2018.04.02

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

ルーツと誠実性を守り続けてきたミスターVANS

普段から笑顔を絶やすことなくニコニコしているスティーブ。Vansが50年もスケーターから愛され続けるのは、この男がいたからこそ。

「オレはヴァン・ドーレン家を誇りに思う。Vansのルーツを誇りに思う。スケートボードに関わり合えていることを誇りに思う」この言葉に偽りはない。スティーブ・ヴァン・ドーレンがいたからこそVansが50年間に渡りスケーターの足元を支え、愛され続けることができたのである。

【VANS 50TH ANNIVERSARY】

遡ること50年前、1966年にカリフォルニア州アナハイムでVansが産声を上げた。ボストンで20年間、シューズ製造会社に携わってきたポール・ヴァン・ドーレンがカリフォルニアに移り住んだのが1964年。その翌年に退職し、自身のシューズカンパニーを立ち上げることを決心。当時の同志、兄弟のジェームスと仲間のゴードン・リーとポールの3名で協力し、Vansの前身であるVan Doren Rubber Companyが誕生した。そして、現在はポールの息子であるスティーブ・ヴァン・ドーレンがVansのルーツやDNAを損なうことなく守り続けている。

「親父が立ち上げたVansに携わり始めたのは10歳の頃だった。最初のファクトリーストアの壁にペンキを塗ったのを覚えているよ。週末や夏休みはストアを開けるのを手伝っていた。16歳で運転免許を取ったことでシューズの配達の仕事をもらい、その翌年にフルタイムのスタッフになった。それ以来、ずっとVansの一員として人生を歩んでいる」

17歳からVansに捧げる人生がスタートした。10歳の頃にスタイル#44と呼ばれたAuthenticが生まれ、20歳でEraが誕生。これまで50年に渡り、スケートシューズの歴史そのものを見守り続けてきた。

「オレはずっと副社長としてVansを支えてきた。社長には一度も就任したことはない。早い段階でそれがベストだと学んだんだよ。親父のポールがずっと社長を務めていたけど、Vansを企業に売却したことで新しい社長がやってきた。Vansはビッグビジネスだからね。会社に何か問題が起きると、まず首を切られるのは社長だ。だから社長になっても意味がないと思った。オレは純粋にVansを支えたかった。ヴァン・ドーレン家のファミリー感を保つことがオレの使命。そして、オレはその使命を果たせていると自負している」

Vansは、父親のポールが同ブランドを手放してから合計2社のオーナーによって運営されてきた。そして、両社とも、スティーブのやり方をリスペクトしてVansの誠実性を保ってきたのである。オフィスにこもり切りになるのではなく、つねに現場でライダーやファンとの交流を大切にしてきた。今年は全米42州で開催したというVans主催のWarped Tourにも出向き、55万人のファンと接してきたという。そのようなことをする副社長など聞いたことがない。

「それがオレの人生なんだよ。Vans主催のUS Openだってそうだ。実際に現地に足を運び、毎日10日間、ホットドッグやハンバーガーを焼いて1日2000人のファンと交流する。妻はそんなオレのことを頭がおかしいと言うけど、スタンドで観戦していたって隣にいる人と話をするだけ。ところが、料理を振る舞っていると2000人と話すことができる。“元気か? Vansを履いてくれてありがとう”ってみんなに直接感謝できるだろう?」

「オレは純粋にVansを支えたかった。ヴァン・ドーレン家のファミリー感を保つことがオレの使命」

これこそ、スティーブがスケーターから愛され、リスペクトされる理由だろう。Vansの50周年イベントで来日した際も、サインや写真撮影を求めるファンひとりひとりに笑顔で応じる姿が非常に印象的であった。

「今年でVansは50歳を迎えた。オレたちはフットボール、バスケットボール、サッカー、ホッケーのようなスポーツをサポートする気はない。サポートするのはスケートボード、サーフィン、スノーボード、BMX、モトクロス、音楽、そしてアート。クリエイティブな表現者が好きなんだよ。だってVansは70年代半ばにスケーターのおかげで成長することができたブランドだ。トニー・アルヴァやステイシー・ペラルタのような素晴らしい表現者がいたからこそ、今のVansが存在するんだ。Vans初のスケートシューズであるEraから始まり、Old Skool、SK8-HI、Half Cab……すべてOFF THE WALLなスピリットを持つスケーターのアイデアで誕生した名作ばかり。特にHalf Cabは来年で25周年を迎える最高のシューズだ」

今回のインタビュー中、シューズの話になると、スティーブはこれまでにVansがリリースしてきたモデルの“スタイル#”をノンストップで唱えるように挙げ始めた。

「 #44はAuthentic、#45はボートシューズ、#46はレザーのボートシューズ、#47はサイドバックル、#48はパディングなしのSlip-On、#49 はChukka、#36 はOldSkool、#37はミッドトップ、#38はSK8-HI……すべて頭の中に組み込まれているんだよ。要はVansこそオレの人生だということ。親父は中学2年で学校を退学して仕事に就いた。オレは高校を出たけど、親父の仕事を手伝いたかったから大学に進学しなかった。でも、Vansという大学で人生を学べたと思っている。50年もVansを続けられたのは、オレたちが人を大切にしてきたからだ。だからWarped Tourをはじめとするイベントにも足を運ぶ。親父はよくこう言っていた。“オレたちはシューズカンパニーを始めたんじゃない。人を大切にするカンパニーを立ち上げて、偶然シューズを作り始めただけだ”ってね(笑)。だからこそ、トニー・アルヴァやスティーブ・キャバレロなど、Vansを支えてくれたスケーターたちに敬意を表して大切にしているんだよ」

Vansにとって、スティーブの存在は不可欠だ。1966年にブランドを立ち上げた父親の「成功するには人の気持ちを理解しなくてはならない。人一倍、熱心に取り組まなければならない。自分の仕事を愛することができないなら辞めてしまえ。つねに110%の力で進め」という言葉に忠実にVansを見事守り抜いてきたのだ。

「オレはこれまでにビジネスを続けるために行ってきた草の根運動のような地道な活動を絶対に忘れない。10歳の頃に一軒一軒、近所を回ってチラシを投函したり、車のワイパーに挟んだり……、そんな時代を知っているからこそ、チームを連れてスケートショップを回ったりしながらVansの種を蒔いているんだ。そうして、この先も前に進んでいければと思う。Vansを通して、一生懸命になること、そして人をリスペクトする大切さを後世に伝えたいんだ」

立ち上げから50年。今や世界トップのシューズカンパニーへと成長を遂げたにも関わらず、驕ることなく地に足をつけてルーツを大切にする。ヴァン・ドーレン家のスピリットを受け継ぐスティーブがいるからこそ、Vansはリアルなスケートシューズカンパニーとして、世界の頂点に君臨することができるのであろう。

SLIDER Vol.28

Steve Van DorenVansの創始者、ポール・ヴァン・ドーレンの息子であり現副社長。10歳の頃にVansが誕生して以来、同ブランド一色の人生を歩む。イベントやコンテストなど、さまざまな現場に足を運び、人との交流を大切にしていることから、スケーターのみならず幅広い層のファンからリスペクトを集めるMr. Vans。

父親のポールがスタートさせたVansを、ルーツと誠実性を損なうことなく守り続けてきた。それはVansがヴァン・ドーレン家によるファミリービジネスだという誇りがあるからであり、成長のきっかけを与えてくれたスケーターへの感謝の念があるからこそ。

Vansの創始者、ポール・ヴァン・ドーレン。

カリフォルニアで開催されたVans設立50周年イベントでは、SK8-HIに乗り込みドライブを敢行。

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