2018.11.29

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

1988年11月にプレイバック!! 『レイル・マガジン』61号と"オリエント急行...

無事東京駅に到着し、記念プレートを受け取る名物車掌ダニエルさん(写真左)。 ’88.10.18 東京駅  P:RM

■日本中が沸いた"オリエント・エクスプレス‘88"

 1988(昭和63)年における鉄道の一大イベントといえば、"オリエント・エクスプレス"の来日であろう。フジテレビジョン開局30周年記念事業「HITACHIカルチャースペシャル・ORIENT EXPRESS'88」として企画された同車の来日は、パリのリヨン駅から東京駅まで、計18,000キロを乗り継ぎなしで走破するという壮大な計画のもとで行われた。なお、この来日で使用された客車は"ノスタルジー・イスタンブール・オリエント・エクスプレス(NIOE)"であった。

 東京行きの"オリエント・エクスプレス"は、1988(昭和63)年9月5日に本拠地であるスイス チューリッヒからパリに回送され、その二日後の9月7日9時45分にリヨン駅を出発。パリ→ベルリン→ワルシャワ→モスクワ→ノボシビルスク→イルクーツク→満州里→北京→香港の経路で運転され、同年9月29日に"オリエント・エクスプレス"が積まれたパナマ船籍の「SEKI MATSUYAMA丸」が日本に向けて出港。同年10月6日、徳山下松港に到着した。

 一口に各国を経由したといっても、標準軌(1,435mm)、旧ソ連シベリア鉄道の広軌(1,524mm)、日本の狭軌(1,067mm)と3種類の軌間を走るには途中で台車の交換が必要であり、国内においては車体長が異なるために建築限界を再測定するなど、この列車の運行には大変な手間と苦労があったことが偲ばれる。

かつて、フランス大統領専用車として使用されていた食堂車「プレジデンシャル」。 ‘88.10.19 P:RM

■日本国内を駆け抜けた"オリエント・エクスプレス"

 かくして来日した"オリエント・エクスプレス"は、陸揚げ後すぐに日立製作所笠戸工場に運ばれて日本国内走行用の改造工事が施された。そして山陽本線下松~新下関間での試運転後、広島駅に回送され、同年10月17日に日本国内での営業運転をEF65 1136の牽引でスタート。翌日の10月18日10時30分、定刻通りに東京駅に到着し、「世界最長距離列車」が成し遂げられた。

 その後約2か月間、日本一周ツアーなどのさまざまな国内ツアーが催され、同年12月23日には"オリエント・エクスプレス"を牽引するために予定を繰り上げて復元工事を完了していたD51 498が、本務機のEF58 61を次位につけて、上野~大宮間を牽引した。その後EF58 61の牽引で水上まで運転し、翌々日の12月25日には同じくEF58 61の牽引で水上~上野間を走行。この上野駅への到着をもって、日本国内での営業運転を終了した。

北千住方から見た東急1000系。車体長を短くした影響により側窓は3連窓となった。 ‘88.10.28 長津田工場 P:RM

■『レイル・マガジン』61号

 RM61号では、1988(昭和63)年12月26日の営業運転開始を控えた東急1000系について紹介している。東急1000系は、日比谷線乗り入れ用車輌として活躍していた東急7000系の後継車として製造されたもので、1986(昭和61)年に導入された東急9000系をベースに、車体を18m3扉、編成を6M2Tとした。

 また、9000系と共通の部品を多用しており、保守作業や運転取り扱いなどを共通化することで効率化を図っている。

 なお、編成は北千住方からクハ1000-デハ1250-デハ1200-デハ1350-デハ1300-デハ1450-デハ1400-クハ1100の8輌編成とした。

当時西武鉄道で誕生した西武4000系。アイボリーホワイトの車体に施されたライオンズカラーの帯が特徴。 ‘88.11.4 横瀬車両基地 P:RM

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