2019.08.16

大人の趣味の為のライフスタイルマガジン「IN THE LIFE(イン・ザ・ライフ)」

ペブルビーチの華麗なる週末。「PEBBLE BEACH CONCOURS d'E...

 最初のコンクール・デレガンスが始まったのは、スピードが最先端の芸術とされ、自動車がその象徴であった1920年代──ベルエポックのパリのことであった。

 そのファッションは瞬く間にヨーロッパ中に広まり、1929年にはイタリア・コモ湖畔を舞台にヴィラ・デステ・コンコルソ・デレガンツァがスタート。王侯貴族たちがこぞってお抱えのカロッツェリアに作品をオーダーし、その覇を競うという文化が定着するようになる。

 一方世界で初めて自動車を大量生産した自動車大国アメリカでも、馬車の時代から活動していたコーチビルダーたちによって、様々な作品が生み出されており、1950年には北米初のコンクール・デレガンスが開催されることとなった。

 それが今も続く世界有数のコンクール・デレガンスである"ペブルビーチ・コンクール・デレガンス"だ。

 コンクールの舞台となるのは、カリフォルニア有数の高級リゾート地ペブルビーチにある、1919年オープンの名門コース、ペブルビーチ・ゴルフリンクスの18番ホールである。
 

1937 CADILLAC SERIES 90 V-16 HARTMANN CABRIOLET:
アメリカン・クラシック・オープンのC1クラスと、最優秀コンバーティブルの2冠を達成したキャデラックシリーズ90 V-16ハルトマン・カブリオレ。スイス・ローザンヌ在住の富豪フィリップ・バローが、フィゴーニ&ファラスキのドライエに影響され、カロッツェリア・ハルトマンに製作を依頼したもの。しかし1939年から納屋に隠され、1968年にわずか925ドルで売却された。今回はレストア後初のお披露目。

 
 
 ジャガーXK120でフィル・ヒルが優勝したペブルビーチ・ロードレースの一部門として行われた第1回のときには、わずか3クラスのみの開催だったというが、次第に認知が広まり、1957年からは単独のイベントとして独立。2018年8月26日に行われた第68回大会では、クラシックを中心とした19の部門、28ものクラスに分けて行われるほどの規模へと成長した。

 ペブルビーチの18番ホールに212台ものクラシックカーが、カリフォルニアの夏の日差しを浴びてずらりと並ぶ様は、この世のものとは思えないほど、素晴らしく圧倒的な光景だ。しかし、ひとくちにコンクール……といっても、綺麗に磨いてただ展示すればいいというものではない。

 コンクールの審査は、木曜に行われる"ツアー・デレガンス"からスタートする。

 ペブルビーチとカーメルを半日かけて往復する17マイルのショートツーリングへの参加は強制ではないものの、見た目だけでなく自動車としての本来の機能も完全であることを重視するこのコンクールにおいては、しっかりとポイントが加算される重要な審査のひとつとなるのだ。
 

 
 
 そして本番となる日曜の朝の会場は、陽が昇る前から独特の緊張感に包まれる。

 なぜなら会場に入場する"ドーン・パトロール"と呼ばれる全車参加の儀式で、エンジンが掛からなかったり、ライトの点灯などに不具合がある場合は、即刻減点の対象となってしまうからだ。

 そこを無事に切り抜け、グリーンの上に整列を終えると、審査が始まるのだが、各ジャンル、クラスのオーソリティによって構成されるクラス審査員と、有名人やVIPで構成される名誉審査員の2つの視点で行われる。

 約100名のクラス審査員は、一人のチーフジャッジと数人のクラスジャッジのチームに分かれ、割り当てられたクラスの審査を担当。クルマ個体の履歴、ディテールの整合性、外装、内装のコンディションをはじめエンジンの始動具合、音、排気の色まであらゆる部分に目を光らせる。そのチェック項目はクラスによって違うが、およそ24〜35の項目にわたるという。

 そのため待ち受けるオーナー側にも相応な対応が求められる。分厚いレストアファイルを用意したり、昔の写真を見せ、コンディションの良さをアピールしたり、専属のヒストリアンを雇い、クルマの説明を行うなど、そのアプローチは様々だ。

 一方の名誉審査員にはレーシングドライバーのジャッキー・スチュワート、デレック・ベルを筆頭に、カーデザイナーのフリーマン・J・トーマス、ゴードン・マーレイ、中村史郎、さらにはアストン・マーティンCEOのアンディ・パーマーやブガッティCEOのステファン・ウィンケルマンなど、自動車界を代表するVIPたちが名を連ねている。

 「審査員に選ばれて今回で4年目。僕なんか、まだまだ"ニューボーイ"だよ(笑)」
と笑うのはその中のひとり、ピンクフロイドのドラマーで、世界屈指のコレクターとしても知られるニック・メイスンだ。

 「今回は5クラスにまたがる6〜7台の中から"モスト・エレガント・ハードトップカー"を選ぶのが僕の役目。悪いクルマなんて1台もないからね、とても心が痛む仕事だった」
 

1937 BUGATTI TYPE 57S VANDEN PLAS SPORTS TOURER:
アメリカ人レーサーのジョージ・ランドがオーダーしたブガッティ・タイプ57S(シャシーナンバー57541)。スポーツツアラーのボディはヴァンデン・プラで架装されたもので、1937年に行われたA.R.C.A.レースに出場したり、1938年のオリンピア・モーターショーに展示された履歴を持つ。戦後になってタイプ35Bのエンジンに載せ換えられるなどしたが、2016年にオリジナルの姿にレストアされた。

 
 
 こうして各審査員が行った評価は審査委員会に集められ、チーフ審査員たちが、真贋や公平性を精査したうえで、獲得ポイントに応じてクラス順位が決められていく。

 またベスト・オブ・ショーに関しては、全審査員が全参加者を対象に1票を投票。その最も得票数の多かったクルマに与えられることとなる。

 昼過ぎになると、朝から続々とやってきた観客(一般入場料でも、前売りで375ドル、8月1日以降は450ドルもする!)が、ぞろぞろと会場中央のクラブハウス前に集まりだす。すると間もなくステージ上で、表彰式のセレモニーが華々しくスタートする。

 各クラスの上位3位までを1台ずつ壇上に上げていくため、ひととおりの表彰が終わるのは午後4時近く。ここから漸く、コンクールのハイライトというべき、ベスト・オブ・ショーの発表が行われるのだ。

 ステージ下に呼び込まれたノミネート車は、1929年型デューセンバーグJマーフィー・タウンリムジン。1937年型アルファロメオ8C2900Bトゥーリング・ベルリネッタ。1948年型タルボ・ラーゴT26グランスポルト・フィオ型アルファロメオ8C2900Bトゥーリング・ベルリネッタの名前だった。そしてアルファが壇上に登るとたくさんの花火と紙吹雪が打ち上げられ、会場は割れんばかりの歓声に包まれた。

 こうして、68 回目のペブルビーチ・コンクール・デレガンスは幕を降ろした。しかしその裏ではすでに、世界中のコレクターたちの第69回大会に向けての様々な準備が始まっているのだ。
 

1967 CITROËN DS21 CABRIOLET D’USINE:
今年のテーマのひとつ"戦後のカスタム・シトロエン"。DSカブリオレは当初はコーチビルダーのシャプロンが独自に生産していたが、のちにシトロエン公認となり、ユジン(=ファクトリー)と呼ばれて当時のカタログに載る正規モデルとなった。この美しいグリーンの1967年型は、Q6クラス3位に入賞した。

1969年、71年、73年と3度のF1ワールド・チャンピオンに輝いたサー・ジャッキースチュワートは、名誉審査員の一員。今回のスポンサーであるロレックスのアンバサダーとしても、長年にわたって活躍をしている。

ベスト・オブ・ショーとJ4クラス、最優秀クローズドカーの3冠を達成した1937年型アルファロメオ8C2900Bトゥーリング・ベルリネッタ。1938年のベルリン・ショーに展示された経歴の持ち主。

 
 
Photo:©Rolex/Tom O'Neal 
Text:Yoshio Fujiwara
媒体:『VINTAGE LIFE』 Vol.21

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