビングにある。サードオーナーはTCダイナやFXRを日常の足にするヘルズエンジェルスのメンバーだ。

Flandersのプロダクトで構成されたハンドル周り。左右に伸びるバックミラーのマウントがユニーク。メーターダッシュやリアフェンダーのチップ、バンパーなど往時のH-D Genuineに浮かぶ青錆が美しい。湿度の少ないCalif.のBarn Find Bikeならではの経年変化だ。

排気量61ciのV型OHVエンジンはハイコンプ仕様のEL。"Special Sport Solo"と呼ばれたグレードで当時の生産総数は2,280台。蛇足だが41年より排気量74ciのよりパワフルなF系がリリースされた。

ツートンに塗り分けられた枯れたオールドペイントや、車体各所に浮かぶ緑青が色気を放つ1941年式。さりげなく配されたドレスアップパーツに、歴代オーナーの"粋"を垣間見る。

名古屋を疾走する ジェントルドレッサー「1947 H-D EL SPECIAL SPORT SOLO」

「Ohio州のWauseonで開催されたAMCAのスワップミートで遭遇したヨンナナです。最終ナックルですが見つけた当初から、程度も抜群だった。40sの車両だけどこれほど純正度が高い物件はもはや希でしょう。実際アメリカでもこのクラスのナックルは手の届かないプライスになってしまった——」。

 名古屋市北区で旧車専科Stanceを営む山田 良にして"上モノ"と言わしめる47年式のEL。輸入後にヘッド周りのOHやドライブライン及びブレーキ周りの入念な整備を経てオーナーの元へ納車。

 「新たに装着されたアクセサリーパーツの中でも、純正のオフセット・スプリンガーに取り付けたAtlasのハンドルとライザーのセットは掛け値無しに珍しいパーツで、これ以外実物は見たことがありません。バディシートやサドルバッグなど革モノも当時の純正。やはり本物は風合いが違う。Skyway Blueのペイントこそオリジナルではないですが、ご覧の通りの味わい深い雰囲気です。かなり昔に塗り直されたオールドペイントでしょう」。

 参考までに、1947年当時のスタンダード・カラーチャートには、Skyway Blueの他にBrilliant Black / Flight Red と警察車両用のPolice Silver、輸出モデル限定のOlive Greenがラインナップされる。選りすぐりのピリオドコレクトパーツが散りばめられたライトイヤーの鉄拳は、ジェンドルなドレッサーとして名古屋の街を疾走する——。

見所満載の47だが特筆すべきはハンドル周り。 Atlas cycle Handlebar Rubber Muontsという名称のハンドルバー&ライザー及びラバーマウントを内蔵するトップティのセットパーツ。1940年代当時"For The Smoothest Ride Ever"と謳われ16.35ドルで販売された。サドルバッグやバディシート、ロケットマフラーにフェンダーのアクセは全てH-D Genuineで統一される。2連装のスポットランプとフロントフェンダーのポジション灯で威風堂々の佇まいに。

オールドペイントのSkyway Blueと選りすぐりのアクセサリーが個性となる47年式。オフセット・スプリンガーや前後16インチタイヤ織りなすこの堂々たる佇まいがレイトモデルのナックルの真骨頂である。

Photographs:Kentaro Yamada
Text:Gonz (満永毅)
媒体:ROLLER magazine vol.22

NEWS of ROLLER magazine

ARCHIVES

RANKING

POPULAR TAG

NEWS

SEARCH