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2020.04.21

200年以上の歴史を持つ道教の宮「旱溪樂成宮」

創建は清王朝の乾隆帝初期、1753年

 台中に限らず、台湾では道教や仏教、キリスト教などの信仰が盛んで、日常の生活の中に宗教が自然な形で組み込まれているようだ。台中駅から2キロほどの場所にある「旱溪樂成宮」も、道教の宮として地元の方々の(もちろん遠方から訪れる方も多い)信仰の対象となっている。さらにこちらの「旱溪樂成宮」は若者、特に女性が訪れることも多いそうだが、そのワケはのちほど。

 「台中旱溪媽祖廟」という名でも知られている旱溪樂成宮。その歴史のスタートは清王朝の乾隆帝後期、1753年。台湾の開拓に尽力した林大発氏の祖先が創建したもので、1921年に本宮の建て替えが始まり、1924年に正殿の工事が終了。その後、1929年に三川殿、1991年に後殿が増築され、現在の姿(1999年の921地震で被害を受けたが修復済み)となっている。

 旱溪樂成宮は、その1753年から200年以上にも渡る長き時代を経て祀られる宮として、国家三級古蹟にも指定され、また宗教行事である「旱渓媽祖十八庄巡行パレード」は2008年に台中市民族類文化資産として登録されるなど、皆に親しまれると同時に歴史的な価値もある宮となっている。


平日の午前中でも、熱心にお参りしている参拝者の姿が見受けられる。

さまざまな神が祭られ、恋愛の神様も。

 旱溪樂成宮では一神を祀るのでなく、正殿である媽祖殿、聖父母殿、玄天上帝殿などさまざまな諸神が祭られており、神様により家内安全、病気治癒、災難厄除、子宝・安産などさまざまなご利益があるということだが、中でも人間関係や恋愛、良縁を司る縁結びの神様である「月老星君」が祀られる「月老殿」は、数多くの若者が熱心に参ることでも有名だ。

 月下老人とも呼ばれる月老星君は、台中市だけでなく台湾においても恋愛の神様として広く知られており、我々が訪れた日にも月老殿には若い女性の姿が目立っていた。さらに通訳としてついてくれた若者(男性)も、月老殿では特に念入りにお参りしていたのが印象的だった。こと恋愛に関しては神頼みしてでも、というのは万国共通のようだ。


月下老人とも呼ばれる月老星君は、恋愛の神様。若者が多く訪れている。

日本の神社などとは異なる参拝方法

 願いごとといえば、台湾のこういったお宮では日本の神社などとはお参りの方法が異なっている。旱溪樂成宮では、日本の狛犬のような青斗石獅子が正面入り口でお出迎えをしてくれ、中に入ったところで皆お線香などを購入。まずは、正面の正殿である媽祖殿にお参りをしてから、順路に従って回廊を通り、諸神にお参りするというスタイルになっている。

 さらに願いごとをする際には、三礼して名前・住所・生年月日・お願いの内容を心の中で唱え、一組の擲筊(平な面と丸い面で構成された木片。下記画像参照)を投げて、成就を占うことになる。擲筊の表裏の組み合わせで、その願いごとが叶うかどうかを知るわけだ。ちなみに擲筊は裏表が出たら願いが叶い、両方表なら叶わず、両方が裏ならばもう一度お願いごとをして、さらに擲筊を投げて……と、日本の文化にはないある種独特な方法なので、日本人だけで行っても戸惑うことになりそう。できれば詳しい方と一緒に参拝するか、現地の方に聞いてみたほうがいいだろう。

 我々は万事順調と家内安全を司る媽祖殿でこの儀式を行い、回廊を順に回っていたのだが、訪れていた方々はそれぞれの願いに合わせ、それぞれの諸神にお願いをしていた様子。ひとつの宮に行くだけで、さまざまなご利益のある神様に会え、さまざまな願いごとができるというのもいいものだ。件の通訳の男性も、月老殿での願いは聞き入れられたようで、ひと安心。


願い事が叶うかどうかを占う、擲筊。裏表の組み合わせで、それぞれに意味を持っている。

 旱溪樂成宮を訪れたのは平日の午前中だったのが、多くの方が訪れ熱心にお参りをしていたのが印象的。やはり信仰が、日常の生活の中に根付いているということなのだろう。

 実はこの「旱溪樂成宮」、最初に記した台中駅はもとより、若者が集まる一中街商圈、買い物や食事が楽しめる第二市場、旱溪大夜市などといった観光スポットも数キロ圏内と、観光にも便利な場所となっている。1日の始めに訪れ、清らかな気持ちで観光をスタートさせるのにもってこいのスポットだろう。
 
 
旱溪樂成宮
 住所:台中市東區旱溪街48號
 http://lechun.org.tw/
 
 
Photo & Text:Hiroyuki kondo

近藤浩之

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